幕間1-14 閑話 ドキッ!女だらけの潜水大会 蛇足1



「料理を? 私が?」


 小さな藁葺わらぶきのいおり風サウナから出て水風呂に足をひたしていると、セレーラさんがお母さんに料理を教えて欲しいと言い出してしまった。


「ええ、良かったら教えていただけませんかしら。シンイチさんは料理がお上手ですけど、負けてはいられませんもの。それに、その……シンイチさんの好物を作って差し上げたいですし」


 顔を赤らめ、セレーラさんは髪をいじりながら恥ずかしそうにしている。

 これはたまらん。お母さんより年上らしいんだけど……かわいすぎる。

 でもなぜかルクレツィアさんとニケさんは、顔をしかめている。


「セレーラ殿、まだ作る気なのか」

「あきらめてマスターに任せるべきです」


 ……同類がいる、私と。


「またあなたたちは……というかあなたたちも、料理の一品くらい作れるようになったほうがいいんじゃありませんの」

「む、料理くらい私だって作れるぞ」

「ルクレツィア、具材をぶつ切りにして鍋に放りこむだけのものを料理と言うのはやめなさい」

「ぐ、軍の野営ではそれで十分なんだ! ニケ殿こそ、一口食べて目まいが半日続くような料理は、すでに毒物だと思うのだ」


 痛いところを突かれたルクレツィアさんの反撃で、ニケさんがガビンとショックを受けている。


「どくっ……仕方がないでしょう、私はまだ味覚の経験が少ないのです。なにをどのように調理すればどんな味になるのかということがわからないのですから」


 二人とも試みたことはあるんだ。撃沈したみたいだけど。


「……あなたたちに期待できないことはよくわかりました。なおのこと私が励まなければなりませんわ。キョウコさん、どうか教えを」


 どうやらセレーラさんは、お兄ちゃんが料理上手なのはお母さんのおかげだと思っているようだ。

 でも残念ながら、そうじゃないのである。


「あの、セレーラさん。言いにくいけど、お母さんは料理は全然あれなんです」

「えっ?」


 驚いてセレーラさんが目を向けたお母さんは、困ったようにアゴに手を当てて首を傾けている。


「そうみたいなのよねえ……だからみんなめったに作らせてくれないの。お料理は好きなんだけど」


 私もお母さんが作ると言い出したときは、やめるように反対する派なのだ。さっきのニケさんやルクレツィアさんみたいに。


 それにお母さんが看護師をしていて生活が不規則だったこともあって、我が家の台所はもっぱら男が管理してきた。

 いや、私だって料理くらい……少しは…………。


「そうだったんですの……その、なんだか申し訳ありませんでしたわね」

「気を遣わないでいいのよ。みんなに言われて、もう慣れちゃったわ」

「あはは。お兄ちゃんなんて学校行かずに引きこもってるころも、スーパーのタイムセール……商店の安売りの時間帯には欠かさず買い物行って、料理してたんですよ」

「あれは千冬のためでしょう? 私の作り置きじゃなくて、ちゃんとした作り立ての温かいものを食べさせようって」


 たしかにお兄ちゃんは、お母さんが料理作るって言い出しても止めることはなかった。お母さんの独創的な料理を楽しんでる節もあったし。

 それを考えれば、きっと無理して買い物行ったりしてたのは私のためなんだろう。


「ふふ、良い兄だったのだな」

「まあ……うん」


 構いすぎてきてウザいことも多かったけど、いなくなってしまうと……どうしようもなく寂しかった。

 もっとも、三日も一緒にいればまたウザく思ったりすることもあるんだろうけど。お兄ちゃんだし。


「チフユさんはお料理は……」


 そもそも期待していなかったのだろう。首を振る私を見て、セレーラさんはあきらめたように笑った。


「仕方がありませんわね。悔しいですが、シンイチさんに教えていただくことにしますわ」

「ごめんなさいね、力になれずに」

「でもどうなんだろ、お兄ちゃん人になにか教えるのヘタだから……」

「そうなんですの?」

「はい、料理は大丈夫かもですけど」


 生意気にもお兄ちゃんは天才肌というか、いろいろな物事で自分なりにコツを掴んだりするのがうまい。

 でもだからこそ感覚派であり、自分にしかわからないような擬音とか抽象的な表現で教えてくるので、他人は理解できないのだ。


「今でも覚えてるのがあって、子供のころボールの投げ方を教わったんです。そしたら『グギュギュって溜めて、動き出すときゴッてやって、あとはシュフィーってやるんだ。いいか、グギュギュ、ゴッ、シュフィーだぞ』って」


 本人は本気で伝わると思っているから、何度も何度も繰り返して言うのだ。そのせいですっかり覚えてしまった。

 そんなものが人に伝わるはず──


「理に適っていると思いますが、なにか問題が?」


 伝わった!?

 しかもニケさんだけではなく、ルクレツィアさんまで!


「なるほど、そうすればいいのか。私はあまり投てきが得意ではないのだが、試してみたいな」

「これをどうぞ」


 いつの間にか手にしていたボールのような物をニケさんに渡され、ルクレツィアさんが立ち上がる。


 そして……投げたらしいことはわかったけと、ボールはまるで見えなかった。

 ただボールが壁に当たった大きな音だけ響いて、気づいたら跳ね返ったボールが水風呂で浮いていた。

 ステータスがすごく高いって本当なんだ。


「千冬、どうだったろうか」


 私に聞かれても、お胸のスイカが暴れ狂っていたこと以外なにもわかりません。


「まったく……なんなんですのそれは」


 良かった。どうやらセレーラさんは二人のようにお兄ちゃんと同類ではないようで、呆れたように──


「それでは最後がシュハッですわ。もっとしっかりシュフィーと抜くことを意識したほうが良いのではなくて?」


 ダメだぁ、凡人なんていなかったぁ。

 まさか誰にも共感してもらえないなんて……お母さんもそういうところがあるし。


 それから三度投げたルクレツィアさんは、ニケさんとセレーラさんから合格をもらっていた。早いよ。やっぱり天才だよ。


「それで……なんの話だったかしら」

「いえ、なんでもないんです……存分にお兄ちゃんに教わってください」


 私一人疎外感を味わった料理の話が終わり、もう一度サウナに入ることにした。


 それにしても、ハーレムとか女性間の実態はどうなんだろうと思っていたけど安心した。

 三人とも遠慮なくズケズケと言い合ってるけど、険悪な感じはどこにもなくお互い楽しんでるみたいだ。

 そういう関係、ちょっとうらやましい。


 椅子に座ってニケさんに出してもらった水を飲んでいると、今度はニケさんがお母さんに尋ねた。


「キョウコ、私も教えて欲しいことがあるのですが」


 なんというか、ここまでのニケさんを見る限り……さっきこの人が私たちに謝ったのは、お兄ちゃんが私たちを大切に思っているからこそ謝ったのだと思う。

 うまく言えないのだが、ニケさんが見ているのはあくまでもお兄ちゃんであって、私たちはその付随物でしかないんじゃないかな。乱暴に言えば。


 でもお兄ちゃんが人間をやめたことに責任を感じていたというのは本当なはずだ。

 お兄ちゃんはニケさんのせいだなんて絶対に認めないだろうけど、だからこそニケさんの罪悪感が宙ぶらりんになっていたのかもしれない。


 それをお母さんが許したことで、ニケさん自身、思っていた以上に心が軽くなったんじゃないだろうか。気のせいかもしれないけど、表情が明るくなった気がする。


 そしてそのおかげか、ニケさんはお母さんにだいぶ懐いたように見える。

 さっきからニケさんのほうからいろいろ話しかけていて、よくぞ面白い子を産んでくれた、って褒めたりしていたし。


 お母さんはお兄ちゃんのことでそんな風に褒められたことがなかったから、すごい喜んでた。

 今もお母さんは頼られてうれしそうにしている。


「なにかしら? 教えられることならなんでも」

とこの技を、性技を教えてもらいたいのですが」


 ぶふーっとまた水を噴いてしまった。

 さやのことといい……この人の頭の中には、そっち方面のことしか入っていないのだろうか。

 怖いという印象はもうないけど、やっぱり変な人だ。


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