幕間1-6 キレイだけど大きくなかった
どうやら美紗緒というのは晴彦さんと元の奥さんとのあいだにいた娘で、俺の転入先のクラスにいたらしい。
つまり俺と一緒にあちらの世界に行ったうちの一人なのだ。
一人娘が消えてしまったことが原因で、晴彦さんは元の奥さんとうまくいかなくなって離婚。
そして偶然同じマンションにいた母さんと子供のことを励ましあっていたら、いい感じになった──という流れらしい。
どうりで住んでいる部屋だけが移っているわけだ。
「でもその子がどうなったかと聞かれても……僕が聖国にいたのは、二年以上前のことですから」
「そう、だよね……」
そもそも地球人の名前もほとんど覚えてない。俺は孤高の存在(またの名をボッチ)だったしな。
ただ、その名前はどこかで聞いたような気がしなくも……って、なんかニケの雰囲気がおかしい。
晴彦さんに向けられたその冷たい瞳は、敵を見すえているかのようだ。
「どうした、ニケ」
「……マスターは覚えていないのでしょうが、私はその名に覚えがあります」
「ほっ、本当ですか!?」
険のあるニケの態度に気づかない晴彦さんが食いつくが、ちょっと嫌な予感がする。ニケが記憶に留めているって珍しいし。
そんなに地球人たちに興味があったわけでも、関わったわけでも…………あ。
どうしよう、そういうこと?
「ニケ……もしかしてあのパーティーの中にいたのか」
「はい。ミサオという女が、剣聖の情婦たちの中に間違いなくいました」
あちゃあ。
「情……婦……?」
「あー、まあその剣聖ってやつのパーティーメンバーの一人だったってことです……はっきり言ってしまいますが、肉体関係有りの」
「にくっ……」
信じられない情報に絶句する晴彦さんに、追撃が入る。
「剣聖のパーティーと言うのは主殿を敵視して、ことあるごとにイジメや嫌がらせをしていたというあれか?」
ルチアちゃんは、たまにいらんことまで言ってしまうのである。ほとんどは天然なのだが……これはどうなのかな?
「主殿って、お兄ちゃんのこと……ですよね。ほんとなの、お兄ちゃん」
「んー……まあな。それなりにやられたなあ」
いまさら取り繕ってもしょうがないだろう。素直に答えた。
新しい家族の娘が、もともとの家族に害をなしていたという事実に、母さんと千冬は複雑な表情を浮かべている。
晴彦さんは言わずもがな。
「イジメ……嫌がらせ……そんな、あの子が真一くんに……」
「あちらに行ってしまった中で、他にはミサオという方はいませんの?」
セラの問いに、晴彦さんは首を振った。
確定してるってことか。親としてはショックだろう。
それにしても、少し思い出してきたな。
「あー、美紗緒ってあの子か。あのパーティーの中で一番おっぱいの形がキレイだった」
……ふむ、どうやらいらんことを言ったようだ。母と妹の視線が痛い。
「ど、どうしてそんなことを真一君が……」
「えっとほら……向こうに召喚されたとき、裸でしたから」
実際はラボで騎士たちと一緒に覗き見したり、ダンジョンで捨ててくるとき見たりしているのだが。
その辺に勘づいているのかまだ刺さってくる二人の視線を、なんとか逸らさなければ。
「で、でもあれでしたよ。美紗緒さんはその一味の中では、一番嫌がらせとかに興味なさそうでした。だよな、ニケ」
俺と自分からはほとんど絡もうとしなかったのが一人いて、それが美紗緒だったと思う。いつもつまらなそうにしていた印象がある。
「たしかにそうだったかもしれません」
「そ、そうですか……」
胸を撫で下ろす晴彦さんに、ニケは「ですが」と続けた。
「彼女は決して止めようとしていたわけではありません。剣聖に言われれば、マスターを
再びショボンとなった晴彦さんに、ニケの叱責がなおも続く。
「マスターはあちらに行った者たちの中に、顔見知りなどもいなかったはずです。そして先ほども少し触れましたが、聖国は当初マスターを冷遇していました。そのような孤立無援のマスターを、彼らはさらに虐げていたのです。わかりますか、それがどれほど残酷な仕打ちであったか。貴方の娘は──」
「ストップだ、ニケ。もういい」
俺のために怒ってくれるのはうれしいが、晴彦さんにこれ以上当たっても仕方ないだろう。知ってもらっておくだけで十分だ。
まだ言い足りなさそうだが、渋々といった感じでニケは口を閉じた。
「すまない……本当に申し訳ない。娘がキミにそんな仕打ちをしていたなんて……」
晴彦さんは、後頭部が見えるほど深々と頭を下げた。
ようやく娘の消息について知れたと思ったらこれなのだから、かわいそうなことである。
「あまり気にしないでください。僕たちは突然、誰からの保護もない場所に連れ去られましたからね。美紗緒さんは生きるために必死だっただけだと思いますし」
たぶんあの雰囲気からして剣聖についていたのも恋愛感情とかではなく、打算的な部分がほとんどという気がする。剣聖は初めから最優遇されてたから。
結構かわいかったような気もするし、もしかしたら剣聖の方から迫ったのかもしれない。あの状況でそれを蹴るのは勇気がいるだろう。
「生き残るために僕もあっちにゴマすり、こっちに金まきなんてことしてました」
冗談めかして言ったのに、母さんの顔が曇ってしまった。
「生き残る……」
「ああいや、ちょっと大げさに言っただけだから。途中からは基本、めちゃくちゃ
「はあ!? なにその石油王みたいな」
否。我はポーション王であるぞ、妹よ。
「とにかく、彼女の行動に理解できる部分もありますし、どうか気にしないでください。僕も晴彦さんを殺そうとしたことは気にしませんので」
「気にしろよっ!」
千冬の素早いツッコミに、晴彦さんも口もとだけは緩んだ。さすが愛する妹だ。
「ありがとう……真一君」
また頭を下げた晴彦さんに、俺は首を振って応えた。
「いえいえ。向こうに戻ったら、少し美紗緒さんを探してみることにしますよ。あまりいい結果を期待されても困りますけど」
母さんと千冬にとっては、晴彦さんはもう新しい家族なのだ。できればこの人にも心穏やかに暮らしていてもらいたい。
「真一……また向こうに行くの?」
「うん、いろいろやることあるし」
心配そうではあるが、どこかあきらめたような表情を浮かべる母さんには申し訳ないと思う。
だがルチアの復讐とか、セラの里帰りとか、向こうでやらねぱならないことが少なからずある。
それに、俺としても……。
「ありがとう、ありがとう……」
そして晴彦さんは目に涙を浮かべながら、また何度も何度も頭を下げるのだった。
でもね晴彦さん。
美紗緒の処世術としての立ち位置を理解できるというのはウソではないし、軽蔑したりもしない。
けどなんとも思っていないかといえば、そんなことはないんだよ。傍観者であれたならいざ知らず、実際に俺が被害を受けていたのだから。
当然美紗緒に好感なんて持ちようがなく、マイナスの感情しかない。
一応、向こうで足取りを追ってみるつもりは本当にある。
でも事と次第によっては……たとえ美紗緒がまだ生きていたとしても、こちらに帰ってくるのは遺品だけになるだろう。
そうならないといいね?
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