幕間1-5 帰ってきた
しばらくして、リビングのローテーブルを挟んで母さんたちと向かい合っていた。
俺たちはソファーで、母さんたちは持ってきたダイニングチェアに座っている。
「で? そいつは誰だ。答えてもらおうか」
腕を組んでふんぞり返る俺がギロリとねめつけると、男が肩を縮こまらせる。
すると俺を膝に乗せているルチアに、おでこをペチリと叩かれた。
「こら、やめないか。そもそも誰なのか答えるのは、我々が先だろう」
「俺たちのことなんてどうでもいいの。まず始めに、妹に近づく男は親父の代わりに殴り殺さないと」
「あなたのお父様は絶対殺しませんわよね!?」
俺たちのやり取りを注視していた千冬が、なんとも言えない表情に顔を歪めた。
「うわぁ……本当にお兄ちゃんっぽいし。あのね、えっと……キミ、言っとくけどこの人は私じゃなくてお母さんの相手だから」
「母さんの?」
「お母さん再婚したの」
驚いて目をやると、千冬同様にこっちをジッと見ていた母さんは、恥ずかしそうに頬に手を当てた。男のほうも照れ臭そうに頭をかいている。
四年近く経ったのに、母さんはあんまり老けた感じはしないな。再婚したからか?
「その、そうなの。こちら、
「あはは、どうも、初めまして?」
母さんも晴彦さんという人も、かなり喋りがぎこちない。
俺を真一として扱っていいか、決めかねているのだろう。
「そうだったのか……それならそうと先に言ってくれよ。危うく殺しそうになったじゃないか」
それにしても再婚か……父さんのことを考えると、寂しいというのがまず素直な気持ちとして浮かんだ。
でも父さんが死んでもう五年になる。
母さんはまだ若いし、頑張れば子供もまだ……いけないだろうか? どうかな?
とにかく、大人である母さんが決めたことだし、反対する理由はない。父さんだって許してるはずだ。
男手があったほうが、なにかといいだろうし。
ただ……いや、もう仕方がない。母さんが選んだ人だ。
もちろんクギは刺しとくが、俺たちのことを変に言いふらしたりはしないと信じるしかない。
「こ、殺……」
「いやいや、いきなり飛びかかったのキミだよね!? っていうか見たらわかんないかな? 年齢的に」
たしかに千冬が言うように、顔を青くしている再婚相手の晴彦さんは、母さんと同じくらいの歳に見える。
しかし、だ。
「あの瞬間、お前の相手と思っちゃったんだからしょうがないだろ。年齢なんて愛の前ではささいな問題だしな。言っとくが俺の両サイドは、俺の倍どころではないほどお年を召して痛ーいっ」
両サイドから、ベチべチーンとおでこを叩かれた。
赤くなったおでこをさする俺を見る妹の目が、どこか呆れているように思えるのは気のせいだろう。
「この思い込みで行動する感じ、絶対お兄ちゃんだよ……」
深い愛情により、妹は俺を兄だと確信したようだ。
母さんはまだ半信半疑みたいだが。
「本当に、本当に真一なの? でもその背丈は……でもそっくりだし……真一の子供、というには大きすぎるし……」
四年近く前に失踪した息子が、当時より小さくなって帰ってきたら混乱して当然だろう。
信じてもらうために、誠心誠意説明しなければならない。
しかしあまり長々と話しても、ウソ臭くなってしまうかな?
わかりやすく簡潔に。それでいて不足なく。
大丈夫、俺は要点をまとめることに定評がある男だ。
「聞いてくれ母さん。俺は本当に真一なんだ。俺は悪の結社にさらわれて、改造手術によってこうなったんだ」
秘密結社ではないし、改造手術は自分でやったわけだが、おおむねこんな感じだろう。
母さんも納得したようにうなずいている。
「本当に真一なのかも……どなたか他の方が教えてくださいますか?」
…………なぜだ!?
「やっぱり異世界に行ってたんだ!」
ニケから大雑把なあらましを聞き終え、千冬が驚きの声を上げる。
「そんなことがありえるの……」
「いや、でも……」
しかし大人の二人は、信じ切れてはいないようだ。
少なくとも母さんは、俺が本物だというのは感覚的にわかってるだろうけど。頭がついてこないのだ。
ならば論より証拠。実際になにか見てもらった方が早いだろう。
「ということでセラ。ニョロニョロを見せてあげなさい」
「なんでそこを選びますの!? 絶対嫌ですわ!」
結局ルチアの獣化や、ニケが無限収納であれこれ出したり消したりするのを見せた。
その甲斐あって、大人二人も白旗を上げた。
「響子さん。これはもう、信じないわけにはいかないんじゃないかな……信じてもいいんじゃないかな」
晴彦さんに、母さんは黙ってうなずいた。
対照的に、その横では千冬がはしゃいでいる。
「ほらね、ほらね! だから言ったじゃんお母さんっ、絶対異世界行ったんだって。みんなで服全部残して消えるとか、普通じゃありえないもん!」
それもすぐに──
「だから、言ったじゃん……生きてるって……お兄ちゃん生きてるって…………」
「そうね、そうね……真一、よく生きて…………」
あふれ出し、もう止まらない。
母さんにしがみつくように抱きつく千冬。
その頭を、母さんは俺と目を合わせたまま撫で続けていた。
父さんが死に、立ち直ったばかりで今度は俺もいなくなり、二人の苦しみはどれほどのものだったか……ごめんな。
それを考えれば、やっぱり会うことにして良かったのだろう。
そうしみじみと感じていると、ルチアが俺を持ち上げたり降ろしたり挙動不審になってきた。
「うむむむ、二人に渡したほうがいいのだろうか」
「なにかと思えばそういうことか。いいって、俺はここで」
こんなナリだが、中身はもういい年した大人の男なのである。母さんと千冬が喜んでいるのを見ているだけで十分だ。
そしてそれを見て、改めてここに戻してくれたことに感謝の念が浮かぶ。
「ありがと……ニケ、ルチア。もちろんセラも」
「この程度、大したことではありません」
「良かったな、主殿」
「私はなにもしていませんけれど、良かったですわね」
セラがいなければ、俺は間違いなく途中で攻略に飽きてやめてたんだけどね。
今考えれば、水晶の塔攻略自体がセラ攻略のためにやってた側面も強い気がする。
まあともかくみんな……ありがとう。
そうしてダラダラ垂れた涙と鼻水を三人に拭ってもらっている大人の俺に、母さんと千冬も涙を拭いて向き直った。
「真一……よくがんばったわね。おかえりなさい」
「おかえり……お兄ちゃん」
あかん……その短い言葉にいろいろこめられてるものを感じて、また泣いちゃいそうだ。
でも大人の男である俺は、今度こそグッと我慢。
「おう、ただいまっ」
……ああ、そうか。今帰ってきたのか。
その一言を口にして、真の意味で帰ってきたのだと俺は実感することができた。
喜びと感謝をどう表現していいかわからなかったので、とりあえず両サイドの太ももを撫でたり後頭部のムニムニをグリグリしていたら、我慢できなくなった大人の男が一人いた。
もう耐えきれないとばかりに、晴彦さんがローテーブルに手をついて身を乗り出してきたのだ。
お前には触らせんぞと言おうと思ったが、どうやらそういう話ではないようだ。
「娘は…………
誰。
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