6-02 講演した
ダイバーズギルド前に組まれた特設会場。
アダマンキャスラー戦後のパレードと同様のものだが、人出はあの時よりもさらに多い。
俺たちは壇上で自前のソファーベッドに座り、人々の視線を一身に浴びている。椅子にかけるフェルティス侯爵と、八の字で向き合う形で。
「百階層の相手は、滅びたとされる巨人族であったのか! 見たこともない伝説の種族と相対するなど、さぞや恐ろしかったであろう。盾役として前に立つルクレツィアは特にそうだったのではないか?」
「たしかに恐れを感じはしましたが、それ以上に闘志をかき立てられました。それに相手がなんであれ、必ず攻略すると己に誓っていましたから」
「なんと
セレーラさんの風魔術で響く俺たちの言葉に聴衆から感嘆の声が漏れるが、それもすぐに静まる。
当初は押し合いへし合いケンカになっては衛兵に連行される者多数だったが、今はこれほど人が集まっているとは信じられないくらい騒ぎが少ない。
こちらではおそらく全員見たことのない、対談形式の講演というのも静聴の要因だろう。
俺としては、個別でダンジョンのこととか聞いてこられても面倒だったのでこの形を提案しただけなのだが。
さすがに今回は、パレードなりなんなりは避けられそうになかったし。
それと、リグリス教に嫌がらせもしなければならないし。
「──そうして死闘を制した僕たちの前に、神が降臨なされたのです」
「なんと! 神に、リグリス神にお目通りが叶ったのか!」
「はい。そして僕たちの望みを叶えるために助力していただきました。その内容は秘密ですが」
「ははは、それを尋ねるような無恥なことはせぬよ。しかし神の存在を疑ったことはないが、まさか伝承がまことであったとは……リグリス神はどのような御方であられるのであろうか?」
「慈愛に満ちあふれた御方です。その御姿はまさに天上の美。僕の知る語彙では、とても言い表せません」
あのねあのね姉妹で親子のニケちゃんも同じくらい美しいから、どうかお尻つねらないでください。あ、それと当然ルチアもセレーラさんもまた違った美しさを持っているので比べられはしないのである。うむうむ。
「ただ……侯爵様、一ついいでしょうか。神をリグリスと呼ぶのはお控えになった方がよろしいかと」
「なぜであろうか?」
「実は神からお聞きしたのですが……神は己をリグリスなどと名乗ったことはないそうなのです」
聴衆が大きくどよめく。
ここマリアルシア王国とリグリス教の総本山であるリグリス聖国は、広大なグリーグヒルト帝国に隔てられている。
それでもこの国にも多くはないがリグリス教の教会はあるし、影響がないわけではない。
信者でなくとも、神の御名はリグリスだと自然に思ってしまうくらいには浸透しているのだ。
「そうなのか!? ではリグリスとは」
「どなたかが勝手に名づけてしまったのでしょうね」
「なんと不敬な……」
「まったくです」
俺を膝に乗せるニケが「よくもまあ抜け抜けと」と呟いている。
でも俺はお前たちに無理やりリリスの名前をつけさせられただけの被害者なのである。
「そういえば」
侯爵がさも大変なことに気づいたとばかりに、大げさな動きで自分の膝を叩いた。
「魔族も神を信奉していたそうだな。人のあいだでは邪神などと呼ばれているが」
「ええ、そういう存在がいたということは神も仰っていましたが……まさか、リグリスというのは邪神の名ということですか!?」
「まさか……いや、まさかな。もし、もし仮にそうであったら、リグリス教が邪教徒の集まりということになってしまう。無論知らずに信仰している信徒に罪はないが。とはいえ、さすがにそのようなことあるはずが、なあ? はっはっはっ」
冗談めかして笑う侯爵だが、聴衆のどよめきはなかなか静まらない。
もちろんこの講演の前に、水晶ダンジョンでのことは侯爵にだいたい全部伝えてある。水晶さんをリリスにしたこと以外は。
ここまでの話の流れも全て打ち合わせどおりである。
侯爵としても、リグリス教が台頭している状況を
いつの世でも、政治と宗教の距離感は難しいもののようだ。特にリグリス教なんて、完全に他国が主導しているものだしなあ。
今回これほど注目されている中、ただ「神に会ってお世話になりました」とだけ話をしてしまえば、信者が増えることになったに違いない。
だがこれでうまいこと悪いウワサが出回れば、むしろ力を削げるのではないだろうか。別にウソは言ってないし。
どよめきが聴衆の末端まで行き渡るのを待ち、侯爵が口を開く。
嫌がらせも終わったし、そろそろシメだ。
「ともかく、神の存在を知れたというのは実に喜ぶべきことだ。それだけでもそなたらの成し遂げた快挙は並ぶものがない。見事である」
「光栄に思います」
「本当はもっと話を聞きたいところだが……切りがなくなってしまうな」
立ち上がった侯爵は、歩み出て両手を広げた。
「物足りない気持ちは皆も同じだろうが、我慢してくれ。全てを聞いては、彼らの後に続く者たちの楽しみがなくなってしまう……そのような者が生きているあいだに現れればよいのだが」
セルフツッコミで軽い笑いを誘い、静まってからさらに続ける。
「このような催しは初めてであったが、どうだ? 大いに楽しめたのではないか? 私も楽しめたし、彼らの話を皆に直接届けることができた有意義なものであったと思う。なにより、これで皆も深く実感できただろう。神は我らをいつも見守っていてくださるのだと。そのことに感謝し、そして水晶の輝きが
まとめに入った侯爵の言葉に、聴衆がわっと沸き上がる。
さすがに役者だ。
でもまあ──
「そう遠くないうちに水晶ダンジョンなくなりますけどねー」
ついつぶやいたら、優秀すぎるセレーラさんの風魔法がしっかり働いてしまった。
響いた俺の声が、一瞬で水を打ったように静まり返らせる。
ギギギと振り返った侯爵の目ン玉はひん剥かれていて、後頭部を叩けば簡単にポンと飛び出そう。
全部伝えたから知ってるはずなのに、演技派だなあ。
「今…………なんと?」
人々の前で漏らしたのはまずかったと思ったが、また聞いてくるくらいだからいいのかな。
打ち合わせにはない展開だが、きっとなにか考えがあるのだろう。
「いずれ水晶ダンジョンはなくなると」
「な……………………なん……なん、なんだそれは!? どういうことだそれは!?」
ははっ、すごいな。真に迫る演技だ。
どこからどう見ても、本当に知らなかったようにしか見えない。
「聞いておらん! 本当に聞いておらんぞぉ!?」
上手上手、あはははは。
重大なことを伝え漏らすなと終わってからしこたま怒られたが、もしかしたらみんなの前でバラしたのはよかったのかもしれない。
それは講演から三日経った日の朝のことだった。
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