5-25 灯した
顔面殴ってから巨人が動き出す前に離れようとしたが、ヤツは俺をジロリと見ただけで、すぐにニケのほうに顔を戻した。
くっ、むかつく。鼻血垂らしてるくせに。
こうなったらもう一発──
──夢幻。
はい?
突然、ニケが俺の前に降り立った。
ポーンと空を飛んでいるのは左の魔導腕。もう首の下に収まってて、狙いづらかったはずなのに。
「マスター、蹴ってください」
はい?
ニケの被虐嗜好がついにそこまで極まってしまったのかと思ったが、すぐに理解。
慌ててドロップキックして吹っ飛ばすと、次の瞬間ニケがいたところをでかい右拳が通過した。
「なに無茶してんのニケちゃん!?」
「貴方に言われたくありません」
動けるようになって起き上がったニケは、すまし顔で服をはたいている。
ああ、いつもの顔だ。
「いやいやいや、なんでアーツ使えるの? クールタイムは?」
「エリクシルを使ったのはマスターでしょう」
エリクシルって、そういうのも治しちゃうのね……もう使えなくなったけど。
でもこれで、厄介な魔力系の攻撃はなくなった。
……太い腕で使ってきたりは、さすがにないよね?
巨腕に模様が浮かび上がらないか見ていたら、笑い声が聞こえてきた。
ひとしきり笑ったルチアが剣と盾を手放す。
「ずるいだろう、二人とも好き勝手して。ニケ殿、もういいな?」
「ええ、貴女も好きになさい」
「では遠慮なく。獣化ァ!」
ルチアの手足が、装備ごとたくましい獣のものに飲み込まれた。
すぐさま爆発的な加速で駆け出す。
迎撃に裏拳のようにして振られる巨人の左腕。まだルチアに対しての
拳がついていなかろうが命を奪うに不足のないそれが奪ったのは、数本の濃紫の髪のみ。
紙一重でかわしたルチアは鋭く跳ね、巨人と交差して抜けた。
そしてくるりと体の向きを変え、ギャリギャリ床を削りながら急ブレーキ。
巨人の脇腹に残してきた裂傷からは血があふれ、かろうじて残っているズボンを赤く染めていく。
「っていうかケガは!?」
回復してた様子はなかったし、今も左腕は上っていない。
俺の心配をよそに、ルチアは獰猛な笑顔を見せる。口から覗く犬歯が、一瞬本物の獣の歯に見えてしまうほど。いやん、ゾクゾクしちゃう。
「忘れたのか? 私のスキル」
……〈手負いの獣〉のことですかね? そりゃあ傷を負ってるほうが攻撃力は上がるんだろうけど。
「それはアグレッシブすぎじゃないかな?」
「はっはっはぁ、さあやるぞ!」
楽しそうに笑い、またルチアは飛びかかっていった。
同じく飛びかかってたニケとぶつかりそうになってるし。
……たしかに危険な相手、危険な技ではあった。
でもいろいろ考えすぎたり、気負いすぎてたのかもな。俺も、二人も。
吹っ切れたように生き生きとした動きをする二人を見てそう思った。
よっし、俺も負けてはいられない!
いくぜ!
あ、やべっ、ぎゃー! 二人への攻撃に巻き込まれて、かすった! 折れた! 左手折れたよ! ボキッていったもん!
「マスター!」
「びえぇん! ポーション、ポーションちょうだい! ゴクゴク……あ、治った。でももういい! シータいって!」
「うん……主殿はなるべく見ていてくれると助かる」
そのあとはもう、協力しているのか邪魔しあっているのかわからなかった。
ただ斬って、殴って、突いて、引っかいて……。
そして──
──ヒザをつき、切断されている左手で体を支えて右手を振り回す巨人。
辺りにはヤツの濃密な血の匂いが漂っている。
「もらったあ!」
巨人の左腰。出っ張っている腸骨に、忍び寄らせたシータのインパクターアームをあてがう。
ガガガガと鋼鉄を叩くような硬質な音が響く。
たまらず巨人は、支えていた左腕でシータを打ち払った。
すまんシータ。軽く何度か攻撃を食らっていたし、もうこれ以上は動かせそうにない。
でもその甲斐はあった。
左腕の支えを失った巨人が、前のめりに倒れる。
すでに右足は完全に破壊され、今の腸骨粉砕で左足も満足に動かなくなった。
それでももがき、両腕で体を起こす。
その見上げた顔、意思のない虚ろな瞳に映るのは──立ち並ぶ俺たち三人。
「もういい加減に──」
それぞれが力強く振りかぶる。
バットを、剣を、腕を。
「死ね!」
「墜ちなさい!」
「終われっ!」
トドメのセリフはまるで揃わず。
だがこうして、激闘に終止符が打たれた。
俺たちは水晶ダンジョンの攻略階層を告げる、最後の炎を灯したのだ。
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