3-22 ハメられた




「ご安心を。別にあなた方を捕らえようというわけではありませんわ。どうぞお入りになって」


 立ち上がったセレーラさんの呼び掛けで扉を開けて入ってきたのは、予想に違わず……いや、予想よりも悪く、立派な鎧を身につけた騎士たちだった。兵士さんって呼んだら絶対怒られる感じの。


 その中でもひときわ豪華な、水色の装飾が施された鎧を着た騎士が前に進み出た。

 三十代半ばで金髪の甘いマスクをした、世の九割五分の男が敵と見なすような優男だ。

 まあ俺にはニケとルチアがいるし? 全然まったくうらやましくなんてないけどね?


「セレーラ殿、通達感謝します。彼らが?」


 セレーラさんがうなずいたのを見て、優男騎士がこちらに一歩踏み出す。

 その分こちらが下がると、騎士は頬をかいた。


「はは、突然このような格好で現れれば、警戒されるのも当然ですね。失礼しました。皆様がルクレツィア殿にタチャーナ殿、ニケ殿ですね。私はフェルティス侯爵家騎士、クリーグ。どうぞお見知りおきを」


 一歩後退したクリーグさんは胸に手を当て、前髪をさらりと揺らしながら一礼した。いちいちサマになってやがるぜ……。

 ところで──


「フェルティス侯爵というのはどちらのお貴族様でしょうか」


 ピシリと部屋の空気が凍りついた。

 クリーグさんは爽やかスマイルをひきつらせ、セレーラさんは目まいでもしたのか、左手で目元を押さえて右手をテーブルについた。


「セレーラさん大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃありませんわ……まさかこの街の領主様のご家名を知らないなんて思ってもいませんでしたわ……」

「主殿、前に教えただろう……」


 ルチアが苦笑いしているが……そうだったっけ?


「そうでしたか?」


 ニケも覚えてなかったようだ。

 リースの街は水晶ダンジョンがある重要拠点なわけだから、侯爵という位の高い貴族が治めているのは納得だが。


 ややあってフリーズしていたクリーグさんがようやく再起動し、乾いた笑いを響かせた。


「は、ははは。話に聞いたとおり、個性的な方たちですね」

「これでも彼らに悪気はありませんのよ……たぶん」

「すみません。なにぶん僕たちは遠方からこの街に来たばかりでして」

「遠方というのは?」


 爽やかスマイルを取り戻したクリーグさんによる尋問が始まってしまった。そのために来たんだろうねえ。

 さてどうする……教えてあげようか。


「ニッポンという小さな国ですよ」

「ニッポン? 聞いたことがありませんが……どのようなところでしょうか」

「魔物のいない平和な国です。でも鉄でできた馬車がそこかしこを走っているので気をつけなければなりません。石と鉄と雷に囲まれ、人々は常に小さな板を片手に生活していて、それがなくなると発狂します。あと魚を生で食べます」

「……教えるつもりはないということですか」

「そう思います?」


 全部本当なんだけどね。

 クリーグさんとセレーラさんと騎士だけでなく、ニケとルチアもやれやれって感じで誰も信じてない。悲しい。


「それで、騎士様は僕たちにどのようなご用でしょうか」


 クリーグさんは渋い表情をしていたが、咳払いを一つついて爽やかスマイルに戻った。


「昨日の〈リースの明け星〉崩壊の件について伺わせていただきたいのです。セレーラ殿から話は聞きましたか?」

「ええ、ある程度は」

「そうですか。明け星崩壊が仲間割れ、もしくは何者かの……いえ、はっきり言えば皆さんによる報復であるというのであれば、こちらとしてはそれで構わないのです。ですが、もしそうではなかった場合……」

「明け星と関係性がない第三者であれば、危険な思想を持っている可能性があるので野放しにはできないということですか」


 そりゃそうか。人を操って未知の魔道具を使う者が無差別に街を破壊なんてしだしたら、目も当てられないことになる。


 とはいえ力を持つ者が暴れれば同じことはできるし、危険なスキルなんていくらでもある。結局は力なんて使い方次第だ。

 だから俺がそういった力を持っていても、そこまで過剰な反応をするつもりはないのだろう。要注意対象にはなるだろうが。


 うーん、どうしようかな……本当に捕らえる気はなさそうだし、これ以上ややこしいことになる前に俺がやったと白状した方がいいのかもしれない。

 などと考えてもいたのだが──


「そのとおりです。ですから、今回の件について明白にさせるためにもまず……セレーラ殿、お願いしていたあれはお持ちになっていますか?」

「ええ、もちろんですわ」


 あれとはなんだ? やな予感しかしない。


 その予感が的中したことは、すぐに知ることができた。

 腰のマジックバッグに回した、セレーラさんの手に現れた物を見て。


「鑑定スクロール……」


 丸まった厚みのある三枚の羊皮紙。


 それこそが使用すれば対象の能力が写し出されるという、B級ダイバーになったら使わされる鑑定スクロールである。

 超高額な素材などを買ったときに証明書としてついてくるので、何度か見たことがある。


「ご存知でしたか。まずはこの鑑定スクロールを使っていただきたいのです。ああ、別に皆さんが今回の事件の首謀者だったからといって、捕らえるようなことはしませんよ。そこは信じていただいて構いません」


 テーブル越しにセレーラさんからスクロールを受け取ったクリーグさんが、俺たちにそのまま差し出してくる。

 鑑定スクロールは、他人を勝手に鑑定できるような物ではないからだ。人を鑑定する場合、本人が魔力を流さなければならない。


 もちろんこれを受け取るわけにはいかない。

 どんな理由であろうと俺たちのステータスを晒すつもりはない。


 それに、その前に一つ尋ねなければならない。


「なぜでしょうか」

「ですから今回の件について明白にさせるため……」

「すみません、騎士様に聞いているわけではないのです。これを仕組んだのはあなたですよね、セレーラさん」


 セレーラさんがこれを出したということだけではない。そもそも順序がおかしいのだ。

 鑑定スクロールはダンジョンでしか手に入らない。それなりの頻度ひんどで出る物ではあるが、それでも貴重な物だ。


 それを犯人かどうか真偽も定かではない俺たちに、しかもわざわざセレーラさんに準備させてまでいきなりクリーグさんが使わせようというのは、どうにも腑に落ちない。

 ステータスを知りたいだけなら、まずは〈開示〉を求めるのが普通だと思える。


 そしてセレーラさんには俺たちにスクロールを使わせる動機がある。

 彼女は俺たちの力を見ているからだ。

 俺たちがこれからB級を飛び越えようとしていることに思い当たってもおかしくない。その力を俺たちが持っていることを知っているだけに。


「いや、これは……」

「もう結構ですわ、クリーグ」


 読みは当たっていたようで、諦めたセレーラさんは一度首をすくめ、投げやりな調子で口を開いた。


「あなたはときおり妙に鋭くなりますわね。そのとおりですわ。私が彼に頼んで、取り調べの際にあなた方にそれを使わせるようお願いしたのですわ」

「どうしてそんなことを?」

「あなた方がなさろうとしていることを、未然に防ぐためですわ」


 むう……やはりS級まで飛んでダダこね作戦はバレてしまっているようだ。

 これは参ったと頭をかいていると、セレーラさんはため息を一つついた。


「やはりそうなのですわね。鑑定されないために、四十階層どころではなく、五十……いえ、六十まで潜ろうとでもいうつもりですの? そうすれば一気にS級。そんな力を示されてしまえば、たしかにギルドとしてもあなた方の意向を無視できなくなりますわね。ですが、そのようなこと許すわけにはまいりませんわ」


 冷徹なセレーラさんの瞳には、確固たる意志が込められている──そんな裏道を抜けるようなことはさせない、と。

 さすが副ギルドマスターといったところか。

 こんなやり方をしたのは、普通に使えと言っても俺たちが応じるはずないからだろう。


 セレーラさんと俺たちの間に、緊迫した空気が流れる。


 ──それをぶち壊したのは、クリーグさんの能天気な笑い声。


「はははっ、もういいじゃないか姉さん。そこまでバラしてしまうんなら、素直に言ってしまえば」


 そしてクリーグさんは、セレーラさんに向けていた顔をこっちに向けた。


「あなた方が心配なんだ、ってね」


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