第131話 戻るぜ

「祈祷師さま!」

「お待たせ」


 川の水を採取するついでにマリーらの様子を見て来たんだ。

 彼女らは釣りを続けていて和気あいあいとしていたので何ら問題なかった。

 えむりんもいるし、スフィアの結界魔法もある。安全確保について万全なようで安心した。

 それはそうと……綺麗に折りたたんだ毛布を抱え勢いよく立ち上がったザザは元気になったように見える。

 顔色……からは種族の違いもあって調子がいいのか悪いのか窺い知ることが難しい。

 無理して元気に振舞っているのか本当に回復したのか判断がつかないのが悩ましいところだ。

 迷う俺の様子を察したのかスフィアが俺の耳元に口を寄せる。

 

「大丈夫そうよ、ちゃんと魔力が回復しているわ」

「それは良かった。やっと酔いが覚めた?」

「も、元々酔ってなんていないから、し、失礼ね」

「……分かった」

「何よ、その顔……」

「俺の探偵魂が全てを教えてくれたから」


 まだブーブー言おうとしていたスフィアの肩を押しのけザザの元へ。

 スフィアの言うことを信じているのかって? いやいや、動揺っぷりから酔っ払っていたことは自明の事実である。

 もはや追及するまでもない。どっかに酒の入った小瓶でも隠し持っていたんだろう。

 胸の谷間ってことはさすがにないだろうけど、腰のポーチの中とかいろいろ隠す場所はある。


「頭がくらくらしていたり、どこか調子の悪いところとかどうかな?」

「なイ、祈祷師さまの聖衣の加護デ」

「う、うん……それはよかった」

「村に戻ル」

「ここで待っててもいいかな?」

「うン」


 無表情のまま頷いたザザはぼちゃんと湖の中に飛び込んだ。

 このまましばらく待つことにするか。

 

「飲むなよ」

「お水くらい飲んでもいいじゃない」

「じゃあ、これ。ヒール付きだし」

「あ、ありがと」


 木の根元に座り込んだら、スフィアが挙動不審になったので先んじて水筒をずずいと差し出す。

 おもむろに茶色の塊ことスピパを手の取り、ナイフを当てる。

 

「時にスフィア」

「ちゃんとお水を飲んでいるわよ」

「見れば分かる。マリーたちに変化はないかな?」

「特に結界が解けたとかは無いわね、安心して」

「そうだな、えむりんもいるし」

「師匠もいるから」


 師匠ねえ……まあ、深くは追及しまい。

 思ったより硬いな。スピパを削っていると鉛筆を削っているように錯覚するほど。

 ヒールを付与した水をかけてザザから剥がしたスピパは完全に乾いていないからか、フランスパンくらいの硬さである。

 一方で自然に彼女から剥がれた乾燥したは今俺が削っているものだ。

 これくらい硬いのだったらカンナを当てて削れそう。ポラリスに専用のものを作ってもらおうかな?

 おっと、カンナじゃなくて料理で使うのだからスライサーと言った方がいいか。

 

「ちょ、エリックさん!」

「ん?」

「それ、ザザさんの体に引っ付いて魔力を吸っていたものなのよ?」

「人間の肌には張り付かないことを試しただろ、平気平気」

「肌に触れて平気でも、食べるとなると別じゃないの!?」

「あ、ああ。つい、味を確かめてみたくてさ」


 驚くスフィアに対し何でもないとばかりに軽い調子でナイフを持った右手をあげる。

 スピパを削っていたら、つい食べたくなっちゃってさ。

 俺だって生で食べるのはより危険性を増すことくらい分かってる。だけど、小指の先ほどだし、口に含むだけで飲み込んでなきゃいいかなって。

 万が一の時にはヒールだってあることだし、さ?

 スピパの味は予想通り、いや期待以上ものもだった。

 香りと硬さからひょっとしたらと思って口に入れてみたら、広がる懐かしい味にスフィアの心配する声への反応が遅れてしまった。

 乾燥させ削ったスピパはかつお節にそっくりだったんだよ!

 スフィアの声が耳に入らなくなる気持ちを分かってもらえただろうか?

 かつお節は海に住む魚であり、ウミウシのようなスピパとはまるで異なる生物だということは分かっている。

 だけど、味がそっくりならそれでいいじゃないか。

 この世界には淡水の川で昆布やワカメが獲れるんだし、味だって地球産のものに負けないものである。

 昆布とか塩気のある海水で育たないと深い味わいなんてでないんじゃ……という俺の先入観を見事にぶち壊してくれた。

 さらに乾燥させて初めて味が出るであろう昆布はこの世界の淡水昆布だとそのまま鍋に入れても大丈夫と来た。

 他にも納豆菌が酒造所に悪さをしたりなんてこともなかったし、地球の常識で考えると信じられないことばかり起こっている。

 なので、かつお節そっくりのスピパに毒が無いとは言い切れないのだ。

 はじめから疑ってかからないとさ。初めて食べる食材はどのようなものであってもひょっとしたら毒があるかもしれない、と疑ってかかっている。

 何もスピパだけ警戒しているわけではない、とだけ言わせてもらおう。

 

「はい」

「ありがとう、ちょうど水筒を頼むって言おうと思ってたところだったんだ」


 水筒の水はまだ半分以上残っていた。二口ほど飲み、ふうと息をつく。

 その時、湖面が動きザバアとザザが顔を出す。


「お待たセ」

「えらく早いな。ビックリしたよ」

「サハギンは魚に負けなイ」

「湖の底までどらくらいなのかな?」


 などと会話しつつザザが岸辺まで上がってきた。

 よいしょっと地上に降り立ったわけなのだが、右手で握っている壺が思ったより大きい。

 彼女が握っていたのは蓋つきの素焼きの壺で両側に持ち手が付いていた。

 一抱えほどもあるそれは容量にして8~10リットルくらい入りそうなほど。

 

「念のために聞くけど、帰りは水が入っているから倍以上の重さになるよ」

「平気。水の中だト軽イ。それに、沈ム」

「湖の前まで運びさえできれば問題ないのかな?」

「うン」


 確かに水中だと重たい壺でも運びやすくなるか。

 すぐさまカブトムシにライドオンして水を汲み戻る。

 

「消費期限は一週間だから気を付けて、岸まで運ぶよ」

「ありがとウ」


 水の中に入ったザザに満水の壺を渡す。

 「待ってテ」と言い残した彼女は水の中に消えて行った。

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