第29話 待望の……

 同じ釜の飯を食う、という言葉がある。

 寝食を共にした仲間ってことなのだろうけど、飯といえばほかほかのご飯だろ。

 釜はないが、鍋がある。

 炊飯器なんてものはもちろん無いので、鍋でご飯を炊くのだ。

 任せておきたまえ。飯盒炊飯はんごうすいさんで鍛えた腕を見せてくれるわ。

 飯盒はんごうなら細工師のポラリスに頼めば作ってくれそうだよな。ついでに釜も作ってもらおう。

 ふ、ふふ。想像するだけで夢が広がる。

 米があれば調味料だけじゃなく、酒も作ることができるし。大豆と並び日本食には必須の食材である。

 念願の米を手に入れたぞ(何度目だよ)。

 

 始めちょろちょろ中ぱっぱ、という名言通り。

 最初は弱火で、そして火力を上げて蓋をした鍋を加熱する。

 待っている間に他の食材を調理してしまおう。

 ワカメと味噌汁に……新製品である豆腐を加える。豆腐も作るのに少し苦労した。

 隠し味に豆腐を作る時に完成した豆乳を垂らす。

 豆腐は醤油と同じくらい力を入れて開発していた食材なんだ。

 豆腐が出来れば豆乳もできるし、豆乳があれば牛乳のように豆乳チーズってものも作ったりできる。

 個人的には牛乳で作るチーズの方が断然好みだ。幸い、牛乳とチーズは手に入るので豆乳チーズが活躍する場は無さそう。

 

 そして、酢につけたキュウリだろ。後は、魚を塩焼きしよう。

 あ。そうだ!


「じゃじゃーん」


 自分で変なことを口走るほどテンションがあがってしまうのも仕方ない。

 味噌樽はいつの間にか5樽もあるんだけど、そのうち一つが底をつきそうになったいた。

 それでな。

 自家製味噌を作った時ってさ、表面に液体が浮かんでくるんだよ。

 これを味噌だまりって言って、味噌がカビるのを防いでくれたりするそうなんだ。

 味噌作り初心者の俺としては、味噌だまりをおいそれと取っ払うことができなかった。

 しかし、もう味噌が無くなるとなれば味噌だまりを採取することを解禁してもいいだろと言うわけなのだよ。

 味噌だまりって何だよ、おいしいのかよと疑問が浮かんだかな?

 美味しいんだよ!

 凝縮された味噌の旨味が詰め込まれ、味わいとしては味噌と醤油の中間と言ったところ。

 

 ぺろ。


「こいつはうめええええ」


 魚の塩焼きはやめだ。味噌だまりを使うぞ。

 炭を用意。この世界には七輪のような鉢がどこの家庭にもある。

 熱源が薪か魔道具か炭だからね。

 じりじりと魚を炭火焼にしつつ、味噌だまりを少しだけ垂らす。

 後は、ポメルというレモンと柚の間のような果物を半分に切って皿に置く。

 これで完成だ。

 

 丁度ご飯も炊けたようだし、マリーの様子を見に行こうぞ。

 階段を登ろうとしたら彼女にエンカウントしたので、朝食と相成った。

 

「ふああ。これがお米なんですね!」

「うん。蓋を取ってみて」

「はい!」


 マリーが尻尾をピンと立て鍋蓋をそっと取る。

 ぶわっと湯気があがり、美味しそうな香りが漂ってきた。

 マリーにとっては初めての炊き立てのお米の香りだったがどうだったろうか?

 彼女は目を細めて、ピンと立ったぴかぴかの米粒を見つめている。

 ピンと立っているのには隠し味効果もあるのだ。高級なハチミツを少し入れたんだよね。

 炊飯する際にハチミツを入れて混ぜて炊くと米がピンとなるんだ。

 

「パンの代わりに食べるんだよ」

「お魚と一緒に、ですね!」

「うん。あと、米と言えばこれなんだけど、フォークとナイフでももちろん構わない」

「これは?」

「箸という食器だよ。こう持って」

「こうですか? あうう」

「す、すまん。強く握り過ぎたか」


 箸の持ち方が違ったので彼女の手に自分の手を被せて指導しようとしたら、彼女が手を引っ込めてしまった。

 突然触れたことにビックリしたのか、強く握って痛かったのかは不明。

 彼女は人間と違って猫の獣人だからなあ。人間と同じ感覚で接しているとたまに思っても見なかった反応をして戸惑う。

 別に嫌な気持ちになるわけじゃないんだけどね。人間は人間。猫の獣人には猫の獣人。それぞれ特徴があるものだから。

 猫の気持ちなら分かって見たいと思うけど、すみよんの気持ちは分かりたくもない。

 俺が思うところはそんなもんだ。

 

 食卓に並んだ朝食を見て満足気に手を合わせる。

 

「いただきまーす」

「いただきます!」


 マリーも俺と同じように手を合わせ、フォークとナイフを手に取る。彼女の傍には箸も置いてあった。

 交互に使って箸も使えるようになりたいそうだ。

 使い始めたらすぐに慣れると思う、と彼女に言っておいた。

 まずは、米だ。米だろ。

 ほかほかでぴかぴかの米を箸で取り、口に運ぶ。

 

「お、おおおおお。米だ。まさしく米だよこれ! 僅かな甘みもあり、これだけでもいける!」


 酢につけた切り分けたキュウリをしゃりっとしつつ、ご飯をかきこむ。

 漬物とご飯を一緒に食べたかのように、懐かしい味に思わず目元が潤んだ。

 お次は焼き魚に行ってみよう。

 そのまま食べてみる。川魚だけど塩を振らずに焼いてみたが、味噌だまりのふんわりした味がバッチリだ。

 しかし、俺は更に贅沢をする。

 味噌だまりを魚の身にちょんとしてご飯に乗せ、あんぐりと行く。

 

「これは絶品だ。ご飯に魚、そして醤油ぽい味噌だまり。これぞ和の祭典」

「美味しいです! このタレは味噌だまりと言うのですか?」

「うん。味噌の旨味が凝縮して出てきた液体を味噌だまりと言うのだけど、味噌樽一つから僅かしか取れないからさ。マリーにも味噌の仕込みをしてもらってるから液体の量を知っていると思うけど」

「はい! 腐らないため、とエリックさんがおっしゃっていました。味噌が無くなったら捨てると思ってたのですが、素晴らしい調味料ですね!」

「うんうん」

「それに、ご飯ももちもちで柔らかくておいしいです! パンとはまるで異なりますが、わたしはご飯も好きになっちゃいました」

「苦労して持って帰って来た甲斐があったよ」

「ゴンザさんたちにもご馳走しなきゃ、ですね」

「その前に。お礼をしなきゃならない人がいるんだ」


 そう。精米をしてくれたあの人たちに。

 ご飯を持ってお礼をしに行こう。


※豆腐話は数話後にまた、、あります。

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