第99話 音楽のある宿

 頭頂部が特徴的なアブラーンと屈強な大工三人の四人かかりで大きな箱が運び込まれてきた。

 なんだこれ、金庫? レトロな漫画で出て来るような鉄の金庫風の箱はゆっくりと床に置かれたにも関わらずドシンと音がした気がする。

 筋肉質な大人四人でやっと運ぶことができるといった重量がある箱を食事スペースの真ん中に置かれても困るんだよな……。

 後で動かすこともできなさそうだから。ライザがいればこのまま置いててと言うところであったが、残念ながら彼女は今いない。


「あちらに置いてもらっていいですか?」

「承知です! 運ぶぞお」


 引っ越し屋かよと思わせるノリでアブラーンが指示を出すとテキパキと動く大工たち。


「ありがとうございます」

「では、これにて」

「え、えっと……」

「主人は、その、察してください」


 あ、うん。

 言い辛そうにするアブラーンに対し、大人の対応をする俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 静かな音色が民宿の一階に鳴り響く。

 内装や出す料理はいつもとそう変わらないのだが、音楽があるだけで別の店に来たかのようだ。

 ……なんて思っていた時が僕にもありました。


「次、お魚追加ですー。その次はチャーハンですー。こっちは清酒ににごり酒です!」

「分かった。もうすぐ肉の方があがる」


 目が回るとはこのことだ。一人でキッチンを回す俺も大変だけど、俺がキッチンに引っ込むとホールでマリーが一人になる。

 彼女も彼女でひっきりなしにくるオーダーにてんてこ舞いになる。

 これで客室が四つしかないのだから更に客室が増えるとどうなることやら……。

 と思ったが、レストランに関しては宿泊客以外も入れるようにしているんだよ。ありがたいことに泊れなくとも食事だけでもと申し出てくれるお客さんがいてさ。

 最初はせっかく来てくれて泊れないことを気にしており渋っていたのだけど、怪我もしてないし食事が楽しみでここに来たとか言ってくれて、それで食事のみのお客さんも入れるようになった。

 そこから「え、いいの?」という感じで冒険者から冒険者に情報が伝わり、今ではほぼ毎日食事だけのお客さんがいるほどにまで成長した。

 あ、あくまで売りは回復する宿なんだからな……。

 だからして、客室を増やそうとしているわけで。

 

「エリックさーん」

「おお、もうちっとだけ待ってー」


 余計なことを考えている場合じゃねえ!

 今はただ無心に料理を作り、お客さんに提供するべし。

 フリフリ動くマリーの尻尾を眺めながら必死で手を動かす。

 ホメロンが奏でる音色は一切俺の耳に届いていなかったとさ。

 

「ごめん、明日に改めて」

「いえ。ハープを奏で、みなさんが楽しんでくださいましたのでこれ以上のことはありませんとも」

「これ、今晩の差し入れだよ。明日はエリシアさんも交えて一緒に」

「いえ、エリシアは夜が早いのです。明るいうちでいかがでしょうか」

「確かに、配慮が足りなかったよ。今日挨拶に向おうと思ってたんだけど」

「元々出かける予定があったのです。それこそ気にしないでください。私どもが押しかけたのですから、エリックさんの予定を顧みずに」

「そう言ってくれると助かるよ。ハープの演奏、とても好評そうだったよ」

「明日も同じ時間に参ります」


 ホメロンと熱い握手を交わし、礼を述べる。

 手を離した後、芝居がかった仕草で腕と共に頭を下げた彼は颯爽と宿から去って行った。

 結局、エリシアのところに行くことはできなかったんだよな。

 彼女には一度だけ会っていて、その時に廃村で改めて現在の体の様子を聞くと約束していた。

 来てすぐに訪ねるとは言ってないけど、なるべく早く聞いておきたいと思っていたんだ。

 それがアリアドネのところへ行って、その後、錬金術師関連のあれやこれやで気が付いたら開店時間だった。

 運び込まれた金庫のような箱もまだ動かしてもいない。


「ジョエルさんたちが参りましたよー」

「おー。今行くー」


 ジョエルはあの日以来すっかり魚が気に入っている。

 北の湖にそろそろ魚を補充しにいかなきゃな。彼らと近場のどこかに遊びにも行きたい。

 ジョエルたちは一か月間と限られた時間なので、その間に出来る限り楽しんで欲しいと思っている。

 彼の味覚からくる超人見知りというトラウマが少しでも和らいでくれるように。せっかく来てくれたのだからそのお手伝いがしたい。

 ジョエルとメイドのメリダとはもちろんのこと、食事を一緒にした効果からか堅物の騎士ランバードも少しづつであるが打ち解けてきている。

 彼らとの食事は最近の楽しみの一つなんだ。

 俺は今まで冒険者だったので冒険者の話をちらほら聞いたことはあるのだけど、お貴族のお屋敷での生活のことなんて初めて聞く話でとても興味深い。

 特にとなるとやっぱり自分と関係あることになる。

 食事と治療に関することだな。

 食事に関してはメリダが色々と情報を教えてくれる。彼女が実際に口にしたことのない料理も多く、レシピからの想像だと言っていた。

 俺としてはどのような食材が使われているのかってだけでも興味深い。使われているってことは仕入れることができるってことだからさ。

 特にいくつかの香辛料を入手することができると知れて嬉しい。香辛料は色んなところで使うことができる。

 問題はお値段だよな……。メリダ情報によると仕入価格までは分からないのでどこで仕入れることができるのか彼女がお屋敷に戻ってから聞いてもらうことになった。

 

 もう一つの治療のことは予想に近い形だったかなあ。

 貴族のお屋敷には半ば専属のヒーラーがいる。半ばと表現したのは一応所属が教会となっているからだ。

 そのヒーラーはお屋敷の中に住んでいて、屋敷の人が怪我したりした時にすぐ駆けつけるんだって。

 

「先に食べてていいですかーって?」

「いいよー。すぐに酒を持って行くー」


 遠出した日は一杯やりたいのだ。お子様には分かるまいて……。

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