第98話 私にかかればふぉふぉふぉ

「か、可愛いです」

「かわいいじゃなくて、えむりんだよー」

「も、もう、わたし、メロメロです」

「めろめろじゃないよ、えむりんだよー」


 両手をギュッとして悶えるマリーはもうたまらないといった感じだ。

 えむりんの見た目にまずキュンときたようで、彼女と会話をすることで更にキュンが増したらしい。

 帰るなりマリーがパタパタとやって来てカブトムシに顔をしかめつつも「おかえりなさい!」と元気よく迎えてくれた。

 マリーの対応に興味を惹かれたのかえむりんが彼女の周りをくるくると飛び、トンボの羽から鱗粉を振りまく。

 一部がマリーの口元に触れたようで、彼女の顔がぱああっと変わり頬をピンク色に染める。

 

「エリックさん、甘いです!」

「リンゴは甘いでーす」

「すみよんさん、リンゴじゃないです。えむりんちゃんから振りまかれた粉? が甘いんです」

「そうなんですかー。リンゴじゃないんですかあ」


 甘いという言葉に反応したすみよんが尻尾で掴んだリンゴを掲げたものの、マリーの答えは違った。

 そんなことなど気にもしないすみよんはリンゴを口元に運びシャリシャリとやり始める。

 

「マリー、鱗粉が甘いって?」

「はい! そうなんです! エリックさんも……あれ」

「どうやらすぐに昇華して消えてしまうみたいだな」

「残念です」


 心底残念そうに猫耳をペタンとさせるマリーを不思議そうな顔で見つめるえむりん。

 ちょいちょいとえむりんを手招きすると彼女は素直にパタパタと俺の元に寄って来る。


「ちょっと俺の顔の上で飛んでくれるか?」

「えむりんは食べられないよー」

「食べない食べない。口を開けているのはえむりんを食べるためじゃないから」

「わかったー」


 えむりんがパタパタと飛ぶと鱗粉が口の中に入った。

 お、おお。

 

「甘い。これ、砂糖にそっくりだ」

「お砂糖ってこんな味なんですね! ハチミツより甘さだけが凝縮されたような純粋な甘さとでも言えばいいのでしょうか」

「砂糖は高級品だし、民宿で出すにはちょっとって思っていたんだよね。街に行った時に砂糖を使ったお菓子を食べる、くらいならご褒美にいかもしれない」

「ほんとですか! 楽しみです!」


 これほど喜んでくれるなら、お高くても次回キルハイム訪問の際には砂糖菓子か砂糖を使ったケーキを買おう。

 俺も久々に砂糖を使ったお菓子を食べてみたい。

 久々とは言ったが、今世では一度も食べた記憶がないんだよね。砂糖の記憶は前世にまで遡らなきゃならない。

 前世ではしょっちゅう食べてたんだが、世界の事情が異なるので致し方あるまいて。

 

「えむりん、羽をブンブンした時に出る粉? はやっぱりすぐ消えちゃうのかな?」

「うんー。べとべとにならないのー」

「確かに、甘いから溶けるとベトベトになるかもな」

「えへへー」


 いいのやら悪いのやら、だな。

 物資は異なるのだが、砂糖で考えてみたら動くたびに砂糖を振りまいてるとベタベタになるばかりか虫がたかってきて大変なことになりそうだ。

 えむりんが意識して鱗粉を出しているわけじゃなさそうだから、鱗粉がすぐに昇華し空気中に消えた方が周囲に影響がない。

 調味料に使えるかなと思ったけど、なかなか難しいな。

 

 ドガアアアン。

 その時、物凄い勢いで扉が開かれる。

 

「話は聞かせてもらったよ。甘いのだね、甘いのだね」


 えむりんとすみよんは何ら変わっていないが、登場した人物に俺とマリーが固まる。

 マリーはどうしていいのかオロオロしている風だが、俺は面倒な人物ナンバー2にやれやれどうしたものか、と頭を悩ます。

 相手をしないわけにもいかないよな。ご近所さんなわけだし。

 

「錬金術屋は完成したんですか?」

「錬金術屋? 違うとも、工房だよ、工房。工房とは神聖な場所でね、そうだね、チミのキッチンみたいなものだよ。そうそう、キッチンと言えば……」


 変なトリガーを引いてしまったらしい。

 無難なセリフだと思ったが、天才錬金術師の琴線はどこにあるやらだよ。

 喋り続ける彼の言葉を右から左に流していたら、ようやく話が途切れた。

 も、もういいかな。今度は間違えないぞ。

 

「工房は完成したんですか?」

「もう少しかかるね、かかっちゃうんだね。そうそう、チミ、話は聞かせてもらったよ」

「え、えっと」

「甘いと言っていたではないか。甘い、うん、いいね、いいね。甘いはいい。ぱりぱりしているのかね?」

「パリパリはしてないです……どちらかと言えばふわっと?」

「おおおおおお。ふわっとかね。ふわっと! それはどこに?」


 えええ、何か紹介したくない。

 可愛らしいえむりんとこの濃すぎる天才錬金術師、いや自称天才錬金術師様と並ぶ絵面を見たくない。

 残念なことに、えむりんは純粋である。


「ここだよお。おじさんも食べるのー?」

「食べるぞ、食べるとも。ふわっとを」

「おくちあーん」

「あーん。ふぉ、ふぉふぉふぉ。なるほどなるほど、ふわっとしておるね。ふわっと」


 見たくない絵面がすぐにやって来たあああ。

 奇妙さを通り越しシュールな芸術のような絵面になった。

 興奮する錬金術師は血が出るほど頭をかきむしり、倒れそうなくらいに背筋を反らす。

 

「すぐきえちゃうんだよー」

「ほ、ふぉふぉ、お、そいつはレアだね、レアってやつだね。淡雪のごとく、しかしだね、淡雪は特製の箱で保管できるのだよ、チミのふわっとも保管できないかね」

「どうなのー?」


 そこで俺に振ってくるのかよ、えむりん。

 俺に分かるわけじゃないじゃないか。しかし、一つ聞き捨てならない言葉があった。


「淡雪を保管できるとは、何か発明したんですか?」

「そうだとも。錬金術師たるもの魔道具にも精通していなければならないのだよ。この私にかかればふぉふぉふぉ、だよ」


 ふぉふぉふぉってどういうことなんだよ!

 なんて聞いても疲れるだけなので、聞き方を変えてみる。

 

「その発明品って持ってきているんですか?」

「一つあるよ、あるとも。使ってはいないがね、持ってくるかね?」

「お願いします」

「チミもお目が高い。私の錬金術だけでなく魔道具にもとは! 待っていたまえ、運ばせよう」


 高笑いをあげながら扉をバーンと開けようとして既に開いていたため空振りし、よろけるグレゴール。

 何で俺の周りには濃い人ばっか集まるんだ……? 

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