第97話 インセクトフェアリー

 滞在時間は長く無かったのだけど、話の内容が濃すぎて丸一日いたような気持ちになった。


「ありがとう。コーヒーキノコをこんなにも頂いちゃって。それに、新しいお茶も」

「あなたと同じ理由よ。納豆パスタを美味しく食べるのは自分だけと言っていたでしょ」


 ギギギと喉の奥を鳴らすアリアドネに対し、微笑みかける。

 ギギギって音にももうすっかり慣れた。今ではむしろギギギとしてくれたら安心するほどだ。

 会話のキャッチボールに笑顔や笑い声ってのは重要だろ。彼女にとって微笑んだり笑うという行為がギギギなんだから、ギギギとしてくれると楽しんでくれてるのかなって思えてさ。


「渓谷にはアリアドネしかコーヒーキノコを嗜む人はいないの?」

「そうね、ニンゲンと会話できる子も殆どいないわ」

「へえ。アリアドネみたいな人が他にもいるんだ」

「ワタシとそっくりな見た目の子はいないわ。連れて行ってもいいわよ。またここに戻って来るときに連れて来てくれれば」

「いや、そんな強制するようなことはしたくないかな……」

「そうでもないわ。ワタシは誰かに強要することはしないのよ。ニンゲンに興味のある子もいるの。だけど、ニンゲンの集落に行かせるわけにはいかないでしょ」

「そういうことなら」


 一体どんな人が来るのだろうか、ドキドキだけど彼女の紹介なら場を乱すようなこともないだろう。

 宿に来たいというなら拒むつもりはない。彼女にはお世話になっているので、精一杯歓待するつもりだ。


「あと、ジャイアントビートルが気にいっているところ、聞くか悩んだのだけど、ワタシもあなたに騎乗生物を提供することができるわ」

「ジャイアントビートルがいるから大丈夫かな。俺一人だしさ」

「そうね。候補は何体かいるわ。一応、覚えておくだけ覚えておいて」

「分かった。何から何までありがとう!」


 お礼を述べるとアリアドネは蜘蛛の脚を動かし口元に手を当てる。


「あら、ごめんなさい。お喋りが過ぎてしまったわね」

「そんなことないって。沢山話ができて楽しかったよ」


 アリアドネが指先をパチリとしたら、またしても何かが出てきた。今度は生き物のようだぞ。

 宙に浮いたそれ……いや、女の子でいいのか? 彼女は小人族より少し小さいくらいの人型だった。

 トンボのような羽が六つに黄色いチョウチョのような触手が頭から生えている。

 ピーターパンが着ているような袖がギザギザになったチュニックを纏っていた。腰の紐は鮮やかなオレンジで服は淡いピンク色。

 髪の毛は長く黄緑色で、ビスクドールのように愛らしい幼い顔をしていた。

 妖精……のようにも見えるけど、ところどころに虫要素がある。そんな見た目だ。


「この子は?」

「えむりんだよー」


 妖精ぽい女の子がにこーっと微笑み両手をぶんぶん振った。


「俺はエリック、よろしくね」

「うんー、えりっくー、よろしくされるー」


 天真爛漫の幼い口調。何だか小さい子とペットを同時に相手にしているみたいな気持ちになる。


「彼女はインセクトフェアリーよ。食べ物は花の蜜と太陽の光、あの建物なら日当たりが良さそうだから大丈夫よ」

「犬や猫は平気かな?」


 アリアドネの補足説明で食べ物のことは分かった。花の蜜なら問題ないな。

 しかし、民宿には猫たちがいる。マリーと小人たちがいるからネズミ相手のようにはしないと思うけど、聞ける時に聞いとこうと思って。

 俺の質問に対し、アリアドネは蜘蛛の脚を左右に振り呆れた様子である。


「この子がそんなに凶暴そうに見える?」

「いや、とてもほのぼのしてて癒されるよ」

「あはは。あなたの懸念していることが分かったわ。まず有り得ないけど、ジャイアントビートルでもあなたのところにいる大きな三つ目の犬が食べようとしてきても平気よ。あの子は平和的な解決をするでしょうから」

「こんなか弱そうなのに戦闘力があるんだ……」

「うーん、相手を傷つける力はないわ。傷付けられない力はあるわよ。だいたい分かった?」

「分かった」


 相手を無力化する力か隠れる力に特化してるってことだよな。

 おーけー、エリックくん、完全に理解した。


「いこー、えむりん、おなかいっぱいだからー」

「おー。俺も食べたばかりだし、お腹一杯だよ」

「おなじだねー」

「おうー」


 インセクトフェアリーのえむりんが右手をあげるとトンボの羽から鱗粉が振りまかれる。

 鱗粉は太陽の光に反射してエメラルドグリーンの光を放つ。彼女の髪色にそっくりだ。

 パタパタと羽を揺らし鱗粉を振り撒きながら宙を舞う彼女が俺の肩にちょこんと腰掛ける。

 対抗するかのように、ワオキツネザルが俺の体を登り、反対側の肩に乗った。

 両肩に小動物とフェアリーを乗せる俺って一体……。動物王国の主みたいだな、と変なことを考えつつ二人を肩に乗せたままカブトムシにまたがる。


「ビワ、ビワが食べたいでえす」

「ついでにビワをとって帰ろうか」

「行きましょうー」

「いこー」


 ビワを所望するすみよんに応じると、えむりんも右手をあげ楽しそうに微笑む。

 ビワの木は渓谷から帰る時の定番になっていた。

 ついでにえむりんがどんな花の蜜が好きなのか道すがら聞いてみることにしよう。ちょうど気に入る花があったらいいな。

 

「エリックさーん、リンゴいっぱい入れましたー」

「え?」


 走り始めてすぐにすみよんがそんなことをのたまうのでカブトムシを止め、コンテナを開……。

 

「うお」

「いっぱいでえす」

「いやいや、これもうビワが入らないじゃないか」

「食べればいいんですよー」


 食べれないってば、と突っ込むことをせず大人な俺はもう一方のコンテナを開け……。

 

「うお。何このデジャブ」

「いっぱいでーす」

「いやいや、満載だともうビワが入らないってば」

「食べればいいんですよー」


 食べたとしてもせいぜい5~6個だろ。その隙間にビワをって殆ど入らないじゃないか。

 カブトムシの積載量にあぐらをかいた俺はリュックなんてものを持ってきていない。

 両手はカブトムシの角を握るから開かないし、すみよんは持てても三個程度。えむりんは一個持ったら動けなくなりそうだし。


「帰ろうか」

「ビワ、ビワが欲しいでえす」

「倉庫にまだあるから」

「仕方ないですねー」


 あははと笑い合いながら、カブトムシが険しい道を進んで行く。

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