第100話 祝100話 宴会

 アリアドネの住まう渓谷へ行ってから三日が経過した。

 昨日エリシアに会いにいったのだが、その話はまた後程するとしよう。

 変態……いや天才錬金術師ことグレゴールが思いついたかのように押し付け……いや置いてくれた金庫なんだけど物凄い一品だったのだ。

 それでさ、彼らにお礼をしようと思ってグレゴールと彼の雇っている大工全員を宿に呼び食事を楽しんでもらうことになった。

 このタイミングでゴンザらとライザらが揃って宿に泊まりに来てくれてさ、それで本日は貸し切りにしちゃおうと決めたんだよ。

 そんなわけで、大工たち、ゴンザら冒険者四人に加えスフィアとポラリス。それに同じ場所ではなく二階になるが小人たちも加え大宴会となった。

 事前にかなりの量を準備したものの、足りずにこうしてキッチンに籠るハメになってしまうとは……みんなの食欲を舐めていたぜ。

 

「あれ追加して欲しい」

「あれじゃ分からん。いや分かった。ミニカニの素揚げだな」

「さすがエリック。分かってるぜ」

「できたら呼ぶから待っててくれ」


 「おう」と赤ら顔で腕をあげる髭面はゴンザである。

 彼の求める料理は酒に合うもの。これである。カニは美味しいけど歯に殻が刺さってしまうと辛いんだよな。

 彼は鋼の口内を持っているようで硬い食べ物が大好きだ。からりと揚げた煎餅なんかも好んで食べていた。

 

「エリックくーん。さっぱりしたもの、何かないかなー」

「あるある。これでどうだ」


 保冷庫に入れておいた一品をそのまま出す。


「わあ。綺麗だね」

「試してみてくれー」

「ありがとうー。マリーちゃんがいなかったらお礼にちゅーしてあげたいところだけど、残念だねー」

「思ってもないくせに、ほら行った行った」


 相変わらずお調子者のテレーズである。即座にライザに首根っこを掴まれ連れられていった。

 料理をおいたままだけど……いいのか?

 と思ったら、ライザが戻って来て皿を取る。


「白いものは豆腐か。赤いのはトマトだな」

「そそ。それで醤油と酢をベースにしたソースに水ナスとネギ、なんかを混ぜている」

「美味しそうなサラダだ。助かる」

「おう」


 ライザに手を振っていると、カニの素揚げが完成した。

 「ゴンザー」と叫ぼうとしたら赤髪の不満がありありと浮かんだ美女の姿が。


「ね、ねえ。エリックさん、飲みたい」

「ダメだってば! 飲んだらえらいことになるだろ!」

「そ、そうだけど、みんな飲んでるし?」

「どうしても飲みたいなら食事を持って自室で頼む」

「も、もう。エリックさんのお部屋にする」

「そこはダメだ。小人さんたちがいる」

「自分の部屋に行く……」


 ぶすっとしたまま美しい赤い髪を揺らし踵を返した飲んでない時は美女であるスフィア。

 最近は彼女と会うより師匠のすみよんと一緒に行動する方が多い。

 あーだーこーだやって来る面々と違ってポラリスや大工たちは大人しいものだ。いや、大工たちは飲みっぷりがゴンザやザルマンに匹敵する。

 ポラリスはうるさい面々に囲まれているけど、大工たちのまとめ役であるアブラーンと楽し気に喋っているようだった。楽しんでくれて何より。

 

「エリックさん、すいませんキッチンをお任せして」

「いや、そのうち落ち着くよ。頼まれたものは全部多めに作ってるからさ」


 心配したマリーがキッチンを覗き込み猫耳をペタンとさせる。

 そう言う彼女だってみんなが楽しめるように食事を碌にとっていない。

 そんな頑張った俺たちにはとっておきを用意する。マリーを含むとはいえ自分で自分にとっておきってのもアレな感じだな。

 まあいいんだ。特に俺にとってとっておきなのだから。

 キッチンであくせく働いた分だと思って、とっておきに取り掛かるとするか。

 唐突だが、日本時代の俺にとって三大メニューは何だったと思う? 

 まず、日本人が大好きなカレーを選ぶ。レトルトも美味しいし、ご飯さえあれば手軽に食べることだってできるしカレーチェーン店やインド風カレー店で食べるのも良い。

 カレーのいいところは、適当に作ってもそれなりに美味しいところ。カレーならまあ外れはないという安心感がある。

 次にとなれば、ラーメンを推す。

 これもまた日本の国民食といっても良い大人気定番メニューである。手軽なカップ麺からはじまり、星の数ほどあるラーメン店は日夜生き残りのための激戦を繰り広げている。

 ラーメン店は激戦を勝ち抜いてきただけあり、肥えた舌を楽しませてくれるものだ。

 カレーとラーメンは残念ながらこの世界にはない。ラーメンならうどんと同じように研究すれば作れそうな気がする。

 麺はともかく、極上のスープを作るとなると……難しいよなあ。カップ麺に使うスープの粉があればいいが、どうやっても手に入らない。

 もう一方のカレーはというと、スパイスがないだろ。

 スパイスはひょっとしたらジョエルの家を通じて手に入るかもしれない。だが、今すぐではないのだ。

 そんなわけで俺のソウルフードであるところのカレーとラーメンは今すぐには難しい。

 前置きが長くなったが、最後の一つを発表しようではないか。

 三つ目はから揚げである。から揚げだけじゃ分からんと突っ込みが入りそうなので、鶏のから揚げのことだ。

 この世界には鶏に似た鳥がいくつか存在する。揚げる料理もある。だがしかし、それは俺の求める鶏のから揚げじゃあない。

 それが今、ここで、生まれ出るのだ。

 用意したるはボーボー鳥のモモ肉。こいつを適当な大きさに切り分け、特製のタレにつけ込んでいた。

 このタレがポイントなんだよ。醤油に日本酒、そしてニンニクとショウガを少々である。

 鶏のから揚げに求める味わいは醤油ニンニクなのだ。あくまで俺の求める鶏のから揚げなのだけどね。

 タレに漬け込んでおいた肉をパンパンとふるいにかけた小麦粉に軽く転がして卵、もう一回小麦粉をつける。

 ジュワアアアアア。

 油がいい音を立ててみるみるうちに白が黄金色に変わっていく。もうこれだけでたまらんな。

 

「よおし、できた。マリー、運んでもらえるか?」

「うわあ。いい匂いですね!」

「そうだろ。とっておきだぞ。お腹が空いてるからよりおいしく味わえる」

「はい!」


 ボーボー鳥のモモ肉のから揚げを持って行くと、みんなの視線がから揚げに集中する。

 

「まあ待て。これだけで完成じゃないんだ」


 どうどうとみなを押しとどめている間に、ノンアルコール席へもマリーがから揚げを運びに行った。

 ノンアルコール席はジョエルたちと大工の中の最年少であるキッド、そしてマリーが座る席である。

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