第101話 キンキンの!

 ふ、ふふふ。この時のために食べず、飲まずでいたと言っても過言ではない。

 これがなきゃ、キッチンに集中する前に飲み食いしてから料理を作りに行ってただろう。

 真打登場である。


「エールか!」


 真っ先に飛びついたのは酒好きのゴンザだった。

 そう、酒だよ酒。本当は生ビールがいいのだけど、残念ながらない。

 なので次善の策としてエールを準備しました。

 透明なグラスジョッキに並々と注がれたエールはパチパチと良い泡が出ている。それだけではない。

 グラスの表面に霜が降りている。

 氷で冷やした? いやいや、もっと良いものなのだよ。


「キンキンに冷えたエールだ。これをだな」


 と言いつつ山盛りのから揚げの前の席に座り、フォークでそれを突き刺す。

 じゅわあと刺したところから肉汁が出て来てもうたまらん。早く食べてとから揚げが言っている。

 何故かみんなが見守る中でから揚げをもぐりと行く。

 うおお。これこれ、これだよ。醤油ニンニクとカラッと揚ったこの衣。こいつがボーボー鳥のモモ肉の肉汁と合わさり極上のソースとなるのだ。

 肉もプリッとしていてプツリと切れる。

 熱々で火傷しそうなほどだがこれがいい。から揚げは熱いうちに食べるに限る。

 この熱くなった舌をキンキンに冷えたエールで流す。

 

「くうう。たまらん。これだよこれ」


 この時の為に生きていた……は言い過ぎだな。


「あ、みんな、食べてくれていいからね。エールはゴツイ金属の箱の中にグラスごといっぱい入ってるから好きに取ってくれ。扉を閉めるのを忘れずに」


 立ち上がる面々を後目にから揚げを一人ほうばる。

 すかさずエールを流し込み、至福の時を味わう俺。


「あの箱はどのような魔道具なんだ? 中が冬のようだった」

「保冷の魔道具とは違っていたよー。初めて見る魔道具だったよ?」


 キンキンに冷えたエールを運んできたライザとテレーズが金庫のような箱について興味津々に尋ねてくる。

 そう、金庫のようで重いし邪魔だし、勝手に何てものを置いて行くんだとか思っていたよ。

 でもちゃんとあの天才錬金術師は言っていたんだよな。

 金庫のような箱は冷凍庫だったんだ! 

 キルハイムのレストランで魚介類を冷凍保存している店があっただろ。

 普通には手に入らないものだと聞いていたのだが、グレゴールの話ぶりからして彼が開発したもので間違いない。

 あの人、本当に天才だったんだ。

 普段のエキセントリック過ぎる発言と行動から、碌なもんじゃねえと思っていた。

 確かにパリパリする水あめは素晴らしい。なので、彼とそれなりに付き合いを続けてきたつもりだし、何か提供して欲しいものがあればできる限り協力してきた。

 彼の言葉を借りると「淡雪を保管する道具」が金庫のような箱こと冷凍庫だったのだ。

 冷凍庫でエールを保管すると凍らずキンキンに冷える。

 醤油を開発できたことで、これはから揚げとキンキンに冷えたエールで一杯やろうと決めていたというわけさ。

 貸し切り宴会になったけど、元々大工を含めてグレゴールにお礼を兼ねた食事会に招待しようと思っていた。

 何しろ冷凍庫をポーンと提供してくれたんだから。

 

「わたしもご一緒してもいいですか」

「もちろん」


 マリーが隣に座り、から揚げに舌鼓を打つ。

 お、おっと。

 とっておきの登場は良い事なのだけど、ジョエルが食べられるものではなかった。

 そんな彼に向けたとっておきもあるんだ。

 テレーズやマリーも気にいってくれると思う。

 ジョエルたちがいるテーブルは彼のメイドと騎士にキッドを加えた席になっている。

 後はマリーがたまに顔を出す感じかな。結局マリーは料理の配膳やらにかかりっきりになってしまった。

 マリーが酒を飲めないのも理由の一つであるけど、彼女はキッドとジョエル双方と交流があるのでつなぎ役になってくれるかなと思ってのこともある。

 マリーから聞いた話によると、メイドのメリダの頑張りによりまるで口を聞けなかったジョエルがキッドともポツポツと会話できるくらいになったのだそうだ。

 廃村でジョエルと歳の近い人って中々いないから、彼がキッドと交流が持てたようで個人的に嬉しい。


 彼らの様子見もかねて、今度は俺が行くか。とっておきも持ってね。

 

「デザートを持ってきたぞお。ジョエルもきっと食べられるものだと思う」

「え、僕も?」

「そそ。素材そのままだし、リンゴなら食べているところを見たことがあったからさ」

「リンゴは良く食べるよ」

「良かった。じゃあ、どうぞ試してみてくれ。キッド、メリダ、ランバードも」


 順番にグラスの器を彼らの前に置いていく。

 器にはすり潰したリンゴを凍らせたシャーベットが乗せてあった。

 これも冷凍庫のなせるわざである。

 リンゴを凍らせてすり潰しただけなので、素材そのままの味だ。お好みでパリパリする水あめをかけて食べるのも良し。


「どうですか? ジョエル様?」


 メリダが潤んだ瞳で主人を見つめる。

 対するジョエルはニコリと微笑み感想を述べた。

 

「リンゴはもう飽きるほど食べているけど、冷たくてふわふわしていていい感じだよ。みんなの気持ちが少し分かった気がする」

「へえ。どんな気持ちなんだ?」


 ジョエルの感想につい質問をしてしまう。

 彼は嫌がりもせず笑顔のまま言葉を返す。

 

「ほら、料理って同じ素材を色んな調理方法や味付けで作るものだよね。リンゴもそのまま食べるのと、こうしてシャリシャリにするのだと全然違うなって」

「確かに。リンゴならジュースにしても美味しいよな」


 こくんと頷くジョエルがリンゴのシャーベットをスプーンですくい口に運ぶ。

 

「シャリシャリかね!」

「うわあああ。用があったんじゃなかったんですか?」

「終わったのだよ。シャリシャリとは何かね?」

「リンゴのシャーベットです。食べますか?」

「そうかねそうかね。シャリシャリしておるね。シャリシャリもよいものだ」

「あ、はあい」


 唐突に出現した天才錬金術師ことグレゴールに心臓が止まりそうになるほど驚いた。

 俺も食べようと思って持ってきていたシャーベットを彼に提供する。

 食べるのはいいんだけど、何度も同じことを呟いていて怖い……。

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