第102話 少し戻って
話は天才錬金術師から冷凍庫を頂いた翌日にまで遡る。
この日は小人にお礼の品物を渡してから、一路ポラリスの元……ではなくその隣にあるエリシアの住む家へ向かう。
こちらもビーバー作でログハウス風になっているが、これまでの彼らの作品と異なりキャンプ場にある小型のロッジくらいの大きさになっている。
完成時に中を見たがだいたい10畳くらいの広さになっており、一人暮らし用のものとなっていた。
ロフトもあるので、一人で暮らすにはかなり広目というのが俺の印象である。比べるのも変な話だけど、日本時代の俺は一人暮らしをしていた。
古ぼけた昭和の香りがするアパートで二階建てだったのだけど、中々気にいっていたんだ。
こう古き良き昭和を感じることができて、敢えて家具もクラシカルなものを選んで楽しんでいた。昭和風の扇風機を中古屋さんで見つけた時は嬉しかったなあ。
いざ動かしてみるとすぐ故障して動かなくなってしまった苦い思い出とセットで。
……と、話が横道に逸れてしまったが、俺の住んでいたアパートは6畳でキッチンと風呂、トイレは別の1DKだった。
それと比べるとビーバー作の一人暮らし用ログハウスは二倍以上の広さはあるかな。ちょっとした柵で囲った庭スペースもあったりして住む人を飽きさせない作りをしている。
ビーバーは庭いじりとかしないのに、良く思いつくと感心するよ。
完成時に内覧を行いどのような部屋なのかを知ってはいるが今は勝手に入るわけにはいかない。
今はエリシアという家主がいるからね。ちなみに隣の同じ形をしたログハウスはホメロン宅である。ひょっとしたら彼も今エリシアのところにいるかも。
トントンと扉を叩くとすぐに家主が顔を出す。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶を交わすもののエリシアの顔はすぐれない。
肌は蒼白で唇も真っ青だ。美しかったであろう銀髪も黒髪が白髪になったかのように艶がなく、体調の悪さを物語っている。
頬もこけているが、元は健康的な美女だったんだろうなという面影があった。
歳の頃は20代半ばホメロンから聞いているが、酔っ払い狸鍋……おっと失礼、赤の魔術師スフィアは見た目年齢20代半ばくらいなのだけど、彼女と比べて少し年上に見える。
きっと体調不良からくるやつれで年齢より上に見えるのだなと思う。
長い髪を後ろで縛り、ゆったりとした簡素なドレスを身に纏った彼女は頼りない笑顔を浮かべ俺を招きいれてくれた。
「そこで座って少しお待ちいただけますか?」
「いやいや、お茶くらい俺が淹れるよ」
「素敵なお家まで用意してくれた上に、お客様にお茶を淹れてもらうなど」
「実は持ってきたんだ。コップも持参している。このままここに置いて行こうと思って」
ニッと笑い、持ってきた手提げからお茶セットを取り出す。
着の身着のままでここまでやって来た彼女にとって細かい食器とかは持ち合わせていないと思ってさ。
歩くとふらつくくらいだし、俺を迎えに扉口まで来たのだって無理しているはず。
キルハイムの街でチラリと挨拶した時にはここまで体調が悪いと思ってなかった。分かっていたら扉口にまで来てもらうこともしなかったのに。
「助かります。ホメロンさんが大きな馬車を準備してくださったのですが寝具が主にになってしまいまして」
「包丁とか調理器具は必要だよ。もし持っていないなら隣のポラリスに融通してくれるように頼んでいるから、伝えて欲しい。もし今入用のものがあれば俺からポラリスに頼んでおくよ」
「何から何までありがとうございます。ポラリスさんはご挨拶にいらっしゃってくれて、引っ越し祝いと物を頂いております」
「おお。それは良かった」
彼女からすると無償なわけだが、実のところホメロンからお金を受け取ってポラリスに渡している。
ホメロンがお金のことは黙っていてくれと言うので、俺もポラリスも彼の気持ちを汲み取り料金のことは口にしていない。
何か言われても祝いだので誤魔化すことにしようと、彼らと事前に話し合っていた。
「おいしいです。はじめて飲む味ですが素朴で体にじんときます」
「ハト麦とドクダミを煎じて淹れたものなんだ。たぶん体にもいいはず。持ってきているからよかったら使ってみて」
「本当ですか。何から何まで」
「いや、気にしなくていいよ。実はどっちもみんなの認識は雑草なんだ」
「雑草……? 薬草ではないのですか」
「薬草みたいに傷をすっと癒してくれるものではないからね」
エリシアに言ったことは紛れもない事実である。
流通に詳しいグラシアーノに聞いても只の雑草という認識だった。
ドクダミは前々から街でも廃村でも自生していることは知っていたんだよね。あの独特の匂いと可憐な白い花で見たらすぐに分かった。
日本だとドクダミはお茶として親しまれていてスーパーでも手軽に手に入る。一方で庭に生える雑草として忌み嫌われていたりするのだ。
何でも一度生えると根を張ってどんどん繁殖し、抜いても抜いても根の欠片が残っていたら元気よくまた生えて来るとか何とか。
一方でハト麦は廃村に来てから何か飲めそうな草や果実はないかなあと探していたら発見した。発見したと言ってもビーバーと初めて会った川の傍に自生していたのだけどね。
その頃はハト麦以外にも片っ端から煎じて飲んで、不味いと吐き出してを繰り返していた。
これいけるんじゃね、と喜び、よくよく考えてみたらハト麦の味わいだったという経緯である。
どちらも廃村周辺に大量に自生しているので、わざわざ栽培する必要もない。ハト麦はともかくドクダミは栽培すると恐ろしいことになりそうなので、決して栽培しないようにしなきゃな。いざとなればヤギに登場してもらうとしよう。
ズズズとお茶を飲み、お茶菓子のクッキーをもぐりとする。
クッキーにしたのは一番無難かなと思ったからである。宿で出すなら日本的なものがいいのだけど、お茶菓子として持参するわけだから誰にでも好まれるものを選定した。
クッキーといっても砂糖は使っていなくて、例のパリパリする水あめで甘さをつけている。
エリシアも特に食べ辛そうにしているわけではなさそうなのでホッと胸を撫でおろす。
ふうう。お茶は落ち着く。ん、何か忘れていたような。
「寝室に案内してもらえるかな?」
「ロフトを準備していただいたのですが、昇り降りが辛く、そこにベッドを置かせて頂いてます」
確かに右手の奥にベッドが置かれている。
日当たりのいい窓の傍じゃなくて一番暗い場所に置くとは変わっているな。彼女の体調と何か関係があるのかも。
そう言えば、全ての窓にキッチリカーテンが装備されているし、全ての窓のカーテンは閉じられている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます