第103話 診察

 ベッドはビーバーたちが作ってくれたので備え付け家具であった。

 確かロフトに設置していたはずだったのだけど、ホメロンが下に運んでくれたのだろう。

 布団類は彼女が持参したものである。

 では、失礼して。布団に触れようとしたら後ろから彼女が声をかけてきた。

 ほいっと呼ばれたので振り返ると……。

 

「と、突然どうしたんだ?」

「私の身体を見たいのかと」

「い、いや、そんなわけじゃなかったんだけど、布団と枕にヒールをかけておこうと思って」

「そ、それはとんだ早とちりを」


 「身体を見たい」という発言だけ切り取ったら誤解が酷い。

 ベッドという言葉で彼女が勘違いしたことは確かなのだが、身体を見るではなく、診るの間違いだ。

 彼女は俺がヒーラーだということを知っている。そのため、俺が彼女を診察するためにベッドへと言ったと思った……はず。

 一方で俺は別の目的でベッドと言う単語を出した。

 彼女は療養のために環境を変えるだけじゃなく、民宿の施設……具体的には湯治をするために来た。

 一度、回復術師にヒールをかけてもらったこともあると聞いているので、俺がヒールをかけたところで変わらない可能性の方が高い。

 といっても俺のヒールは通常とことなる持続型なので可能性が無いわけじゃないよな。

 なので、彼女が多くの時間を過ごすであろうベッドにヒールをかけておこうと思ったのだよ。

 それが俺がベッドに行きたかった理由である。

 ……ともあれ。背を向けうなじを晒し、いや服を脱ぎ背中全体を見せているセリシアはそのまま動こうとしない。

 このまま放置するのもアレだし、彼女の体調不良の原因は背中にあることが明らかだ。

 仕方ない、仕方ない。じっくり見させてもらうことにしようではないか。決してやましい気持ちからではないことを強く宣言しておきたい。


「これは……」


 思わず声を出すと、背を向けたままの彼女がこくりと頷く。

 これは見たことがない症状だ。彼女の肌は日光に晒されていないからか透き通るような肌色できめが細かい。しかし、背骨から肩甲骨にかけて青黒い斑点がポツポツといくつもできている。斑点は大きいもので直径二センチと少しくらいか。

 斑点は膿や爛れから来るものでは無さそう。肌のシミに近いような感じをしている。

 まるで日焼けしてそこだけ色が変わったような。


「同じような斑点がお尻にもあります。ご覧になられますか?」

「いや、背中のもので十分だよ」

「神父様に直接手を触れていただき、ヒールをかけても変化は無しでした」

「なるほど。斑点ができてから体調が優れなくなったの?」


 服を着るように促しつつ、枕と布団にヒールをかける。これでせめてグッスリ眠ることができれば良いのだけど。

 服を着てこちらを向いたエリシアはそのまま立って話をしようとしたので、横になるようお願いした。


「立てなくなるほどではありませんが……」

「お客さんの前で、とかは考えなくていいからね。布団にヒールをかけてみたんだ。体調の変化があれば教えて欲しい」

「……はい」


 横になり目元が潤むエリシアは搾り出すように肯定し、頷く。

 しばらく待っていたら落ち着きを取り戻した彼女が自分の症状について語り始めた。


「きっかけが何だったのか、まるで分かりません。私はホメロンさんと違い、街の外へ出かけることはまずありませんので。いつものようにお店を手伝い、部屋に入った時にくらりとしました。疲れてるのかなと思っていたのですが、ふらつくことがどんどん多くなり、立っていられないことも増えました」

「街中だと謎の毒を受けたとかでもなさそうだ」

「斑点が一つ、二つと増えていき、私の体調はますます悪くなって行きました。特に陽の光を浴びると必ずふらふらとするようになってしまいましたので暗い部屋で一人療養していたのです」

「それでカーテンを持ち込んだんだな。街で療養していた時より良くなるとは言い切れないけど、ホメロンから療養プランを聞いているかな?」


 彼女が頷くも、一応確認の意味を込めて、説明しておくことにしたんだ。

 といっても大したことをするわけではない。毎日風呂に浸かる湯治に加え、ヒールをかけた水を提供するのでそれを飲料水にしてもらう。寝る時はヒールのかかった布団で就寝する。

 あともう一つ、日が暮れてから歩けるようなら歩き、体を動かすのもいいかもしれないと付け加えた。

 一人歩きは不安なので必ず付き添いをつけるようにすることも忘れずに伝えた。夜道が危ないという以上に途中でくらりときて倒れてしまう可能性もあるからさ。

 提案していてなんだが、散歩をするにあたって一つ大きな問題があることにも気がつく。

 彼女は立つのも難しい時があるのに散歩しようとすることは却って身体に負担がかかるかもしれない。なので、付き添う人が彼女の状態を見て大丈夫そうなら散歩をするようにと彼女と話し合う。

 彼女は特に反対はせず、感謝の言葉を述べるのみだった。

 謎の青い斑点……一体どんな病気なのだろうか。前世でも今世でも聞いたことがない。

 俺が考えていることを読んだかのように彼女が言葉を続ける。

 

「斑点のことを神父様にお聞きしたところ、教会でも聞いたことが無いとおっしゃってました。商店街の店主さんたちにも聞いてみましたが情報はなく、でした」

「エリシアさん以外に同じ症状の人がいないか、いたとしても稀の稀……か」

「はい、病気なのか体質なのか、改善させる方法、全て分かりません」

「そういった事情もあって、病気と表現せず体調不良と表現していたってわけかあ」


 うーん、似たような症状が出た者がいないとなると皆目見当がつかないな。具体的な対策を打てるものは無し。

 ここでしばらくすごしてもらって変化があるのかどうか様子見だな。

 改善の兆しがあるのなら続けてもらって、変化なしなら別の療養を模索してもらおう。

 

 エリシアの状態を見て鬱屈とした気持ちになりつつ帰宅する。

 民宿に戻ると現金なもので、天才錬金術師が置いてくれた金庫のような箱へ一目散に向かう。

 これさ、何と、冷凍庫だったんだよねえ。

 もう心躍るったらありゃしない。さっそく水を張った器を入れておいたんだよ。

 あとは、ポラリスに頼んだ器具の到着を待つばかり。


※書籍化に伴い、タイトルを変更いたしました!引き続きよろしくお願いいたします!

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