第104話 白い粉
何てことがあり、現在に至る。
宴会を開き、そろそろお開きになるという頃持参したのだが渡すのを忘れていたとポラリスから頼んでいた器具を受け取った。
お、おお。これぞまさに。
もうお腹いっぱいになっていたが、ちょこっと食べる分には問題ない。
「エリックさん、それは?」
「これはさ。冷凍庫で凍らせた氷があるだろ。あれを削る器具になる」
「何かお考えがあるんですね!」
「うん、お酒の後にも良いんだぞ」
「リンゴのシャーベットみたいなものですか?」
「似た感じだよ。リンゴのシャーベットの方がおいしいかもしれないけど」
リンゴは先にすり潰すことができるけど、氷はそうはいかない。
ふ、ふふ。ちゃんとソースも作ってあるぞ。
じゃじゃーん。このオレンジ色のソースが今回準備したカキ氷用のものである。
「綺麗な色ですね!」
「見た目の色で何がベースか分かっちゃうのが残念ではあるな」
「そんなことないですよ!」
「あ、みんなもう帰っちゃったか」
「はい。冒険者のみなさんもお部屋に戻られました」
「じゃあ、二人で食べようか」
というわけで、氷を削り器に盛る。
そして、オレンジ色のソースをかけて完成だ。甘い小豆とか乗せたくなるけど、残念ながらここにはない。
小豆ならありそうなんだけど、無いにしても代用できる豆類は見つかりそうだよな。
豆探しを次のテーマにしてみるか。
豆を探していたら他にも色々使えるものが出て来るかもしれないし。
今使っている豆はこの世界でもメジャーなものばかり。大豆、ソラマメ、カラス豆、あとは何だっけ、デーツ……は果物に分類するのかなあ。
甘くておいしいが、高い。
あんな小さな粒なのにリンゴ一個より高いんだぞ。なので、うちでは滅多に仕入れない。
仕入れても俺とマリーのおやつ用だな、うん。
おっと、マリーが手ぐすねを引いて待っている。
「シャーベットに続き冷たいものだけど、お腹を壊さないくらいにしておこう」
「はい! 頂いてもよろしいですか?」
「もちろん。小さめにしたから全部食べても問題ないだろ。だけど……」
「キイインとしました。でも美味しいです! いつも食べるビワよりうんと甘いんですね」
「氷にかけて食べるソースだから味を濃くしなきゃ、だからね」
両目をつぶり、耳をピンと立てたマリーが「んー」と唇を結ぶ。
そう、オレンジ色のソースの正体はビワだったんだ。
ビワをすり潰して、パリパリする水あめを混ぜて煮詰めただけのシンプルなものになる。
甘さが若干足りない気がするけど、砂糖が無い中それなりの味になったと思う。
そして何より、懐かしさが俺の舌を満足させてくれた。
「マリーちゃーん。一緒にお風呂へ……あー、エリックくん、私に秘密で楽しんでるなんて酷いぞお」
浴衣を手に階下に来たテレーズが大きく口を開き不満を漏らす。
彼女の後ろには長身のライザが続く。
「別に隠すつもりはなかったんだよ。いつの間にかみんな解散しててさ」
「私たちの分もあるの!? やったあ」
「あるある。風呂上がりに食べるのが良いと思うぞ。氷もソースもまだまだある」
「じゃあ、お風呂に行ってくるね。マリーちゃんも行こうー。エリックくんも来る?」
「行くけど」
「きゃー、えっちー」
「一緒に入るなんて言ってないだろ!」
「またまたあ。別に私とマリーちゃんは構わないけど、ライザがいるから我慢してね」
勝手にマリーまで加えるなよ、と思ったが突っ込むと変に盛り上がりそうだから大人の対応をしておこうかな。
つまり、無言である。
「全くもう」
テレーズに手を引かれ、マリーも風呂に向かう。彼女の尻尾がぶらぶらしていて、なんか引きずられているように見えなくもない。
テレーズはそれほど力の強い方じゃないから、マリーが抵抗したら引っ張れないと思うので無理やりってわけじゃないだろ。
本気で嫌がっているのなら、俺が止めていた。
テレーズとライザに対してならマリーも嫌なら「困ります」くらいは言うだろうし、心配ないはず。
急にマリーが風呂に行くことになり、ポツンと俺だけ取り残されてしまった。
「ねえ、本当に行かないのー?」
「テ、テレーズさん、はしたないですう」
全く何をやっているんだか。
扉向こうから叫んでいるみたいで、俺にはテレーズの姿は見えないのでご安心を。
まさか素っ裸で外を出歩いているんじゃないだろうな。女湯は男湯に比べて厳重に仕切りを作っているから俺が風呂に入っている時のようにビーバーたちに仕切りを倒されるといったこともない。
仕切りから外に出て来たら話は別だが、声の遠さからしてまだ脱衣所付近かなあ。
よくここまで声が届くよ、と感心しつつ「ふう」と息を吐く。
何だか手持ち無沙汰になってしまったが、こんな時こそ優雅に一人の時間を楽しむべきじゃないか。
彼女らが風呂から戻り、カキ氷を作ったら俺も風呂に行くことにしようかなと思って。
風呂上がりがいいぞ、と勧めた手前、彼女らの戻りを待ち構えようとね。
こんな時のために、冷凍庫の奥に秘蔵の品を隠しておいたんだ。
それはね。半球体型の器に水を入れて凍らせたものである。
ウイスキーグラスを用意してっと、そこに凍らせた半球体型の氷を入れて楽しもうってわけなのだ。ちゃんとウイスキーグラスと氷の大きさも考慮してある。
氷に琥珀色が注がれていく様子を眺めるのも至福の時間だろ。この世界では味わうことができないと思っていたので余計心が躍る。
「ええと、確か。この奥に」
「ばー」
「きゃあああ」
「あははははは」
何、何故、何? 何で冷凍庫の奥にえむりんが潜んでいるの?
本気で驚いた。こんな寒いところに籠っていて平気だったんだろうか。
のそのそと外に出てきたえむりんは俺の周りをくるくると飛んで鱗粉をまき散らしている。
ん、彼女が潜んでいた辺りに白っぽい粉が積み重なっているな。
指先で撫で、付着した粉を舐めてみる。
「甘い。砂糖みたいだ」
「あまいー?」
「うん、甘い」
「そうー、よかったー?」
「よかったよー」
「えへへー」
などとえむりんとやり取りしているが、内心えむりんが冷凍庫の奥から出てきた時と同じくらい驚いている。
この白い粉ってやっぱり……。
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