第10話 幽霊屋敷
「なら、一泊だけでも泊まって行ってくれよ。まだ設備が十分じゃないから半値でいいからさ」
「安全性はどうだ?」
「ここで一ヶ月過ごしているが、誰も訪れたことがない。理由はさっきようやく分かった」
「そっちは心配ないんだろうか?」
夜に警戒せずに寝ることができるだけでも悪くないだろ?
彼女らは半信半疑だろうし、こちらも温浴施設がまだと十分なサービスを行えない。
なので、半額なら妥当かなって。
それにしても、そっちってなんだろ。あ。分かった。
「幽霊か? 問題ない。そんなものは噂だけだ」
「本当だろうな」
「ははーん。怖いんだな。心配するな。万が一、幽霊が出たら俺が何とかしてやるよ」
「怖くなどない。ただ、テレーズが心配なだけだ」
肩を震わせて声を荒げる女戦士だったが、仲間のアーチャー――テレーズはどこ吹く風。
誰が怖がってるんだか、一目瞭然なんだけどここは何も言わないでおくとしよう。
「ど、どうぞ」
微妙な空気が流れる中、マリーが宿の扉を開く。
すると、主人の帰りを待っていた身重の猫以外の猫たちが一斉に扉口に出て来る。
「にゃーん」
「ライザ。ここに泊まろう。泊まるべき」
白黒のマーブルの前でしゃがみ込んだテレーズはポニーテールを揺らし、引き締まった顔が途端にデレデレになっていた。
見つめられたマーブルはお座りしたままじっとテレーズを見上げている。
「仕方ない。テレーズがそう言うなら……」
マーブルから視線を外さないテレーズに向けてあっさりと折れるライザであった。
一方のテレーズと言えば、マーブルにすりすりされてご満悦の様子である。
小人のストラディといい、猫パワーすげえな。
マリーと仲良くなったのも猫がきっかけだったし、全ての道は猫に繋がる……それは言い過ぎか。
きっかけは猫とはいえ、「一泊すると全快する宿」が誇大広告でも嘘でもないってことを証明してみせよう。
宿泊さえしてくれればこっちのものだ。
「料金だけど、素泊まり半額で一人40ゴルダだ。分かってる。こんな場末の宿で40ゴルダでも高い、と思うことは」
二人が不満を口にする前に機先を制し、手を前にやり続ける。
「もし、ライザの怪我が治らなかった場合、お代は要らない」
「面白い。この足がすっかり良くなるのなら、半額とは言わず80ゴルダ支払おう。それでも安過ぎるくらいだ」
80ゴルダならポーション一本より安いからな。
ポーションの相場はだいたい120~150ゴルダくらい。二人分の宿泊費には届かないけど、そこは宿泊代ってことで。
「マリー。部屋に案内してもらえるか?」
「はい! どうぞ。ライザさん。テレーズさん! お部屋は全て二人部屋になっています!」
ペコリと二人に向けお辞儀をしたマリーはパタパタと彼女らを案内する。
三人が二階にあがるのを横目に、俺は俺で準備を進めるとしよう。
包帯にヒールをかけ、水桶とタオルを……全部は一度じゃ持てないな。
包帯はライザのみに、水桶とタオルは二人分だ。
二度に分けて部屋の前まで持って行って、後はマリーに任せるとしよう。
ノゾキはダメ。絶対。
◇◇◇
「いやあ。開店前にお客さんが入るなんてラッキーだったな」
「はい!」
「骨にヒビが入ったくらいだったら、問題ない」
「ですね! エリックさんの魔法に驚きますよ! きっと!」
なんて夕食を取りつつマリーと楽しく会話していたら、バタバタと階段を降りて来る音が響く。
やって来たのは血相を変えたライザだった。遅れてのんびりとした様子のテレーズが続く。
「痛みがすっかり取れた。跳ねても何ともない」
「良かったな。ちゃんと売り文句通りだっただろ?」
「一体全体どういう仕組みなんだ!」
「時間をかけてじわじわと治療する仕組みなんだ。詳しくは企業秘密」
「詮索はしない。それが冒険者のルールだからな。私は単に君に礼を述べたかっただけだ。感謝する。……名前も聞いてなかったな」
「エリックだ。今後ともごひいきにしてくれたら嬉しい。ベッドで眠ると疲労もすっかり回復するよ」
「そうさせてもらう。改めて感謝する。エリック」
包帯を巻いてから一時間とちょっとくらいか。
骨折までいってなかったらそんなもんだよな。犬猫実験の結果からすると……。
翌朝、すっかり元気になった二人はそれぞれ80ゴルダを置いて行ってくれた。
それだけじゃなく、その日の夕方にイノシシを丸ごと一頭持ってきてくれたのだ。
そのままもう一泊するという二人に対し、イノシシの買い取りと差し引かせてもらい……すったもんだあった後に宿泊費の代わりにイノシシを受け取ることになった。
こうして「民宿 月見草」の初のお客さんは大成功に終わる。
まだ開店していないから初のお客さんと言っていいのか微妙なところではあるが……。
彼女らの来店と大やけどを負った旧友のゴンザがライザに連れて来られて回復したことがきっかけとなり、ぽつぽつと「民宿 月見草」に冒険者が訪れるようになって来たんだ。
◇◇◇
「エリックくんー。湯の出が少し悪い気がしていて」
「もちろん女湯だよな。マリーは……食事の準備中だし。ちっとばかし待ってくれると」
昔のことを思い出し、ボーっとしていて軽装のアーチャーことテレーズの俺を呼ぶ声が耳に届いていなかった。
スキンヘッドの包帯は巻き終わったし、ゴンザと共に食事が出来上がるのを今か今かと待っている。
ゴンザが来て、最初の客であったテレーズとライザも続けて訪れたからついつい昔のことを思い出してしまっていたよ。
まだこの廃村に来てから半年も経っていないんだけど、随分昔のことのように思える。
「待ってて」と言ったのだが、テレーズはその場から動こうとせず口元に人差し指を当てニコリと微笑む。
「今日は私とライザだけだから、入っても大丈夫なんじゃない?」
「ライザは?」
「まだ部屋にいるわ」
「んじゃ。行くか。客であるテレーズに頼むのは悪いのだけど、どんな感じか教えてもらえるか?」
コクリと頷くテレーズ。
俺はそんな彼女の仕草と態度に違和感を覚えるべきだったのだ……。
「な、な、な。エリック!」
「ご、ごめん!」
女湯に行ったらライザが岩風呂につかって寛いでいたじゃないか!
幸い後ろ姿だったからまだよかったものの、店主が客のノゾキをしてしまうとは何たること。
「あはははは! いいじゃないのー。ライザ。別に減るもんじゃないし」
「テレーーーズ!」
ライザの低すぎる声にさすがのテレーズもタラリと冷や汗を流す。
ポンと彼女の背中を押して、そそくさと退散する俺であった。
お約束と言えばお約束だけど、ノゾキ。ダメ。絶対。
こんなんじゃ、マリーに示しが付かないじゃないか……しかし、普段男っぽい口調のライザであったがうなじが妙に色っぽいなと思ったのは俺だけの秘密である。
あ。女湯からライザの叫び声がまだ聞こえてきているな。
テレーズはこの後こってりと絞られるのだろう。
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