第9話 初めての来客

 早いもので廃村に到着してから早一ヶ月が経とうとしていた。

 いろいろ準備を整えるのに時間がかかってしまったが、開店まであと少しと言ったところ。

 えらく時間がかかっているじゃないかって?

 そうなんだよ。ここには何もない。食べ物だって野山で山菜や野イチゴを採取し、獲物を狩らねばならないのだ。

 幸いなのは保冷庫があったこと。

 肉を保管しておけるのが大きい。

 小さな畑と厩舎も作った。厩舎と呼んでいいのか微妙なところだが……ただの柵じゃないかとも言う。

 ここにはグラシアーノが連れてきてくれたヤギを三頭飼育している。よく連れてこれたものだ……ヤギは家畜の中でボーボー鳥の次に安価だ。

 草を根っこから食べてしまうところが注意点であるものの、飼育しやすく環境にも強い。

 乳も採れるから、貴重な乳製品だって作ることが出来て食材のバリエーションを増やすことに貢献してくれる。

 

 食材の確保をしつつなので、中々進まなかったが温泉設備もようやく目途がついて来たぞ。

 今でも温泉無しであればお客さんを入れることができるほどにまでなった。

 

 それにしても……暖簾と看板を掲げていたというのに誰一人訪ねてこなかったのが気になる。

 日中、狩りと採集に出かけていることが多かったのが原因かもしれない。

 冒険者の姿は採集の帰りにチラリと見かけることはあったんだけど、ずっと中に籠って作業をしていたからなあ。

 そろそろ交流したいところだ。

 

 と今日も今日とて鹿を狩り戻ってくるときに廃村の元広場らしきところを通って帰ることにした。

 俺の宿はどうも冒険者が立ち寄るに不便な場所にあるのかなと思って。宿付近まで冒険者が来ることが無かった気がしてさ。

 お、おお。

 まだ日が暮れる前だと言うのに早々に野営の準備をしている冒険者がいる。

 二人パーティで片方が戦士風でもう一人が軽装備だった。軽装備はスカウトとかアーチャー辺りかな?


「夜営をするなら少し離れたところにしてもらえるか?」


 戦士風の方から突然声をかけられた。

 冒険者二人はこちらを警戒しているようで、わざわざ立ち上がって武器に手を添えている。

 戦士風は剣で。軽装備は弓だな。


「夜営はしない。ここで住んでいるから家がある」

「こんなところで? 冒険者同士、詮索し合うのは控えたい。だが……」

「本当なんだって。何なら見に来る?」

「信じられん。捕えてどうこうしようという魂胆が見え見えだ」


 あ。そういうことか。やっと理解した。

 冒険者二人はどちらも若い女子だったからか。

 警戒するのは当たり前。冒険者同士なら襲い掛かったり何てことはしないが、誰も見ていないとなると……警戒するに越したことはない。

 彼女らはたった二人のパーティなのだから。近寄らせないに越したことはないだろう。


「う、うーん。そうだな。鹿を抱えて帰っている俺が冒険者に見えるか……と言っても信じられないか。少し待っててくれ」

「近寄らなければこちらも追いはしない」


 「ふっ」と鼻を鳴らし、女戦士が腰を下ろす。もう一人は警戒を解かず矢を番えようとまでしている。

 俺だから警戒されているんだろ?

 だったら――。

 

「あ。あの。エリックさん。一体どうすれば……」


 二人の元へマリーを連れてきたわけだが、彼女は猫耳をペタンとして困った様子。

 ま、まあ。さすがに無茶ぶりが過ぎたな。

 

「エリックと言ったか。本当にここに住んでいるんだな」


 これまで警戒を緩めなかった二人が途端に空気が緩む。

 俺が男で冒険者風の装備をしていたから警戒されたと思って、マリーを連れてきたのが正解だったようだ。

 

「あっちの一番奥の廃屋を改装してね」

「一番奥……石造りの屋敷か?」

「そうだけど? あの家が一番頑丈そうで、傷みも少なかったんだ」

「本気であの屋敷に……その顔。何も知らないのか? それとも知っていて屋敷に住んでいる猛者なのか。いや、そこのええと」


 女戦士が目を向けるとすぐにマリーが自分の名を名乗る。


「マリアンナです。マリーと呼んでください」

「マリーはとてもじゃないが、戦いができそうに見えない。君がここに住んでいるという話も信じられなくはない。だが、よりによってあの屋敷に?」


 俺たちの宿は曰く付きの物件だったのか?

 それで誰も近寄ろうとしなかった……?

 わ、分からん。この一ヶ月、特に何も問題はなかったが、一体何があるってんだろうか。

 首を傾けていると、今度は弓を持った女の子が初めて口を開く。

 

「エリックくん。あの家。『出る』と専らの噂よ。夜にガサガサと何かが動いて、屋内を探しても何もいないんだって」

「あ。ああ。そういうことか。全く問題ないって」


 幽霊屋敷って噂が立っていたのね。それで誰も近寄ってこなかったのか。

 改装する前でもあの家は寝泊まりするに全く問題なかった。野営するより余程快適に過ごせる。

 それなのに、誰も来ないなんておかしいと思ってたんだよ。

 

 ついて来てくれと手を動かすと、顔を見合わせた二人が頷き合う。

 ところが、女戦士が一歩進んだ時、彼女の顔が一瞬だが曇った気がした。

 

「足を怪我しているのか?」

「だから動きたくなかったんだ」

「打ち身か捻挫ってところか?」

「いや。ヒビが入っているかもしれん」

「それなら丁度いい」

「丁度いい……?」


 女戦士の顔が剣呑なものに変わる。

 だから、そういう意味じゃないって言ってるだろうに。百歩譲って俺がどうこうしようとしたとしても、マリーを確保してしまえばおしまいだろうが。

 警戒し過ぎるに越したことはないが、どうにもやり辛い。

 

「来れば分かる」

「ど、どうぞ!」

  

 マリーが精一杯の笑顔を作ろうとしたが、女戦士の雰囲気に気圧されている様子。

 猫耳と尻尾が委縮していることを物語っている。

 

「あそこだ」 

 

 敢えて看板を指さした。

『民宿 月見草』

 うん。目立つ、目立つ。

 宣伝文句もちゃんと読めるだろ。ふふ。

 

「『一泊すると全快する宿』……」

「エリックくん。ちょっと誇大広告過ぎるんじゃない?」


 宣伝文句を読み上げた女戦士につれのアーチャーが続く。


「騙されたと思って泊まってみると分かるよ。元々どれくらい休息するつもりだったんだ?」

「そうだな。少なくとも二晩くらいは騙し騙しで行くつもりだった。万が一の時は虎の子を使う」

「ポーションを持ってるのか。まあ、冒険者なら一個は持っているか」

「そうだな。いざとなれば躊躇なく使う。しかし、今ではない」


 気持ちは痛いほど分かる。

 ポーションは結構なお値段がするからな。教会経由のぼったくりだもの。

 それでも回復役がいないパーティにとっては命綱となる。骨折くらいまでなら一瞬で治療できるから。

 ただし、使用期限が短いのが難点だ。もって一ヶ月半ってところ。期限を過ぎると擦り傷でやっとこさ治療できるくらいまで効果が弱まっている。

 本人曰く骨にヒビが入るほどの怪我なら、使うべきだとは思う。使用期限もあることだしな。

 ただ、一口にヒビと言ってもいろいろあるからなあ。痛むが走ることができる程度ならしばらく休んでから帰路につくかもしれん。

 この世界の人たちは地球の人間より自己治癒力が強い。ヒビの程度にもよるが、軽傷なら三日くらいで何とかなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る