第8話 こいつ、動くぞ

 二階は6部屋あり、寝室、客用の部屋が三つに書斎と物置の構成だった。

 客室が3部屋あるのはありがたい。それぞれベッドが二つにテーブルと椅子と宿の調度品としてバッチリだったんだよ!

 長年使われていなかったので、調度品が全て木製だったから使えるのか不安だったけど、多少傷んでいるくらいでそのままでも使用に問題ないほどだった。

 持ってきた大工道具で軽く修理をするだけで、三部屋のベッド、椅子、テーブルを確保できたんだ。

 シーツと布団カバーは持ってきたものと取り換え……完成となるはず。

 ま、まだ。修理途中なのだけどね。

 そんで、残り三部屋のうち元寝室はマリーに使ってもらおう。最初はそれほど多くのお客さんが集まるわけじゃないから、しばらくは三部屋客室構成で行くとするか。

 連日予約いっぱい状態になったら改めて考えよう。その時には従業員を雇わなきゃならなくなるかな。

 嬉しい悲鳴が来るのはいつのことか。金槌を握りしめ、繁盛した宿を妄想し悦に浸る。

 

「先に全て清掃を済ませた方がいいのではないのかね?」

「うお」

 

 ニャオー……ではなくアメリカンショートヘアのような白黒柄の猫マーブルに乗ったストラディが胡坐をかく俺を見上げている。

 修理に集中していて全く気が付かなかった。

 マリーは一階で残された食器類の整理をしてもらっているからここにはいない。


「家具の修理をしようと思ってたのだけど」

「家具そのものも汚れが目出つ。いちいち布で拭いてからだと面倒だろう? それに床も同じくだ」

「ま、まあそうなんだけど。どうせまた汚れるし」

「私たちにとっては汚れ具合なんて関係ない。まあ、部屋の外から見ていたまえ」


 パチリとストラディが指を鳴らす。

 すると屋根裏から歌声が響いて来た。

 

「仲間たちさ」

「小人族が天井裏に?」

「そうだとも。巨人族から見えないところにいくつか拠点があるのさ。屋根裏には私たちの部屋もある」

「そうなんだ……」

「この場より余程清潔で住み心地良くなっているよ」


 話はそこまでだとマーブルの上に立ったストラディが指揮者のようにダイナミックに指を動かす。

 頭も激しく動いているけど三角帽子がズレてこないのが不思議だなあとぼーっと眺めていたら、変化が!

 床に白い光で描かれた円形の魔法陣が出現する。その大きさは床一面を覆うほど広い。

 魔法陣にグングン文字……には見えないな。幾何学模様が描かれていきビッチリと中が詰まったところで光が上方に伸びる。

 バシン。

 と弾ける音がして眩いばかりの光で完全に視界が白く染まった。

 

「ま。眩し……」


 ようやく目が元に戻って来たぞ。


「お、おおお」


 部屋の隅から隅までピカピカになっているではないか。

 修理しようとしていた家具のヒビにこびりついた埃まで綺麗さっぱり消えている。


「こんなに綺麗なところに土足でいるのが憚れるくらいだ」

「そこは問題ないさ。足裏を見てみるといい」


 片目をパチリと閉じるストラディに対し、その場で腰を下ろし靴裏をしげしげと……マジかよ。靴裏に付着した泥まで綺麗さっぱり消えているじゃないか。

 

「ひょっとして俺の服も?」

「君の服も清掃したかったのかい? 対象から外したよ」

「できるのか……すげえ」

「どうだい? ケットを借り受ける対価にはなるかな?」

「もちろんだよ! 凄いったらなんの」


 これだけの魔法……彼らの負担にならないのかな?

 無理させてしまうのも本意じゃない。猫の貸し出しなんて俺たちからしてみたら、猫の遊び相手を小人たちが務めてくれるようなものだからさ。

 元々対価なんて期待していなかった。それがこれだよ。

 俺たちからも何か彼らに。

 そうだ。

 散乱していたボロ布の欠片を拾い上げる。

 うん。これなら丁度いい。

 ボロ布は小人の魔法で清潔で真っ白のハギレになっていた。

 集中。祈り。念じろ。

 そして力ある言葉を呟く。

 

「ヒール」


 暖かな光が小さな布に吸い込まれて行った。


「これ、ベッドのシーツか布団に使える?」

「丁度いい大きさだ。君は回復術師か何かだったのかい?」

「うん。そんなところ。『元』だけどね」

「ありがたい。疲労回復によさそうだ」


 この場はそんな感じで終わったのだが、翌日になって血相を変えたストラディがやって来ることをこの時の俺はまだ知らない。


「エリックさんー!」

「ありがとう。ストラディ」


 彼にお礼を言ってから俺を呼ぶマリーの下へ向かう。

 一階ではマリーがキッチン周りの整理をしていたところだった。

 積み上げられた食器は割れ物と無事な物に分けられてキッチンテーブルの上に置かれている。

 結構な量の食器が残っていたんだな。


「何か気になることがあったの?」

「エリックさん。これ!」


 声をかけるとしゃがんでいて見えなかったマリーが立ち上がって顔を出す。


「ん。お。フライパンとかもあったのか」

「お鍋もありました。い、いえ。そこじゃなくて! これ、見てください!」


 ん。どうしたんだろ。

 頬を紅潮させて。よっぽどの物があったのかな?

 コンロ台は何も残されていない。お引越しの際に持てる物は持って出ただろうし、その辺を見越してこちらも持ってきやすい生活必需品は持ってきている。

 火を起こすのに火炎石を使った魔道具は必須だよな。ここでお客さんに料理を出すわけだから。

 俺たちだけだったら薪や炭で十分なんだけどね。

 

 待ちきれなくなったマリーがテーブルを回り込んできて俺の腕を引く。

 キッチン奥には巨大な箱。食品ストック用の箱かな。

 横一メートル半、奥行き80センチほど、高さが一メートルほどの長方形の箱で、上側にスライド式で開くようだった。

 ふむ。開けてみたら、ずっと使われていなかった割にはスムーズに開く。

 え。え。ええええ。

 

「これ、保冷庫?」

「そうなんです! 魔力切れになっていますが、このオパール見てください」

「お、おお。オパールが十個もついている。さすが保冷庫」

「そのままにして持って行かなかったんですね」

「大きいから運ぶ方がお金がかかりそうだよ。オパールを剥がしてもこの保冷庫用だと流用できないのかもな」

「そういうものなんですね」

「いや、詳しくないから分からないけど……それにしても保冷庫か。パーツを仕入れて組み立てようと思っていたから助かる」


 結構なお値段がするし。一応、グラシアーノに頼んではいたけど……すぐには無理だと思っていた。

 多少の蓄えは残しておきたかったからね。

 さて。保冷庫があった。しかし、動くかどうかはまだ分からない。

 保冷庫は電化製品の冷蔵庫と似たようなものであるが、仕組みはまるで異なる。

 庫内の温度を一定に保つところは同じ。

 電気と冷媒によって冷える冷蔵庫に対し、保冷庫はオパールに魔力を溜め庫内に簡易的な結界を張る。結界はフィールドと呼ばれていたりもするな。確か。

 詳しい仕組みは分からない。

 装着されているオパール全てに魔力を注げば丸一日冷却効果が維持される、とだけ覚えておけばいい。

 電気と異なり繋ぎっぱなしで動き続けるものじゃないのが注意点だな。

 

「俺が魔力を注ぐよ」

「半分は私がやります!」

「大丈夫? 俺はこれでも一応魔法職をやっていたから」

「やらせてください! 魔力を注ぐくらいでしたら問題ありません!」


 この世界の人たちは大なり小なり魔力を持っている。

 オパールに魔力を注ぐくらいなら、小さな子供はともかく誰でも問題ない。


 ブウウン。

 唸りをあげて庫内が冷え始めた!

 

「動いた!」 

「はい!」

 

 問題ないと思っていたけど、魔力を注いだ後のマリーは疲労が顔に出ていたので「今後は俺がやる」と押し切った。

 彼女としては少しでも協力したかった想いから少しへこんでいたが、やってもらわなきゃならないことはわんさかあるんだ、と次から次からやらないといけないことを列挙し始めたら今度は逆に「あわあわ」と目を白黒させていた。

 列挙しながら俺も気が遠くなっていったのは秘密である。

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