第7話 小人さん

 人形だと思ったが、動いてる。ニャオーのふさふさの毛を小指の先ほどの手が握りしめているじゃないか。

 小人かな? 初めてみる種族だ。

 大きさは猫の背に収まるくらい。手の平サイズと言えばいいのかな。

 三角帽子に緑のベスト。茶色の半ズボンと絵本の中からそのまま出てきたかのような服装をしていた。


「にゃーん」


 背に小人が乗っているというのにニャオーは特に気にした様子はない。

 猫って普通、こういうのを非常に嫌がるものなのだが、小人はそうではないらしい。


「素晴らしいケットだ。キミのケットかい?」

「俺の飼い猫じゃなく。マリーのだよ」


 小人が喋った。声が小さいので聞き逃しそうになったよ。

 マリーの背をずずいっと押す。彼女は戸惑ったようにその場でしゃがみ込み、ペコリと頭を下げた。


「小人さん。初めまして。マリアンナです。マリーと呼んでください」

「おっと。挨拶もせずに失礼した」


 小人はニャオーからストンと降り、三角帽子を掴み芝居がかった礼をする。

 

「ストラディだ。巨人族の美しいお嬢さん」


 気障……。

 今日び、こんなテンプレな言葉、恥ずかしくて言えんわ。

 小人は表情まで完璧に決めている。彼の様子からどうやら素でやっているらしいと察した。

 

「あ、あの。ストラディさん。小人さんは猫に騎乗するのですか?」

「そうだとも。この辺りにはケットはいない。巨人族がいた頃はケットもいたのだが……全ていなくなってしまってね」

「そ、その。ニャオーたちはお役に立てそうなのですか?」

「もちろんだとも! これほどのケットはそうそういない。私はケットに目が無くてね」


 小人のストラディは何やら語り始めてしまって止まりそうにない。

 マリーと顔を見合わせ苦笑し、しばらくの間、彼のことは放っておくことにした。

 ニャオーはニャオーでふああと欠伸をしてその場で丸くなっている。

  

 さてどうしたものかと首を上げた時、マリーがハッと両手を合わせた。手の動きに伴い猫耳もピンとする。

 

「ストラディさん。暖炉の中で何かされていたりしますか?」

「暖炉は通路なんだよ。我々の隠れ里に繋がっているのさ」


 事もなげに語る小人のストラディに目をむく。

 お、おいおい。

 秘密を初めて会った俺たちに語るとか正気かよ。

 マリーは素直に「そうなんですかー」と感心している。俺も彼女のようになりたい、とチクりと胸が痛む。

 冒険者生活ですさんでしまったのだろうか。初対面の相手に何でも明け透けに来られると、逆に騙されているんじゃないかと疑ってしまう。

 俺の心持ちを察したのかストラディは「ふふふ」と顎先をさすり朗らかに笑った。

 

「そちらの巨人族の青年が心配するようなことは何もないとも」

「紹介が遅れてすまない。俺はエリック。ここで宿を経営しようとマリーと一緒にやって来たんだ」

「そうだったのかい。ここを宿に。ほほう。おっと。その前に。隠れ里のことからだ。隠れ里に繋がる道は君たちじゃくぐることはできない。それが理由さ。安心したかい?」

「う、うん」

「おっと。入口で待ち構えられるなんて可能性もある、とか勘ぐっているのかい? 私とて初対面とはいえ君たちの人となりは判断してからの発言だよ。これほどのケットを育てられる者たちだ。だからこそ、君たちの前に現れたのさ」

「なるほど。確かにマリーは信用してもいい子だよ」

「ははは。いざとなれば入口を閉じることも、『移動』させることもできる。まあ、気になっている疑問は解消したかい?」


 全く。この人には敵わないな。

 グラシアーノといい、ストラディといい、宿を始めると決めてから所謂「やり手」の人と連続で出会っていて戸惑っている。

 マリーと出会えたことが全ていい方向に導いてくれているんじゃないかって。彼女と出会い、猫を治療して自分のヒールの特性に気が付いた。

 そして彼女の導きで沢山の犬猫を治療していたら、グラシアーノと知己を得る。次は彼女の飼育していた猫を通じてストラディだ。

 俺にとって彼女は幸運の女神と言っても差し障りない。

 「ありがとう」と心の中でお礼を言ったら、彼女と目が合う。

 何かを感じ取った彼女は「任せてください」とばかりに両手をギュッと握りしめ、ストラディと目線を合わせようとして断念した。

 彼と目線を合わすには床に顎を付けないと無理だって。


「あ。あの。わたし。ニャオーだけじゃなく、他にも猫を飼っているんです」

「あのケットたちは全て君が! 素晴らしいブリーダーだ。どうだろう。私たち小人族に君のケットを貸し出してくれないかな?」

「貸し出す……とは?」

「一匹か二匹。私たちの足として、または狩りに使わせてくれないかだろうか」

「か、狩り……ですか」

「ケットは生粋のハンターだ。ヌートリアを知っているかい? ほら、よく巨人族の家の屋根裏なんかにいるだろう」


 あ。ピンときた。

 マリーの肩に手を乗せ「大丈夫だ」と微笑む。

 

「俺たちはそれをネズミと呼んでいる。猫はネズミ捕りのために役に立つからとここに連れて来たんだ。ニャオーたちの活動範囲はどの辺りになる? 場所によっては許可できない」

「この家の中と隠れ里までの道、あとは隠れ里の中だけさ。隠れ里にはヌートリアより危険な生物はいない」

「それなら、問題ない。いずれにしろネズミ捕りはしてもらうつもらいだったからね」

「そいつはありがたい。さて。ケットを借り受ける対価だが。君が宿を経営すると聞いて、それならば対価になると思ったんだ。それが、申し出た理由だよ」

「対価……? そこは別に考えてなかったな」

「ははは。サイズが違い過ぎるからと思っているのかい。小人族も魔法を使う。宿をやるなら訪れた客に部屋を提供するのだろう。そこで、我々小人族が清掃を受けもとうじゃないか。二階は六部屋だ。よければ一階部分も掃除しようじゃないか」

「い、いや。小人族にとってこのフロア全てなんて一日で終わる広さじゃないって」

「問題ない。問題ない。明日。また来る。仲間を連れてね。その時にお見せしようじゃないか」


 そう言ってニャオーを撫でたストラディは悠々と暖炉の中へと消えて行ったのだった。


「行っちゃいましたね」

「うん……」

「掃除……してくれるのでしょうか」

「そうみたい。だけど、このままじゃ掃除をしてもらっても、だよな」

 

 少なくとも穴が開いている箇所を埋めたりとか、使えなくなった家具の修理または撤去くらいはやんないとさ。

 一階部分は大広間になっているのはいいのだけど、ガラクタも多数あるし。和風に改装するなんて夢のまた夢だ。

 まずお客さんを入れることができるくらいには修繕、改装をしなきゃな。


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