第6話 「民宿 月見草」開店準備中

 炭鉱村が廃棄されてから十数年だったか。中には朽ちてボロボロになってしまった家屋もあった。

 温泉の引き込みも考えて……立地優先で場所を決めるのがいいかなと目星をつけたんだ。

 すると、一番都合の良い他と違って石造りの家屋にしようと決めた。

 二階建てで、外から見た感じ部屋数も多そうだ。崩れてきそうな感じは一切なく、むしろ掃除をするだけでそのまま使えそうな勢いだった。

 以前この廃村に来た時、野宿するよりここで宿泊した方が断然よかったんじゃないか、と思ったのだけど、当時のパーティリーダーは家屋の様子を確認することなんてせずに野宿を選んだ。

 いざ石造りの家に入ってみたのだが、床に埃がかぶり足跡も無い。

 これだけ立派な家だってのに誰も利用していなかったんだ、と不思議に思う。

 何かいわくつきの理由でもあったのだろうか……。

 

「あ、あの。エリックさん」


 暖炉を指さすマリーの顔は蒼白になっている。指先だけじゃなく尻尾もプルプルとしていた。

 一体何が?

 見たところ、よく見るタイプのレンガ作りの暖炉に見えるけど、何かあるのだろうか。


「何か気になるところがあった?」

「動いた気がしたんです。それに暖炉だけ妙に『綺麗』じゃないですか?」

「そうかな。いわれてみれば……そうかもしれない」

「ま、また動いたような」


 動いた、のかなあ。

 言われてもピンとこない。

 燃やされていない薪がくべられたままで放置されている、のは確かに妙だ。

 誰か薪を使おうとして途中で断念した? 

 気になるろころだけど、今日中にここで寝泊まりできるようにはしたい。

 

「にゃーん」


 猫たちはさっそく家の探索に向かうようだ。

 そうそう。身重の猫がいただろ。名前はマーブルだったかな。彼女だけは家に入るなり寝そべって休んでいる。

 マリーの見立てではあと数日で産まれるんじゃないかとのこと。

 マーブルのためにも埃を取り去っておきたいところだ。

 

「マリー。気になるけど、先に一階の掃除をしちゃおう」

「はい!」


 声をかけると彼女もマーブルのことを思い出したのか、顔色が元に戻りテキパキと動き始める。

 俺はといえば、まず暖炉周りから掃除をすることにした。彼女が怖がっていたから、なるべく近寄らない方がいいだろうと思って。

 

 暖炉、暖炉ねえ。

 レンガを磨きながら、暖炉をどうすべきか考えてしまう。

 いきなりは無理だろうけど、俺の目指す宿と趣が異なるんだよな。

 趣とか何を贅沢な、と思うかもしれない。だけど、コンセプトって大事だと思うんだよ。

 俺の目指す宿はズバリ民宿だ。

 日本人の記憶があるからか、こうポツンと秘境にある宿のイメージが民宿でさ。心霊スポットになったら困るけど、なんというか民宿って落ち着かないか?

 湯治という言葉も和風をイメージしてしまうし。いずれは民宿風にしたいなと思ってる。

 マリーが浴衣姿でも案外似合うんじゃないかなって思うんだ。あれ、民宿の制服って浴衣じゃなかった気がする。何だっけ?

 こういうことなら、前世の時にもう少し宿のことを調べておくんだった。今更どうしようもないけれど……。

 ん。でも、マリーが浴衣を着たら尻尾はどうなるんだろう。

 浴衣の下に隠す感じになるのかな? そうなると窮屈になってしまうのかも。


「マリー。尻尾って外に出しているものなのかな?」

「男の人はズボンの中に、ということも多いみたいです。私は尻尾が動かせなくて苦手です」

「そんなものか。だから、スカートなのかな?」

「わたしは、ですが。スカートよりズボンの方がよいでしょうか……?」

「ううん。スカートが可愛いと思うよ」

「か、かわいい。そ、そんな……わたし」


 戸惑うマリーの気持ちは分かる。

 彼女の衣服は裾がほつれ、色褪せているし、汚れも取り切れないほど使い込まれている様子だった。

 

「マリーの制服とついでに新しい服も用意しようよ。宿のための清掃道具とか大工道具を優先したから、服とか持ってこれなかっただろ」

「い、いえ。わたしは」

「はは。俺も装備優先で、服はこれ一着だけなんだ。心機一転。お客さんを迎えるために二人で新調しようよ」

「……は、はい!」


 彼女の経済事情は推して知るべし。敢えて触れない。

 といっても今はお金に余裕があるわけじゃないから、すぐには難しい。

 グラシアーノから頂いたゴルダがあるだろって? そうだな。あと1000ゴルダちょっと残っているけど、これじゃあ心もとない。

 日本と異なり、廃村だと特に不動産購入費がかからないことを知っていなかったら、宿の開業にも踏み出せないところだった。

 街だと空き地に勝手に家を建てることはできない。ちゃんと土地を購入しなきゃ、なのだけど、管理する者のいない場所は別である。

 この廃村のようにね。

 

 一通り一階部分の掃除が完了する頃には昼をとっくに過ぎ、日が傾いてきていた。

 朝を食べてから何も食べていなかったのでさすがに腹減った……ので食事をとることに。

 おっと。暗くなる前に天井から吊るした魔道具ランプの様子を確かめないと。

 この世界には電化製品が一切ないけど、代わりといってはなんだが便利な魔道具というものがいくつもある。

 魔道具の多くは生活雑貨で、蛍光灯の代わりに魔道具ランプがあったり、冷蔵庫の代わりに保冷の魔道具があったりと様々だ。

 高価な魔道具を買うことはできなかったけど、それでも元々持っていた貯金を使って生活に必須の魔道具は持ってきた。

 アイテムボックスや魔法の袋的なものは残念ながら存在しない。異空間に物を入れ持ち運べる道具があれば、馬車でわざわざ荷物を運んだりしないって。

 

 服やらは持ってきていないと言ったが、一つだけ拘って持ってきた布と板がある。

 何かって? そいつは宿に必須のものだよ。

 

「マリー。暗くなる前にこいつをつけておきたい。手伝ってもらえるかな?」

「もちろんです!」


 どちらも宿の入口用のものだ。

 一つは暖簾。中を大改装することは難しいと分かっていたので、せめて何か一つだけでも和風さを出したいと思ってさ。

 藍色の簡素な暖簾で、扉が横開きなのでちょうど良かった。

 もう一つは宿だけじゃなく店をやるなら必須のもの。

 そう。看板だ。

 板には『民宿 月見草』と描かれていた。釘を打とうと思ったが石壁だからやめておき、軒先に立て掛けることにする。いずれ漆喰か何かで壁に貼り付けてしまおう。


「まだ開店していないけど、こうして暖簾と看板を置くと感動だ」

「はい! 月見草。良い名前です! 民宿とはどんな宿なのですか?」

「気軽に宿泊してくれる宿って意味かな。本当は煽り文句もどこかにつけたかったけど、木の板に炭で書こうかな」

「元気になる民宿 とか、ですよね」

「そんな感じ」


 暖簾と看板を二人並んで見つめ、悦に浸る。

 そんな折、開けっ放しの扉から三毛猫が顔を出す。ニャオーだ。

 ん。ニャオーの背に何かが乗っている。人形か?

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