第5話 廃村到着
「二頭目のロバは買ってきたものなのだよ。肉にするからと言ってね」
「な、なるほど」
二頭目のロバに包帯を巻いたのは最初に包帯を巻いたロバが回復する前の話だぞ。
俺の治療が成功すると確信していないと動けない。ま、まあ。最悪肉にして売れば元は取れるのか。
ただし、買値と売値が同じで手間だけかかる、となりかねないけど。
この人、かなりのやり手だ。商売のことならグラシアーノに相談すると良さそうだ。
などと戦慄していたら、しれっと彼は何も俺の荷物を運ぶためだけに付き合っているわけじゃないと続ける。
「さっきも言った通り、ついでだよ。荷物のスペースが多少増えるだけ。しかし、君の活躍で二頭立てになり積載量も増えた。そうだね。飼葉代が増えたくらいだよ」
「ついで、ってあんな辺鄙なところに何を?」
「君と同じ理由だよ。あの場所は冒険者のキャンプ地になっている。だから、引き取りに行くのさ」
「確かに。悪くない、のかも」
冒険者の多くは徒歩だ。彼らはモンスターの素材や鉱石、薬草を集めて街で売る。
自分たちの装備や荷物もあるから、持ち運ぶことができる量は限られているんだ。
冒険者にとっては街まで運ぶ手間が減る。素材を売った後、もう一度集めてもいいわけだし。
一方、グラシアーノにとっては街で買うよりも安く買うことができるだろう。
行き帰りついでの冒険者を護衛に雇うことだってできる。冒険者にとっても護衛で金銭を得ることができるのだから、道中無償より断然いい。
なので、今馬車についている護衛の冒険者だって通常の隊商護衛より遥かに安い値段で雇われているのだと容易に想像がつく。
「おーい。エリック。ちいと手伝ってくれよ。武器くらい持ってんだろ」
「モンスターか? いつもの弓と剣なら持ってるぞ」
「お前さんも食事をとるだろ。この辺で多分……ほらきた」
「全く……」
髭もじゃの冒険者の呼びかけに馬車を停車してもらい、外に降り立つ。
彼とは昔からの知り合いだ。名前はゴンザ。
数少ない俺と普通に接してくれる冒険者の一人だ。もっとも、俺のヒールを評価してくれているわけではないのだが……。
弓の腕は多少買ってくれているみたいだがね。
ゴンザと並んで弓を構え、バサバサと飛び立った野鳥を狙う。
ヒュンと風の唸る音とともに矢が飛び、見事獲物に突き刺さった。ゴンザの放った矢は外れ。
すぐに落ちてきた獲物を拾いに行かず、二射目を放つ。今度は外れ。ゴンザがヒット。
なんてことを繰り返し、合計で5羽の野鳥を狩ることに成功した。これで十分だろ。夜どころか、明日の昼までこれで賄える。
「にゃー」
「にゃーん」
飼われていても本能がそうさせるのか、獲物の匂いを嗅ぎつけた猫たちが馬車からぴょんと降りてきた。
幸い、モンスターや猛獣の気配はしないから大丈夫かな。
日本と違って街の外となれば、危険がいっぱいだからね。
「お前たちもいたんだったな」
降りてきた猫は全部で四匹。マリーが飼っていた猫たちである。
彼女が街を出るにあたって、猫たちも連れてくることになったのだ。
「す、すいません……。こらニャオー」
「大丈夫だって。猫たちの食事のことが抜けていたよ。明日も狩りをしなきゃだな」
はははと笑うと汚らしい髭もじゃが目尻を下げているところが目に入ってしまう。
あの髭もじゃ。猫たちにメロメロになっているんじゃ……?
意外な彼の好みにからかってやろうか、といういたずら心が浮かぶが、やめておくことにした。
彼だって将来客になるかもしれないものな。猫がいるってだけで泊まりに来てくれるかもしれないし。
ここで突っ込んでへそを曲げられたら勿体ない。
なんて、突っ込まなかったのは良心からでなく打算だけだったんだけどね。
ゴンザとか気を使いあう仲じゃないし。命を預けあうことだってあったから遠慮なんてなしだ。
しかし、宿の運営が絡むとなれば俺も紳士になるのである。ってもういいかこの話は。
◇◇◇
「ここが目指す場所だったんですか」
「うん。この廃村で宿を始めるつもりだったんだ」
馬車で三日かけてやってきたのは打ち捨てられた廃村。
辺りを見回したマリーが目を白黒させている。
ここはかつて炭鉱村として栄えていた。良質な鉄鉱石だけじゃなく貴重な魔法鉱石であるミスリルまでとれるとあって王国からも手厚く保護されていたのだそう。
ところが掘り進めていった結果、地下にある空洞と繋がってしまってダンジョン化してしまった。
そのため、掘り進めることができなくなり炭鉱者たちは撤退する。入れ替わるように冒険者たちが訪れるようになったのだが、冒険者相手だけだと村が立ち行かずに一人、また一人と村から撤退し、ついには放棄された。
今ではダンジョンや周囲の森、山に素材集めやモンスター討伐に繰り出した冒険者たちのキャンプ地となっている。
鉱水で汚染されていない井戸水もあるし、居心地が悪く使う冒険者は皆無であるものの廃屋だってあった。
何よりここには、自然に湧き出る源泉があるのだ! 乳白色のそれはまさに温泉そのもの。少し冷やせば利用できる。
残念ながら温浴施設が整備されていないので、過去にここへ冒険に来たときは温泉を楽しむことができなかった。
冒険者から素材を買い取るグラシアーノを見つつ、マリーが胸の前で両手を合わせ喜色を浮かべる。
「冒険者さんがお客さんになるんですね!」
「その通り。ここで休憩をする冒険者はチラホラいる。野宿するより断然快適に過ごすことができるだろ。さらに怪我が回復するとあったら」
「凄いです! そこまで考えられていたんですね」
「わざわざお金を払って宿泊をしたいと思えるところにしなきゃな。冒険者は野宿に慣れっこだから」
「はい!」
よおおっし。やるぞ。
潜在的な客は十分だ。
問題は補給ができないこと。宿といえば食事であるが、どうやって食材を確保するのかも一応考えてはいる。
そのためにもまずは廃屋を見繕い、改装しなきゃだな。
幸い、グラシアーノの馬車に荷物を積むことができたので予定より多くの道具を運び込むことができている。
決意を新たにしていると、冒険者とのやり取りを終えたらしいグラシアーノがこちらに歩いてきた。
「来て早々だけど、帰りの護衛が見つかったから失礼させてもらうよ」
「ありがとう。本当に助かったよ」
「定期的にここへは来るつもりだ。次来るときには君の宿に泊まることを楽しみにしているからね」
「次って一か月後くらいかな?」
「それくらいかな。月に一度くらいは来ようと思っている。今回初めてこうして買い取りをやってみたんだが、思った以上の収穫だった、というのが本音さ」
パチリと片目を閉じおどけて見せるグラシアーノ。
どこまで本当なのか分からないけど、彼が定期的に来てくれるなら街から道具を仕入れることもできそうだ。ありがたい。
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