第4話 宿を作ろう!
「何から何まで、ありがとう」
「ちょうどいいタイミングでもあった。それに君のおかげで格安でロバを増やすことができたからね」
御者台に座るノームが笑う。
まさかこれほどトントン拍子に進むなんて思ってもみなかった。
時間は二日前に戻る。骨折したロバの治療が完了するまで時間があるということでノームに誘われ昼食をご馳走になったのだ。
彼はロバがいた厩舎のある「ジャンピエール細工店」の共同店主なのだって。
彼の父がこの店を開店させ、三人の息子たちが後を継いだ。治療を申し出たノームことグラシアーノは三兄弟の最年少とのこと。
末っ子だけに一番気楽なんだと彼は言っていた。
彼の自己紹介を聞きつつ、運ばれてきたピザに舌鼓を打っていたら、ピコンと猫耳を立てたマリーが先ほどの続きとばかりに尋ねてきたんだ。
「エリックさん。先ほど途中だった『やりたいこと』ってどのようなことなんです?」
「それは」
今言うかと思ったが、発言を無かったことにはできない。
マリーはいい子なのだけど、警戒心がないというか純粋なのだというか、でもそういう態度は嫌いじゃない。
俺が冒険者連中とのやり取りで疲れ切ってしまっていたので、こういう純粋さはある意味癒しである。
言いたくなければ言わなきゃいいだけだしな。
俺の態度に察したエリックが両手を開きおどけるように肩をすくめてみせた。
「僕も聞かせて欲しいな。君のヒールは素晴らしいものだ。だが、教会は良く思わないだろうからね」
「グラシアーノさんには治療のことも知られてるし。そうだな。二人に聞いてもらいたい」
「ありがとう。エリックくん。これほど興味深い能力に関わることができて嬉しいよ」
「俺のやりたいことは、宿の経営なんだ。街でやろうとは思ってない。というのは、俺の想いとカモフラージュを兼ねてなんだ」
ノームのグラシアーノは「ほお」と息を吐き、逆にマリーは息を飲む。
二人とも身を乗り出しているのが二人の興味の深さを物語っている。
待ちきれなくなったマリーがソワソワとした様子で口を開いた。
「教会の目が、以外に理由があるのですね!」
「うん。治療を兼ねてということなら湯治をできるようにしたいんだ」
「湯治?」
「温泉につかることによって怪我を治すという考え方があって」
マリーはピンと来ていないようで、猫耳が片方だけペタンとなる。
いろんな物事に興味を持つらしい博識のグラシアーノも似たような反応だ。
そうか。俺も聞いたことがなかったんだよね。生まれ変わってこの世界に誕生して以来一度たりとも。
俺には誰にも明かしていない秘密がある。
それは、前世の記憶を持つということなんだ。俺の前世はこことは別世界の地球の日本で生きていた記憶がある。
残念ながらとある事故で死んでしまったみたいで、気が付くと赤ん坊になっていた。
日本の物語ではよくある話なのだけど、まさか自分がそうなるとは驚きだったよ。
湯治という知識も日本でのものである。
湯治は温泉につかって傷や病を癒す日本古来からあるものだ。
なんて湯治は後から思いついたことなんだけどね。
この世界ってさ。魔法があったりとゲームっぽいじゃないか。だから、ゲームで宿に泊まると全回復することがまず思い浮かんで。
当然ながらこの世界の宿に泊まったところで治療なんてするわけがないのだけどね。
「ふむ。カモフラージュとしては良いと思うよ。湯治という名目で長期滞在をしてもらうことができるわけだ」
グラシアーノはトンと指先で机を叩き膝を打つ。
本質をすぐに理解した彼はやはり切れる。
「俺の治療は何らかの物……包帯が適しているけど、に触れ続ける必要がある。治療するに時間がかかるから滞在してもらわなきゃならない。ならば、宿をと思ったんだ」
「確かにです! すごいです!」
ぱちぱちと手を叩き、満面の笑みを浮かべるマリー。尻尾もピンと立ち左右にゆらゆら揺れていた。
「場所のあたりもつけているんだ。そこで宿を始めようと思う」
冒険者時代に温泉が出る場所へ行ったことがある。
あの場所ならばきっと。
「なら、何かと物入りだろう。もう一仕事してもらえないかな?」
「さっき大金をもらったし、治療なら引き受けるよ」
「ただし内密に、だね。出所は……いずれ明かそうと思っているよ。君の宿が開店してからね」
「それは願ってもない」
グラシアーノがパチリと片目を閉じた。
何を治療するのか分からないけど、治療ができたのは……こんな宿が的に紹介してくれるつもりなのだろう。
治療費をいただく以上にありがたい。
もっとも、既に10000ゴルダも頂いている。これは教会で治療をしてもらうのと同じくらいの価格になるんだ。
見ず知らずの俺の治療に教会と同額をポンと渡したことに驚いたのは言うまでもない。
彼からするとロバが復活したのだから安いものだと思ってくれているのかも。
「あ、あの。エリックさん」
両手の指先を組んで忙しなく動かしながら、もじもじとした様子でマリーが見つめてくる。
「あ、あのですね。わたしもエリックさんの宿をお手伝いさせていただけないでしょうか……。厚かましいお願いだとは分かってます。わたしなんてそうお役にも立てないことも……」
「本当にいいのか? 願ってもない。一人で宿の運営をすることは難しいと思ってた。いずれ誰かを雇わないともね。だけど、まだ上手くいくか分からない。それでもいいなら」
「もちろんです! 開店準備もお手伝いさせてください!」
「今の仕事を辞めて、最初は給与も渡せないかもしれないけど」
懸念を述べる俺に彼女は自分の事情を語り始めた。
何でも獣人の彼女は職につくのが難しく、冒険者として身を立てるにも獣人としての特性を生かせるほど強くなく、何より戦闘が怖くて荷物持ちくらいしかできなかったのだそうだ。
それで、街で雑用係としてその日暮らしをしていたのだと。
今日だって仕事がなく、こうして俺と犬猫の治療に……聞いていて自分の不遇な冒険者時代と重なりずううんと俺まで落ち込んでしまった。
彼女にとってはまさに渡りに船だったわけか。
ただ、宿の運営が上手くいくかどうかは分からないことだけは釘をさしておいた。
もちろん。俺は絶対上手くいくという自信はある。俺一人でやるなら失敗したら俺だけに降りかかってくる問題なので、まあ自業自得だ。
彼女を巻き込むとなると、彼女の生活も関わってくるからどうしても、ね。
「はは。万が一の時は焚きつけた僕にも責はある。君は冒険者に戻るとしてマリーのことはうちの従業員にするなりなんなりしよう」
「それなら」
「ダメです! そんな……わたし。エリックさんの宿はうまくいくに違いありません!」
なんて感じでマリーも俺の夢に同行することになった。
そして、その日のうちにグラシアーノからもう一頭ロバの治療を頼まれる。このロバは前足が折れていた。
同じように包帯を巻き……翌日にはどちらのロバも元気に歩けるようにまで回復する。
それでグラシアーノが馬車で目的地まで送るよ、と申し出てくれて今に至るというわけだ。
御者台に座る彼は俺に事情を説明してくれた。
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