第3話 本当に本当だった

 信じられないが、もしかしたらという希望も大きい。ならば、試してみるしかあるまい。


「マリ……アンヌ。他にも怪我した猫はいるかな?」

「マリーとお呼びください。エリックさん。猫が良いのですか?い、いえ、変な意味じゃなく」


 マリアンヌだったかマリエッテだったか迷ったんだ。ちゃんと覚えておけよって話だが、ヒールのことで気が動転していてさ。

 実はどっちも間違っていたことを後から思い出して顔から火が出そうになった。

 猫と言ったのは彼女が野良猫の世話をしている様子だったからで、特にこだわりはない。


「犬でもいいし、人は……避けたい。マリーが怪我をしているなら是非とも治してみたい」

「そ、そんな……わたし、まだ何もお礼もできていないです」


 言い方が良くなかった。今のは好意を持っているという意味で聞こえたのかも。

 その証拠にマリーの猫耳がペタンとなり頬が赤くなっているようにも見える。

 確信が持てない段階で人に試し、まるで回復しないなんてことになったら、冒険者たちが見せたあの目線に晒されることになるだろ。

 彼女のように回復してもしなくても感謝する子なんて早々いないんだよ。

 思えば前世の俺もそうだった。病院に行って、余り治療効果がなかったら憤ったものだ。医者は俺のために診察し薬を出してくれたのにな。

 回復したらしたで問題なんだよね。無償治療してくれるなんて噂が広まってみろ。長蛇の列になるだけならまだしも教会やフリーの同業者から総スカンだ。街に居られなくなるかもしれない。

 自分でも悲観的すぎると思うが、冒険者生活でやさぐれてしまったから、どうしても悪い方向にばっか考えてしまう。


 再起動したマリーがパタパタと尻尾を振り、「案内します!」と申し出る。

 

 ◇◇◇

 

 本当に本当だった。

 分かったことはいつものようにヒールを使ってもほんの僅かしか回復しない。ところが、布や水などにヒールをかけて患部と接触させていればじわじわとだが回復が持続する。

 正直、自分の可能性にこれまで気が付かなかったことが悔しくて仕方ない。


「沢山の犬猫を救っていただきありがとうございます!」

「いや。俺の方こそ助かったよ」


 マリーが余りに感動だの感激だと言うので道中彼女に俺のヒールがどのようなものなのかをハッキリと伝えた。

 それでも彼女は嫌な顔一つせず、ここまで付き合ってくれたんだ。

 大小はあるにしろ、意外に怪我をしている犬猫は多いんだな。

 

「これで冒険者さんもエリックさんの凄さに気が付いてくれますね!」

「あ、いや。冒険者に戻る気はない。この力を別のことに生かしたいと思ってる」

「一体どのような?」

「それは……」


 続きを言おうとしたところで、近くを人が通りかかろうとしていて口をつぐむ。

 余り人に聞かれたくない話だからね。

 路地裏と言えどもまるで人が通らないわけじゃない。そのまま通り過ぎるのを待っていたら、その人は立ち止まり包帯を巻かれた猫に注目する。

 年の頃は俺と同じくらいに見えるが、たぶん一回りくらい年上だと思う。

 緑がかった茶色の髪にピンと尖った耳、マリーより少し背が低いその人はノームという種族で間違いない。

 ノームは人間より背が低く、男でも人間の女子より頭一つ低いくらいだ。街でもたまに見かけることがあり、種族として職人が多い。

 彼も職人なのだろうか。猫に包帯を巻くという普通は見ない光景にその職人魂が惹きつけられたのかも。

 

「突然申し訳ない。僕は気になるとずっと気になる性質でね。猫に包帯とは、何か面白いことをしていたのかな?」

「治療をしていたんです!」


 どう答えようかと迷っていたら、マリーが元気よく応えてしまった。

 対するノームの男は鼻をヒクリとさせますます興味を惹かれた様子。


「ほほお。そいつは興味深い。ヒールでもなく、ポーションをかけるでもなく、薬草の匂いもしないが、包帯ときたものだ」

「余り公言したくないことなんだ」

「そうなのかい。包帯を巻くだけで治療ができるとなれば画期的だ。なるほどなるほど。教会を気にしてのことか。初対面の君に信用してくれ……とは言えないか。そうだ。一つ頼まれてくれないだろうか。報酬は……これでどうだい」

「え……」


 ポンと握らされた硬貨は何と金貨だった!

 これ……10000ゴルダ金貨だろ。教会の治療費並じゃないか。

 一体何事だと聞き返そうとしたら、彼は「まあ。ついてきてくれ」と背を向ける。

 

 ついた先は「ジャンピエール細工店」という小さなお店だった。

 店には入らず裏側に周ると厩舎があり、一頭のロバが横たわっている。

 添え木をしているようだが、右前脚を怪我しているらしく立ち上がることができない様子だった。

 

「もう安楽死させるしかないと思っていたんだ。教会はロバの治療をしてくれないしね」

「骨折しているのかな?」

「そうだとも。ロバにとって骨折は致命傷なんだ。ノームのように回復するまで寝ておくなんてことはできない」

「競走馬と同じようなものか」

 

 見るからに痛々しい。

 マリーに至っては目に涙を浮かべ、口元に両手をやっている。

 

「マリー。包帯を頼む」

「はい! きっと元気になってくれます!」

 

 包帯を握りしめて目を閉じる。

 集中。祈り。念じろ。


「ヒール」

 

 包帯に暖かな光が吸い込まれて行く。

 これで良し。

 マリーに協力してもらって慎重にロバへ包帯を巻く。

 

「恐らく夜までには元気になる……はず」

「夕飯の前にはきっと! ニャオーと同じです」


 うんうんとマリーと顔を見合わせる。

 そこで、パチパチとノームが拍手をした。

 

「ヒールとは。なるほど、なるほど。こいつは面白い。聖水がごとく布が聖衣に、と言う事か。しかし……いや。詮索は良そう。せっかくだ。お昼でもご馳走させてくれないか」

「願ってもない」


 ちょうどお腹が空いていたし、このノームの人となりも見ておきたいから一石二鳥だ。

 この様子だとみだりに俺のことを吹聴したりしなさそうだが、もし噂を広められてもそれはそれでよい。

 大金をもらったから、もうこの街に未練はないからね。はは。

 結局、教会があるところじゃ、俺のやりたいことはできない。それに、ここには「あるもの」もないから尚のこと。

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