第2話 猫の治療でまさかの……

「にゃーん」


 あの子と言ったが人間だとは言っていない。

 三毛猫がひょこひょこと片足を引きずって力なく鳴いている。

 後ろ脚を怪我しているのかな?

 ゆっくりと近寄ってみても、猫は逃げようとしない。


「見てもいいか?」

 

 その場でしゃがみ込み、引きずっている方の足をしげしげと眺めてみる。

 ただの外傷だったらよかったんだけど、どうやら折れてるぽいな。


「俺のヒールじゃ、骨がくっつくところまではしんどいかもなあ」


 といっても無いよりはましだ。一時的に痛みを取り除くくらいはできる。

 集中。祈り。念じろ。

 

「ヒール」


 折れた脚へ向けた手から暖かな光が注ぎ込む。


「にゃーん」


 痛みが引いたのか浮かせた脚先を地面にくっつけた猫だったが、すぐにひょこひょこになってしまった。

 悲痛な声を出しながらも俺の手を舐めてくる。

 何とかしてやりたいが、俺のヒールじゃここまでだよな。

 切り傷くらいだったらいけるけど、骨までは無理。ヒビだったらいいなあと思ったけど、どうやらぽっきりといっているらしく俺のヒールじゃ回復しきらなかった。


「どうしたもんかな」


 ヒールをかけたからか猫に触れても嫌がられることがなかったので、抱き上げたものの、ノープランである。

 安宿じゃ飼うこともできないし、かといって構ってしまった手前、このまま猫を放置するのも気が引けるんだよな。

 底辺ヒーラーと自分のことさえままならないってのに、困ったもんだ。

 自嘲しても何も変わらない。


「あ、あの。もしや聖者様ですか?」

「いや。俺はフリーの冒険者だよ。ヒーラーをやっている」


 今日は猫にいやに縁があるのか。

 猫を抱きあげたと思ったら、今度は猫耳の少女に声をかけられた。

 少女は薄汚れた服をまとい、アクセサリー類は首から下げた革紐くらいといった出で立ちだ。


「ニャオーにヒールをかけていただきありがとうございます」

「見てたのか」

「も、申し訳ありません! ちょうど聖者様がヒールを施そうとしているところから見ておりました」

「恥ずかしいところを見せちゃったな」


 少女はあからさまに動揺し、猫耳がペタンとなっていた。

 たどたどしく口を開いた彼女は取り繕うように言葉を発するが、うまく出てこない様子。


「あ、あの。わたし」

「俺がやりたくてやったんだ。料金なんて要らないよ。教会の守銭奴どもと一緒にしないでくれ」


 そういうことか。

 彼女の飼い猫だと知られたら、ヒールの代金を請求されるとでも思ったんだな。

 ほんと世知辛い世の中だよ。この世界には「日本のような」病院はない。

 怪我をしたら薬草を買うか、奮発してポーションにするか。大怪我をした時には高額で教会に駆け込み回復してもらう手段もある。

 ヒーラーの素質を持つ多くは教会に所属しているのだ。

 給料も良いし、能力が高いと豪奢な暮らしをすることも夢ではない。

 それほど能力の高くないヒーラーや教会に所属することを嫌がる者は冒険者になる。

 もっとも、俺ほど回復能力の低いヒーラーは他に見たことが無いけどな。

 

 固まる猫耳少女に向け苦笑し、自嘲する。


「すまん。俺のヒールじゃ。この子の骨折を癒すことはできなかった」

「骨折していたんですか! いなくなっちゃって、探していたんです。そんな……怪我を……」

「猫型の獣人は猫の気持ちが分かると聞く。君もそうなのかな?」

「はい! 街には沢山の野良猫がいて、お世話をしたり助けてもらったり」

「この子以外にも猫を飼っているの?」

「四匹。飼ってます。もっと飼いたいのですけど……余裕がなくて」

「他の子たちは元気なのか? 乗りかかった船だ」

「もうすぐ子供が産まれそうな子がいて」

「へえ。見せてもらってもいいかな?」

「見てくださるんですか!?」


 そんなわけで、彼女に案内されて路地裏にずんずんと入っていく。

 細い路地の隅っこでぐったりとした猫が丸くなっていた。お腹が膨れていることから、この子が子供が産まれそうな猫なのだな。


「見た所、怪我をしている様子はないかな」

「ヒールって。体以外にもかけることができるんですか……?」

「かけることはできるよ。聖水とか教会で売っているものがそれだな。ヒールをかけても急速に効果がなくなるから、高い割に使えたもんじゃない。ポーションなら話が別だが回復力がなあ……それなりに高いし、それでも聖水よりは安くて長持ちする。でもなあ……」

「あ、あの」


 おっと。つい興奮して一人で喋ってしまっていた。

 彼女の遠慮がちな声でハッとなり、誤魔化すように首を振る。


「お金のことは心配しなくていい。俺がやりたいからやるんだ。そこの布にヒールをかけようか。ついでに、何か布きれを持ってる?」

「はい」


 そんなわけで、お腹の膨れた猫用に薄汚れた毛布へヒールをかけ、骨折した猫のために固定器具を結びつける用の布切れにも同じくヒールを施す。

 固定を少女に任せたのだが、彼女は布と布で添え木を挟み込むようにして猫の足に巻きつけていた。

 布が少し長すぎたようだ。まあ、アレでも特に問題はなし。直接添え木が触れるよりは快適だろうしさ。

 彼女もそう思って敢えてあの固定の仕方にしたのだろう。

 

「わたし。マリアンナと言います。本当に本当にありがとうございました! 何もお渡しできるものがなく……いつかこの御恩を返させて頂きます」

「いいって。俺はエリック」


 本当に感謝しているのは俺の方だと喉元まで出かかってグッと飲み込む。

 これまで何度となくヒールを使った。そのたびに出てきたのはため息で感謝されることなんてなかった。

 今だって猫の骨折を治療できたわけじゃない。人によっては逆に疎まれるところだ。

 彼女は「俺の行為」に感謝してくれている。結果が伴えば尚良かったんだけど、彼女の気持ちに久々にすさんだ心が洗われた。

 そうだよな。俺。ヒーラーの才能があると分かって、月並みだけどみんなの笑顔を沢山見ることができるって夢見てた。

 それが、あまりにしょぼいヒール能力のため、罵られる毎日になってしまったけど、本当はずっと誰かから感謝されたかったんだ。

 ありがとう。マリアンナ。

 心の中で彼女へ感謝を述べ、その場を立ち去る。

 

 ところが、翌日になって猫の様子が気になり、見に来てみたらひっくり返りそうになった!

 

 なんと骨折していた三毛猫が元気よく走ってきて俺の脛に頬をすりすりするではないか。子供が産まれそうだった猫も昨日とは打って変わって元気そうだ。

 一体何が?

 俺が立ち去った後、誰かがヒールをかけてくれた? それともポーション使った?

 困惑していると、俺の姿に気が付いたらしいマリアンナが両手を振り、満面の笑みを浮かべている。

 

「エリックさん! 二匹とも元気一杯になりました! あなたのヒールのおかげです」

「え、いや。どういうこと?」

「布です。ヒールをかけてくださった布に触れているだけで骨折が完治し、お腹の膨れた子も元気になりました」

「ん。もしや……いや。しかし」

「それに見てください! この布。まだ効果が持続しているんですよ! わたし。あかぎれが酷くて、ニャオーにつけていた布を手に巻いていたらすっかり良くなりました」

「ま、まさか……そんな。マジで?」

「はい。マジです! こんなすごい方がフリーだなんて驚きです!」


 事実を聞かされてもまだ半信半疑だ。

 俺のヒールが骨折を治療した? 

 理屈は分かる。いくら回復能力が低くてもずっとヒールをかけ続ければいずれ治療できるだろう。

 普通。連続してヒールをかけることができるのはせいぜい三回まで。

 布にかけたヒールの効果が低減せずにずっと維持されたとしたら、ヒールの回数にして百回以上はかけていることになる。

 いくら俺のヒール性能が悪くても、これだけの回数をかければ骨折くらい治療できるよな。

 つまり、俺のヒール性能は著しく低いが、持続力が並外れている、ということ。

 本当にそうなのか? 

 俄かには信じられない。

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