廃村ではじめるスローライフ ~前世知識と回復術を使ったらチートな宿屋ができちゃいました!~
うみ
第1話 廃村で民宿はじめました
「いらっしゃいませ!」
看板娘のマリアンナことマリーが元気いっぱいに客を迎え入れる。
ここは辺境の廃村だったとある一軒家を改装した民宿「月見草」だ。
夕暮れ時になり本日一組目のお客さんが訪れた様子。
お客さんは二人組で、一人は髭もじゃの中年。もう一人はスキンヘッドの体格が良すぎる男だった。
髭もじゃはマリーを見るなり目尻が下がり、「よお」と気さくに挨拶をする。
一方でスキンヘッドは憮然とした顔のまま、布でぐるぐる巻きにして固定した右腕をもう一方の手でさすった。
「おい。ゴンザ。ただの宿屋じゃねえか。これなら街へ行った方が良かったんじゃないか」
「何言ってんだよ。街の聖者のところになんて行ってみろ。金が足りずに追い返されるぞ。そうか、お前。『療養』だとか言って休みたかったのか?」
「んなわけねえだろ。治るまで待っていたら酒も飲めなくなっちまう」
「花街にも行けねえな。ガハハハ」
花街という言葉が出たからか、マリーが真っ赤になって両手を口に当て固まっている。
やれやれ。全く。
「『民宿 月見草』にようこそ。二人とも泊まって行くのか? それとも飯でも食べに来たのか?」
「よお。エリック。泊まりだ。こいつが怪我しちまってよ。右腕の骨折だけじゃなく、アバラもやってる。打ち身もある」
髭もじゃのゴンザがスキンヘッドの方を顎で指し、「困ったな」といわんばかりに顔をしかめた。
申しおくれたが、俺は民宿「月見草」の店主エリック。いろいろあったが今はこうして民宿を営むことができている。
困るゴンザと今度はアバラに手をやっていたスキンヘッドに向け苦笑しつつも軽い調子で応じた
「さんざんだったんだな。骨折くらいなら一泊でいいか? 飯はどうする?」
「ペコペコなんだ。夜と朝で頼む」
「あいよ。じゃあ、一人110ゴルダ頼む。湯治は自由に使ってくれ。絶対に男と女湯を間違えるなよ」
「分かってるって。すぐに飯にしてくれ」
「いや。その前にそちらの旦那に包帯を巻いてくれ。痛いだろうが体を拭いてからな。湯治の後も巻くんだぞ」
「マリーちゃんに巻いてもらうのはオプションだったか」
「おっさんは自分でやれ。巻き方が分からないなら俺がやる。これでも元
ゴンザの奴。かなりのお調子者だな。これでまだ三度目だと言うのにすっかり常連気分じゃないか。
「こんなボロ宿が街の宿より高いとは」とか言っているスキンヘッドの声はちゃんと聞こえているんだからな。
でも、悪くない気持ちだ。絶対に俺の民宿「月見草」に一度宿泊すれば気に入ってくれる自信があった。彼のように客が客を呼んでくれることはこの上なくありがたい。
こら。ここで脱ぐなよ。スキンヘッド。思いっきり痛そうな顔をしてまで急ぐことないだろうに。上半身だけだからまあいいか。
お上品な宿じゃないし。主な宿泊客は冒険者だから、行儀よくする必要なんてない。店主である俺もお世辞にも行儀のよい人間じゃないしな。
「マリー。食事の用意に取り掛かってもらっていいか?」
「はい! エリックさん!」
白に黒交じりの猫耳と尻尾がピンと立ち、元気よく返事をするマリー。
尻尾の動きに合わせて黒のスカートが動くのも愛らしい。いずれカフェ風のブラウスに黒のスカートから浴衣に変えたいところだな。
彼女は猫耳に尻尾を持つ猫タイプの獣人と呼ばれる種族だ。
俺のような人間より優れた嗅覚や視覚を持っていたりする。人間に比べると得手不得手がハッキリわかれる種族と聞く。
彼女との出会いが民宿をはじめようと思ったきっかけだったよなあ……まるで昨日のことのようだ。
「スキンヘッドの兄さん。随分と痛そうだな。これでまず上半身を拭いてみな」
桶に特別製の水を注ぎ、ぎゅっとタオルを絞る。
服を脱ぐだけで痛みで歯を食いしばっていた彼にタオルを手渡した。
「お、おお。痛みが引いていく。すげえな! おい。ゴンザ!」
「だから言っただろ。怪我したときは廃村の『月見草』だってよ」
「廃村の」という枕詞が気に入らないけど、事実だから否定もできない。
「ほら。包帯を巻く。そこに座ってくれ」
「おう。ありがとうよ。兄さん。さっきは失礼なこと言ってすまなかった」
「エリックだ。『一泊すると全快する宿』とはここ月見草のことだ。今後ともよろしくな」
「これは、期待できそうだぜ」
「そこのゴンザも最初に来たときはさんざんだったんだよ。今ではすっかり元気だがな」
スキンヘッドに包帯を巻きながら、にいいとゴンザに目をやる。
「その先は言うな」とゴンザが唾を飛ばして来たから、彼の友人の手前黙っておいてやることにした。
俺って優しさにあふれているよな。うん。
ブレスに焼かれたとかで大やけどを負って月見草に担ぎ込まれて来たゴンザの奴……おっと、ここで笑ったら彼にバレてしまう。
これで良し。
「包帯はこれで終わり。骨折したところはちゃんと固定してくれよ」
「変わった治療なんだな。固定してから布で巻くものだと思ってた」
「月見草特製の包帯に水だから。直接肌につけてもらわなきゃならん。ヒールと違って一瞬で回復するわけじゃないからちゃんとつけておいてくれよ」
「分かった。寝ている間にもってことだな」
痛みが引いたことが功を奏したようで、スキンヘッドは俺の言う事を真摯に聞いてくれている。
そうなんだ。「一晩泊まる」ってことが重要なのだ。俺はヒーラーとしてぽんこつだった。
ヒーラーの才能を持つ者が少ないがためにこんな俺でも冒険者稼業を営むことができていたが、底辺も底辺。いないよりはマシだろ、程度だったんだよな。
しかし、こんな俺でもこうして民宿を経営できているのだから世の中数奇なものだ。
俺のヒールはちょびっとしか回復しない。だけど、他にはないとある特性があった。それが宿と言う仕組みと相性が良かったってわけさ。
カランコロン。
そうこうしているうちに次の客がやって来た。
今度は長い髪の女戦士と軽装のアーチャーだった。
「エリック。少しぶりだな」
「いらっしゃい。今日は元気そうじゃないか」
右手をあげた女戦士に笑顔で応じる。
もう一方のアーチャーは両手を左右に振ってこちらに挨拶をしていた。
「ここは冒険のいい拠点になるんだ。怪我をしていなくとも、普通に休むより断然体力も気力も回復するからな」
「ありがとう。一泊でいいかな?」
「いや。近くで狩りをして戻るつもりだ。二泊で頼む。食事は必要ない」
「分かった。一人一泊80ゴルダで二泊になると160ゴルダになるよ」
「前払いで頼む」
民宿「月見草」も随分と宿泊客が訪れるようになってくれて何より。
思わず目尻が下がり、何を勘違いしたのか女戦士からばあんと背中を叩かれてしまった。
何もない廃村の家屋を改装して民宿を建てる前の俺は紛れもない底辺冒険者だったんだよな。
それがマリーに出会って――。
◇◇◇
「今回限りで抜けてくれ。本当は報酬も払いたくない」
毒付きながら、ゴルダの入った袋を投げてよこす若い冒険者。
そんな彼に対し、諫める魔法使いの女の子だったが、彼女もフリだけで表情から俺に対する嫌な気持ちがにじみ出ている。
他のメンバーも似たようなものだ。
「分かった」
無言で報酬を握りしめ、彼らから背を向ける。
当初こと悔しい気持ちはあったが、もはや無になった。
使えない。あんたとは二度と組まない。かすり傷程度しか回復しない。
今だって、俺に聞こえるように彼らは「金の無駄使いだった」やらはやし立ていた。
だったら雇うなよ! なんて憤る気持ちももはや生まれなくなってしまった自分が嫌になってくる。
お前らが貴重なヒーラーだから、しょぼくてもいいって雇ったんだろうがよ。こいつらはまだマシだ。
文句を言いつつもちゃんと報酬を払ってくれるんだからな。ありがたい。ありがたい。そう思おう。
このままこの酒場で飲む気にはなれず、数件先の飲み屋でやけ酒でもするかと店を出た。
ん。あの子。どうしたんだろう?
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