第11話 お酒はダメよ

「騒ぎになっていたようですけど……」

「ちょっとしたテレーズのいたずらだよ」

「お仕事は落ち着きましたか?」

「まあ、ひと段落だな」

「今日はシチューにしたんです。エリックさんもどうぞ」

「じゃあ。マリーも一緒に食べよう」


 ヤギの乳で作っているので少し癖がある。街に行けば牛乳で作ったシチューを食べることもできるけど、ヤギの乳より高価だ。

 いずれ牛を飼育したいなあ、なんてね。

 牛はヤギに比べて飼育コストが高い。手間もかかる。

 あ、そうだ。

 旅館と言えば部屋のお茶菓子。とはいえ、砂糖は高級品だ。

 甘味となるとフルーツかなあ。和風にならないよな。カットフルーツとかを出しても。

 今のところ、ブドウやベリーなら植え替えて屋敷の近くで取れるようになっている。

 あ。そうだ。いいものがあるじゃないか。

 明日、山に行こうっと。

 

 そんな折、日に焼けた小麦色の肌を未だに赤く染めお怒りの様子のライザと頭頂部を両手で抑えるテレーズが顔を出す。


「さっきはごめん」

「いや。君に不備はない。このバカ娘が全て悪い」

 

 俺の謝罪に対し首を振ったライザがゴツンと殴る仕草をすると、テレーズが両目を瞑り「だからごめんってばあ」と返した。

 しかし、俺だけに見えるように舌を出す彼女は懲りてない。絶対にまたやるぞ、こいつ。

 俺を巻き込むことは止めて頂きたい。

 

「お水ですか」

「頼む」


 すぐに用件を察するマリーを見習わねば。よくよく見てみると、ライザが空になった水桶を持っているじゃないか。

 この水桶は蓋ができるようになっていて、ポットのように水を入れて飲むことができるんだ。

 陶器の物の方が一般的なのだが、割れるし、何より「和」ぽいのでこっちにしたんだよ。竹だったらもっと雰囲気が出たのだけど、残念ながら今のところ竹をまだ見つけていない。

 どっかに自生してそうなんだけどな。


「そういえば」

「じろじろ見て……エッチなんだから。痛っ!」


 すかさずテレーズの頭をパシンと平手でたたくライザ。

 加減しているだろうから、余り痛くはないだろうけど、テレーズが大袈裟に痛がる仕草をする。

 

「エリック。テレーズのことは放っておいていい。どうした?」

「二人とも怪我している様子もないな、と思ったんだよ」


 選手交代。ライザから尋ねられ、素直に思ったことを彼女に伝えた。

 彼女は「ふむ」と自分の体に触れ、テレーズをチラリと見た後応じる。


「そうだな。今回は二人とも擦り傷がある程度だ」

「そっか。ありがとうな!」


 突然の感謝の気持ちにライザがきょとんとしてしまった。

 そうだよ。そうなんだよ。

 宿に泊まれば全快する。だからこそ、冒険者が野営に利用している廃村ならば客が入ると思った。

 だが、回復することはあくまで民宿「月見草」の「売り」の一つである。

 俺は宿の店主であって、回復所を経営しているわけじゃない。

 確かに今のところは「ボロ宿」と言われても仕方ないよな。

 だけど、宿だということを忘れちゃあいけない。こうして、怪我の治療以外で宿に泊まろうとしてくれる客がいる。

 回復以外に宿としての魅力を作っていかなきゃ、な。

 これまでも、パーティで訪れる者はゴンザを始めとして何組もいる。だけど、全員が怪我をしていたわけじゃないだろ。

 それでもちゃんと料金を払ってくれていた。

 初心忘るべからず。

 コンセプトは転生者である俺しか知り得ない「和風」の民宿だ。

 ここでしか味わえない快適な癒しの宿。もう一度泊まりたいと思ってもらえる宿。そういう宿を目座す。

 もちろん、「回復すること」が一番の売りであることは変わらないがね。


「何だ。急に。こちらこそだ。ここに宿があることは私たちにとって喜ばしい。冒険者が集まる場所は別の意味で警戒が必要だ。ゆっくりと休息を取ることできるのなら、安いものだ」

「そうだ。エールを仕入れてさ。味見がてらに飲んでみないか? もちろん、お金は要らない。まだお客さんに出せるか試してないから」

「ありがたく頂こう。テレーズはダメだ」

 

 ぴしゃりと否定されたテレーズがこの世の終わりのような顔になった。

 

「な、何でえ」

「街ならいいが、ここで酔われると私が困る」

 

 悲壮な声で抗議するも、ライザは聞き入れる様子はない。

 きっとテレーズの酒癖が悪いのだろうな。もしくは飲むと翌日酒が抜けなくて行動不能になるとか、その辺かも。

 

「飲んだ後、アルコールが抜ければいいのか?」

「テレーズは酔っ払うと脱ぐのは別に構わないのだが、必ず二日酔いになるんだ」

「それなら。飲んだ後にベッドで休めば回復するよ」

「そうだった。それなら二人分頂こう」

「うん。ただ、テレーズを部屋から出さないように頼むよ」

「了解した」


 瓶に入ったエールをケースごと渡そうとして、思いとどまる。

 ケースには1リットルくらいの瓶が5本入っていた。冒険者の二人なら軽々持てるだろうけど、ルームサービス的に俺が運ぶとしよう。

 と思ったのだが、運ぼうとしたらライザから「特に重いものでもない。それに君より私の方が力があると思う。何しろ私は戦士だからね」何て言われて彼女が軽々と持って行ってしまった。ま、まあ5キロだし、片手で余裕だよな。うん。

 

 ◇◇◇

 

 朝のチェックアウト時間は特に決めていない。しかし、冒険者の朝は早いのだ。

 遅い者でも朝の陽ざしが強くなる前には出発する。日が出ている間が勝負だから、時間が惜しい。

 帰還の時はゆっくり目の時もあるけど、出発が遅れると当然ながら、その分暗くなるまでの時間が短くなる。

 まあ、そんなわけで、俺とマリーも朝日と共に目覚めて、俺は朝食の準備。マリーは表の掃除を行う。

 客室その他、屋内の清掃は全て小人族にお任せだ。おかげさまでいつもピッカピカなんだぜ。外装は「宿の外」になるので、小人族の清掃を行うことができないためお世辞にも綺麗だとは言えない。

 壁を布で擦るわけにもいかないし、叩いて塵を落とすくらいしか出来ていないんだよな。それでも、最初の頃に比べれば雲泥の差だけどね。

 

「ふんふんふんー」


 鼻歌交じりに燻製したイノシシの肉を焼いていたら、入口の扉が開く。

 お、マリーはもう外の掃き掃除が終わったのかな?

 

「やあ。少しぶりだね」

「グラシアーノ! 来てたのか?」

「さっき到着したところだよ。今日は君に紹介したい者がいてね」


 マリーと共に現れたのはノームのグラシアーノ。彼は細工屋を兄弟と経営していて、冒険者からの仕入れついでに俺にも何かと手を焼いてくれている。

 昨日ライザたちに試してもらったエールも彼から仕入れたものだ。

 彼に手招きされて中に入って来たのは彼と同じノームだった。マリーと俺の間くらいの年齢に見える少年と青年の間くらいといった男だったが、ノームだから俺と同じくらいの年齢だろうか。

 ぼさぼさの浅黄色の髪が目の下まで覆っており、冴えない朴訥な青年という感じの人だった。

 

 

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