第12話 お菓子第一号
「ポラリスです。ジャンピエール工房で働いていました」
「ジャンピエール? あ、ああ。グラシアーノさんのお店か。エリックです。よろしく」
ポラリスと握手をしたところで、ふと気が付く。
「働いている」ではなく「働いていた」と言ったよな。
「僕はジャンピエール工房で修行をさせていただく前にはドワーフの親方の工房にいたんです」
「ん。んん」
「正直、鍛冶の腕も細工師の腕も一流ではありません。ですが、両方それなりにこなせます」
「へえ。そいつは重宝される」
「そうでもありません。街には鍛冶屋も細工屋もあります」
「街なら、そうだろうな。だけど、村となると話が異なる」
「はい! ですが村に、となりますと開業に結構なお金がかかるんです。他にも何かと問題が」
「そうなんだ。世知辛い。村だって鍛冶師や細工師がいてくれたら嬉しいだろうに」
「大抵の村にはどちらかはいるんですよ」
「そんなもんかあ。確かにそうだよな。村人も新しい道具を買うことはともかく、修理ができないと困るよな」
「そんなわけで、エリックさん。今後ともよろしくお願いします!」
再び握手を求められ、彼の手を握ったもののイマイチしっくりこない。
首を傾ける俺に対し、グラシアーノが苦笑する。
「ポラリスは言葉足らずなところがあってね。彼は君の宿の隣に店を開こうとうちの店を辞めたんだ」
「お。そうなのか! 大歓迎だよ!」
「君の宿もあり、ここは冒険者の拠点として益々発展していく。冒険者相手なら武器の修理もここでできるとなると相乗効果を生むだろう?」
「間違いない。……なるほど。グラシアーノは抜け目ないな」
「ははは。私のためでもあるから、二人には今後とも協力を惜しまないよ」
怪我をしても宿で回復できる。道具や武器はポラリスのところで修理ができる。
そうなると、冒険者たちは街に戻ることなく元鉱山ダンジョンに挑み続けることができるようになるだろ。
だったら、ここへ定期的に足を運び冒険者から素材を買い取るグラシアーノにとっても大きな利益になる。
その時は冒険者たちが不足する物資を持って廃村まで来れば行きも帰りも稼ぐことができるって寸法だ。
素材の買い取りがメインだから、冒険者用の物資は街と変わらぬ価格で売るのかな? そうすれば、冒険者から喜ばれて、素材も買い取りやすくなるだろ。
彼ならきっとそうする。
誰も損をしない素晴らしい物流の仕組みが完成ってわけか。
「工房を作るのは中々大変だと思う。人手が必要な時には言ってくれ。宿の仕事の合間合間に手伝うよ」
「ありがとうございます! ですがきっと、使われていない炉はあると思います。廃屋の修繕はグラシアーノさんにも手伝ってもらうようにお願いしています」
「君の手を煩わせないようには考えているよ。まずは最低限の準備をするつもりさ。鍛冶と細工の道具は持ってきている」
さすがグラシアーノ。抜け目ない。
俺は開店の報告を待ってればいいかな。
◇◇◇
宿泊している冒険者たちがチェックアウトした後は、山へ繰り出す。マリーは宿で食材の処理や畑の様子を見てもらったりをお願いした。
ギリギリギリ。
弓を引き絞り、矢を放つ。
バサバサと飛び立った野鳥に見事矢が突き刺さり、今晩の肉が獲れた。
あとは、山菜や木の実を採集して……ようやく探索することができる。
探し物がある場所は目途が付いているから、移動するだけだ。少し遠いが難点だよなあ。
背負子に大きな籠を固定して背負っているので、まだまだ荷物を積める。
さあて。行くとするか。
「あった。あった。これこれ」
トゲトゲの丸いものがそこらかしこに転がっている。
このトゲトゲはイガと言うんだって。
イガを引っ張って割くと茶色の硬い果実が露出する。
「たぶん。栗だと思うんだよなこれ」
季節は秋じゃないけど、見た目は栗そのものだ。
見た目そっくりで全くの別物の可能性もあるから、口にする時は注意しないとな。
ひたすらイガを剥いで、栗をどんどん籠に入れていく。
野鳥や山菜、木の実で半分以上籠が埋まっているので、それほど採集することはできなかったけどそれでも5キロ以上の栗を採集できたはずだ。
目的を達成した俺は、どこかに竹がないかなあとキョロキョロしつつ宿に帰還した。
ぐつぐつと栗を湯がき、ザルにあげて冷ます。
その間に小麦粉をこねて放置しておく。
「これ、食べられるんですか?」
「まだ分からない。だから、これだ」
水桶一杯に入った水を指さすと、マリーは苦い顔をする。
体調に支障をきたしたらすぐに水を飲む。
唯の水ではないぞ。
集中。祈り。念じろ。
「ヒール」
水桶に暖かな光が吸い込まれていく。
これで良し。俺のヒールは回復効果が低く持続力が高い。
それでも、ヒールの効果はじわじわと減衰していくんだ。なので、ギリギリにヒールをかける方が良い。
栗の硬い皮を剥がして、いよいよ実食タイムー。
「じゃあ。食べてみる」
「だ、大丈夫なんですか……」
「もぐ」
「そ、そんな一気に! 少し齧るだけの方が……」
「うまい。思った以上に甘い! これは想像以上だ」
後からお腹が痛くなるかもしれないけど……。
「わたしも食べちゃっていいですか……?」
「即効性の毒はなさそうだ。まあ、たぶん。大丈夫」
「う、ううう」
迷いながらも結局栗を口に運ぶマリーであった。
もぐもぐと口を動かし、彼女の顔がぱあああっとなる。
「美味しいです! とても甘くて!」
「うんうん。こいつをこねた小麦粉に混ぜ、蒸してみたい」
「甘くておいしそうな蒸しパンができそうですね!」
「だろ」
団子のつもりだったけど、確かに蒸しパン風になるかもしれない。
水分量を調整すれば団子ぽくもなるのかな?
一旦、適当に水を混ぜてこねた小麦粉で試してみるとしよう。
蒸しあがるのが楽しみだ!
そんなわけで、「民宿 月見草」のお茶菓子第一号が完成した。
各部屋にお茶菓子を置く計画が実行できそうだ。あ。お茶菓子につける飲み物を考えてなかった。
しばらくお客さんには水で我慢してもらおう……。
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