第84話 いつもの二人、おっさんじゃない方

「あと少しだけ待ってな、もうすぐできるから」

「食事にマリーちゃんいないけど、倦怠期?」

「変なこと言うな! お客さんが来ててさ。相手をしてもらってるんだ」

「一般の宿泊客じゃないってことか」


 ふざけたことをのたまうテレーズに対し、ライザは自分なりの考えを述べる。

 相変わらず対称的な二人だな。

 すると、ライザの言葉に反応したテレーズが立ち上がって壁の方向を指差す。


「あー、お隣のお家! お家まで建てて宿泊……じゃなく滞在しているんだね」

「ご名答。まあ、やんごとなき人だよ」

「一度だけキルハイムで演説しているのを見たことがあるよー。きっとあの変な人だね」

「推測は任せるが、息子だとだけ」

「息子も『吾輩』とか言っちゃうのかなあ」

「こら、テレーズ。詮索はよせ」

「はあい」


 「んー」と可愛らしく首をかしげ顎に人差し指を当てていたテレーズにライザが釘を刺した。

 前置きが長くなってしまったが、そろそろ残りの料理もいけるかな。

 断ってからキッチンに向かい鍋を確認、ホカホカの炊き立てご飯の出来上がり。おっし。こんなもんかな。


「お待たせー」

「きたきたあー」

「朝からすまないな、エリック」


 と言いつつもごくりと唾を飲み込むライザである。夜通し動きっぱなしで今の時間だものな。もう腹がペコペコに違いない。

 冒険者ってのも大変だ。今回は光る素材の採集依頼だったため、夜に活動しなきゃならかなった。

 俺の方が朝食だから軽めの和食なのだけど、そこは我慢してくれ。朝から夜用の食事は中々ねえ。仕込みもあるし。


「この黒い紙みたいなのは?」

「それは海苔と言ってご飯と一緒に食べるとおいしいぞ」

「ねね、エリックくん。スープに貝が入ってる! いつものワカメ? とも合うんだねー」

「それは焼き魚と同じところで獲ったんだよ。ほら、この前一緒に行った『北の湖』でさ」


 食べながら話に花が咲く。

 献立は海苔と炊き立てご飯に、ホタテとワカメに根菜を加えた味噌汁と北の湖産の焼き魚だ。味噌だまりと醤油もつけている。

 おっと、思い出した。それなりに腹にたまるものがあったじゃないか。豆腐ともう一つ昨日の残りが少しあったからテーブルに並べるか。昨日の残りなら今出している軽い食事よりはマシだろうから。やっぱりこの朝食だけじゃいくら女子でも足らないだろ。

 特に無表情を装い止まることなく食べているゴリラのためにも。

 やはり、力こそパワーには肉がいる。

 ちょうど、挑戦してうまくいって彼女らにも食べてもらおうと思っていたんだよね。


「ほい、追加だぞー。豆腐と」

「ソーセージにベーコン! 作ったの?」

「うん。ほら、廃村に鍛冶の店があるだろ細工屋も兼ねてたりする。あそこの店主のポラリスに教えてもったんだよ」

「自家製なのか。料理が充実する……良いことだ」


 と言いつつ手を合わせて喜ぶテレーズに先んじて豆腐に手をつけるライザであった。

 目線に気が付かれたのか、ライザが鋭い目をこちらに向けてくる。


「何か不穏なことを考えてなかったか?」

「いや、気のせいだろ。作ったものをおいしそうに食べてくれてるなあと思ってただけだよ」

「ふむ、そうか。不穏で思い出した。キルハイムでこの廃村のことを記した書を見つけてな。土産だ」

「不穏で思い出すって……どんな本なんだよ」


 どしんとテーブルではなく、手の平に乗せられたそれは赤い表紙の本だった。

 さりげにこの世界では製紙の技術がある。木を材料にパルプを作り、紙にする製造法だ。

 詳しくはもちろん知らない。工場みたいなところで魔道具と魔法を使ってるんじゃないのかなあ。

 製紙技術があるので紙は高いものではない。本もそこまで高くない。なので本はそれほど珍しいものではなく、庶民でも手軽に買うことができるんだ。本の方は確か専門の魔法使いが原本から魔法で複写する。俺に複写の魔法を使う才能があれば……楽して暮らせたかもしれん。

 さっそく本を開きたいところだけど、汚したくないから夜にでも読んでみようかな。

 ん、テレーズが何やら手を上げて俺の反応を待っている。


「はい、テレーズくん」

「はいはいー。せんせえー、ネタバレしてもいいですかー?」

「構わんよ、一向に構わん」

「じゃあー、ライザがネタバレしまーす」


 俺たちの変なノリを冷めた目で見ていた……いや、食事の方に集中していた様子のライザが突然話を振られ、食事の手が……止まらなかった。

 それなりに分厚い本だし彼女らからあらすじを聞くことができるのは願ったりだよ。

 手を止めることなく食べながらも指名されたライザが本の内容を説明し始める。


「廃村がまだ鉱山村だった頃……ではなく更に昔の話だ」

「それっていつ頃なんだ?」

「開拓期とかいう時代で、色んなところに村ができていた頃のことらしい。冒険者だけでなく、国の騎士たちも人の住める地を求めて各地で危険を排除していた。原動力となったのは飢饉」

「へえ、俺が生まれてから今まで不作はあったけど、食べるものに困ることはなかったな」

「そんな君にとって興味深い話も記載されている」


 ライザ曰く、開拓期にジャガイモ、サツマイモ、カボチャを育てるようになったんだそうだ。小麦を育てるに適さない地域もあり、誰が食べ始めたか分からないが飢えを凌ぐため各地の開拓村でこれらの作物が順次発見され、食べられることが分かって栽培され始めた。

 これら作物は飢饉に強いだけでなく、小麦を含めた複数の作物を育てることで全てがダメになることがなくなる。

 新たな作物は既存の村や街でも作られるようになり飢饉は去った。


「なるほどなあ」

「そんなわけで飢えという原動力がなくなったため、開拓期は終わる」

「あれ、廃村が出てこないぞ」

「まあ待て。開拓期は終わったが開拓された村々はしばしの間存続した。多くは都市部から離れ過ぎ敢えてそこに住む必要もなくなったのだ」

「まあ、そうなるわな」

「しかし、存続し続けた村も少数ながらある。その一つがこの廃村だ」

「確か鉱山があったからだっけ」

「そうだ。他に残った村も何かしら特産があったようだぞ」


 さて、前置きが終わったところでいよいよ廃村の歴史に話が向かう。

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