第83話 夜光鹿
「ふああ。良く寝た」
浜焼きの後は岩風呂にゆっくりと浸かりながらお盆に乗せたつまみと熱燗を楽しんだ。
いやあ、生きてるって感じがするよね。毎日の楽しみとしたいところであるが、週に多くても二日までと決めている。
ついつい飲みすぎちゃって寝るのが遅くなっちゃうんだよね。肝臓が心配だとか二日酔いなんてことは心配していない。
忘れがちだが、俺の民宿は「全快する宿」なんだぜ。布団に付与したヒールでぐっすり寝れば酒の影響が完全に抜ける。体調もバッチリになるんだぞ。
しかし、寝不足はどうにもならないんだよね。
回復するはずなので、寝なくても24時間動き続けることもできるんじゃないかと思った。
ヒールは怪我だけじゃなく体力や毒を治療してくれたりもするのだけど、寝不足は解消できない。
一体どんな仕様になっているのか、使っている本人が分かってないというどうしようもない状態である。
調べろよ、と言われましても法則が分からないので経験に基づきケース判断するしかないのが現状だ。
とはいえ、これまでの経験からだいたい治療できるものとできないものは分かっている。それで十分じゃないかな?
まとめると、酒を毎日飲むのは危険だってことだな。うん。
マリーは酒を飲まないのが幸いした。彼女も酒好きなら毎晩酒宴が開かれていたかもしれない。
隣に酔っ払いが住んでるじゃないかって? いやいや、あの酔っ払いと酒を酌み交わすのは無しだ。本人も一人で飲むようにしているし、酔っ払った時に遭遇すると絡み方が酷い。
本人も自覚していて気にしているので、なるべく夜は彼女の家に寄らないことにしている。
昨晩は馬小屋で寝て特に不満はなかったのだが、自分の部屋で寝た方が格段に落ち着くな。まだこの地に来てからそう時間は経っていないけど、すっかり俺の住む部屋という感覚が染みついていたようだ。この地に根を下ろすつもりでやって来た俺としては、「落ち着く」という感覚を実感することができてちょっとばかし嬉しい。
このまま順調に民宿経営が推移していくことを願う。そのための努力は惜しまず注ぎ込む所存である。
コンコン。
気合を入れたところで扉を叩く音がした。
「おはようございます!」
「おはよう、すぐ出るよ」
当然のことながら扉を叩いたのはマリーである。もしかしたら宿泊客かとおもったけど、まださすがに早すぎるよな。
俺とマリーは朝日と共に目覚め動き始める。
ちゃちゃっと動ける準備をしてから朝の作業と希望するお客さんに朝食を作る仕事があるから早起きなのだ。
でも彼女が朝からこうして俺の部屋を訪ねて来るとは珍しい。何かあったのかな?
「適当にくつろいでおくとは言われたのですが、エリックさんに一応お知らせをと思いまして」
「知らせてくれてありがとう。ジョエルの新居で何かあったのかと思ったよ」
「ジョエルさんたちは早くに就寝されておりましたが、特に何も、です」
「俺のところにもジョエルたちからは何も来てないよ」
マリーはわざわざ来客を告げに来てくれたのか。朝早くから来客の相手をしてくれて頭が下がる。
彼女の働きっぷりを見習わなきゃ。
「一階にいるのかな?」
「はい。お水だけお出ししてます」
とのことなのでマリーには朝の仕事をお願いして、いずれにしろ朝食を作るためキッチンに向かう必要のある俺は来客に挨拶しに行くこととなった。
◇◇◇
「朝の仕事が終わるまで待っててもらえるか? ついでに二人の朝食も作るよ」
「ありがたい。部屋は空いてるか?」
「今日まで宿泊のお客さんばかりだから、この後空くよ」
「助かる。二日分の料金を払おう」
「いや、一日分と朝食代でいいよ。その代わりと言ってはないんだが、朝に部屋の掃除をしてから翌日までそのままにしたいけどいい?」
「もちろんだ」
同意を得たところでそのまま待っててもらい、キッチンへ。
来客とは見知った二人だったので気が楽だ。もしかしたら「吾輩」とか「ぱりぱりだね」が朝っぱらから来ているのかもとヒヤヒヤしていた。
彼らならこちらの都合など気にせず深夜であろうが思い立ったら訪ねて来る。ああでも、考えてみりゃこんな静かに来訪しないか。
来たら必ず騒がしいので先に気が付く。
「エリックくーん。牛乳もらっていい?」
「いいよ。そこにあるから持って行って」
「ありがとう。ついでにこの変わった房も食べていい?」
「お。そいつに目をつけるとはお目が高い。その保冷庫の中にヨーグルトがあるから器を出してヨーグルトと一緒に食べるのがオススメだ」
「わあい。じゃあ、頂くね」
そう見知った二人とは冒険者のテレーズとライザだった。
今キッチンにひょこっと顔を出したのはテレーズの方。
ライザは椅子に座ってじっと待っている。
一通り準備が終わり、彼女らの座る対面に腰を下ろす。
「朝からすまなかった。明け方が近かったのでそのままここまで歩いて来たんだ」
ペコリと頭を下げるライザにテレーズも続く。
「これ、とってたから夜じゃないと分かり辛くて」
テレーズが袋を開くと螺旋状の角と緑色のビワくらいの大きさの果物? が入っていた。
「へえ。何か討伐してきたのか?」
「夜光鹿だよ」
「名前だけは聞いたことがある。これが夜光鹿の角なのか」
「うんー。まだ光るんじゃないかな。こっちこっち」
袋を掲げるテレーズが「ほれほれ」と袋を覗き込むように催促する。
いざ袋を覗き込もうとしたら彼女が袋を膝の上に置いてしまった。
お、お預けとは中々高度なことをやってくれるじゃないか。
「ほら。覗き込んでー」
「いや、テーブルの上に置いてくれたらいいじゃないか」
「そういうわけにはいかないのだよお。まあ、私の頼りがいのある膝にどうぞ」
「細い……」
セクハラ感満載だが本人が言うのだから良いのだろう。
太ももの間から中が見えやしないかとひやひやしたが、ぴっちり膝を閉じてその上から袋を置いているので問題なさそうだ。
袋を覗き込むと俺の頭の上にテレーズがローブを被せる。
「お、おおお。角だけじゃなく果物ぽいのも光ってるぞ」
「でしょー。果物はたまたま見つけたんだー。ついでついで。依頼がないか街で依頼書を探してみようかなって」
角と果物はぼんやりとした蛍光緑の光を放っていた。
見えないけどきっと得意顔で語っているんだろな、テレーズ。
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