第82話 魚介

「これが、おいしい? という味なのかな? どうなんだろ、メリダ」

「ジョエル様あ!」


 感極まった様子でメリダがぽろぽろと涙を流す。

 普段無表情に務めている騎士のランバートでさえ、目が赤くなっている。

 彼らにとってはいつもと違ったジョエルの食事風景が想像の斜め上どころか、天地がひっくり返るほどの出来事だったのだ。

 俺としても、まさかまさかの反応でビックリだよ。

 本日の食事は北の湖産の魚介類の浜焼きだ。

 すると、あろうことかジョエルが自分からフォークを伸ばし始めた。

 彼はフルーツなら「まずい」と思う事なく食べることができる。一方で「生きるために必要だから」焼いただけで味付けしていない肉も食べると聞いた。

 実際、食事はどうしようと昨日はフルーツと牛乳だけで誤魔化したんだよね。チーズも出したけどあんまりだった。

 目をつぶって飲み込んでいたし。

 彼は素材に味付けをすると途端に食べられなくなる。素材そのままを出さねば食べることができないのだ。

 なんという料理人泣かせの舌なのだろう。一番苦しんでいるのはジョエル本人であるのでいたたまれない。

 そんな悩みを抱えた彼は極端な人見知りになってしまった。幸い俺とマリーには打ち解けてくれて、メイドと騎士の二人と接するようになってくれている。

 

「食べられそうでよかったよ」

「うん! これなら大丈夫だよ! 自分から食べたいと思ったことなんて、フルーツ以外で初めてかも!」

 

 興奮した様子のジョエルに「うんうん」と目尻を下げ微笑みを返す。

 彼の舌はとても特殊だ。分かったことは「素材そのまま」で「焼く」「蒸す」なら大丈夫だったといこと。

 調理法だと「揚げる」はダメだ。油が混じるからなのだと思う。

 塩を振っても、油をしいてもダメなんだよな。

 だけどさ、肉や魚にはいろんな味が混じっているだろ。「そのまま」なら平気なのに、素材そのものに含まれている味を混ぜたらダメになる。

 本当に彼の舌はどうなっているのか皆目見当がつかなかった。

 なので俺は彼の舌の解明をすることは早々に諦め、なんとか素材そのままで味がついているものをと考えたわけなんだ。

 元日本人である俺がパッと思いついたのは刺身だった。

 川魚を刺身にして出しても、お腹を壊しそうだし、海の魚を調達できたとしても、怖いよな。

 衛生状態なんてまるで分からないし、生のままで食べる習慣も料理もないなか挑戦するのは博打過ぎる。

 そこで北の湖のことを思い出したんだ。

 そのまま焼いて出すのではなく、汽水なら良い感じの塩味になるかなと思ってさ。

 汽水に棲息している魚介類なら汽水を飲んで生きているだろ。だったら、焼く時に汽水をかけても大丈夫なんじゃないかって。

 答えはジョエルの食べっぷりを見ていたら分かる。

 

 炭火でじゅうじゅうと焼かれたホタテぽい貝に口をつけ、ハフハフと食べるジョエル。

 ホタテぽい貝は貝殻を開いてそのまま網で焼くワイルドスタイルだ。

 その様子をじーっと見ていたマリーも真似をして焼き立てのホタテを貝ごと皿に乗せ口をつける。

 

「あ、熱いです!」

「ほら、水。猫舌なのだから冷ましてから食べるべし」

「で、でも。ジョエルさんがおいしそうに食べていたんで」

「熱さはどうしようもないって。熱いからおいしいと感じる人もいるけど、人それぞれさ。マリーはマリーのおいしいと思う食べ方で食べるのがいいって」

「そうですね! ふーふーしてから食べます!」


 あははと笑い合う俺とマリーに対し、遠慮がちに口を開いたのはメイドのメリダであった。


「あ、あのお。これは一体どんな秘密があるんですか?」

「これってジョエルが食べれること?」

「は、はい、そうです。塩味がついているのにジョエル様がそのまま食べることができることが不思議でして」

「どうかな? 浜焼きは?」

「おいしいです! ほのかな塩味と熱々の焼き立てがたまりません!」

「はは。ジョエルだって同じことさ。この魚や貝はさ、味付けに使った汽水にすんでいた魚介類なんだ。飲み水をかけただけで味付けじゃなく、素材そのままだったってわけさ」

「そうなのですね! エリック様の慧眼恐れ入りました!」


 マリーとそっくりな顔と表情で「様」とか言われると座りが悪い。

 民宿の店主につける敬称じゃないよな。ま、まあ、思いっきり否定したら彼女を困らせてしまいそうだからそっとしておくとしよう。


「魚の飲み水だったから、かあ。言われてみるとフルーツにも水分が沢山入っているものね」

「甘味もフルーツ本来が持っているから平気なんじゃないかってさ。だから、汽水もという発想だったんだ。一応、ジョエルだけじゃなく宿のお客さんでもおいしく食べられるようにしたつもりだよ」

「おいしいです!」

「おいしいです!」


 ジョエルの問いかけに応じたら、マリーとメリダが口を揃えて浜焼きの感想を述べる。

 何度も「おいしい」って言葉を聞いているけど、何度聞いても嬉しいものだよな。

 汽水をかけるだけの料理だったけど、これでも味付けを考えているんだ。

 それが功を奏したとなると、嬉しくなるものだよね。

 それだけじゃなく、俺の拘りもあった。

 それはジョエルと食卓を囲むみんなが同じものをおいしく食べれること。

 彼だけ別のものを食べたとしたら、おいしく感じても半減してしまうと思って。俺だってみんなと一緒に食事をすることで、おいしさが一段上がる。

 楽しく食べれば、よりおいしくなるってね。

 

「さあ、まだまだあるぞ。何を焼く? 魚にするか? それとも貝?」

「僕は貝がいいな」

「わたしはどっちでも!」

「メリダとランバートは?」

 

 勢いの良いジョエルとマリーは即答したが、残りの二人は主の反応を見ていた。

 こればかりは仕方ないか。貝をメインで焼くことにしよう。

 もう少し慣れてきたら、ひょっとするとオフの時くらいは自分を出していってくれるかもしれない。

 

「よおし、ガンガン焼くぞお!」


 謎の気合いのこもった声で、貝を網に並べる俺であった。

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