第161話 実食 ゾレンの気付

「よっし、んじゃお楽しみのお食事タイムにしようか」

「楽しみです!」

「あ、ライザたちとゴンザたちにも声をかけてきてもらえるかな?」

「分かりました!」


 いよいよお楽しみの食材お試しタイムと相成った。

 試す食材は「ゾレンの気付」である。口にしてから数時間経過しているので、即効性の毒はないな。

 毒や腹痛程度ならば、俺のヒールでなんとかなる。

 最近、使っていないから忘れていただろ? とか突っ込まれるかもしれないが、ヒールは毎日使っているぞ。

 宿のベッドとか水とか色んなところにね。ここは回復する宿「月見草」である。

 一晩寝ればすっかり疲労が取れ、切り傷程度なら完全に塞がり回復する宿なのだ。

 ……念のために言っておくが、忘れていたわけじゃないからな。

 おっと、変なところに思考が飛んで行ってしまった。

 「ゾレンの気付」をどう使おうかと考えていたんだったよね。

 「ゾレンの気付」はわさびである。極論だが、味がわさびなのでわさびと思って調理をするのだ。

 最近調味料の種類が増えてきてホクホクだよ。

 わさびを使った料理で真っ先に浮かぶのが刺身を醤油とわさびをつけて食べる……が浮かぶ。

 海が近くにないので刺身を楽しむことは難しい。いずれ、海まで遠征してやるんだからな。

 夢物語は後にするとして、今ある食材をチェックしよう。

 レストランをしていると何かしら仕込みをしたが、残っているものとかあるものなのだ。

 ええと、ナスにボーボー鳥のモモ肉がある。


「もう少しないかないか」


 ゴソゴソとストックをあさり、ネギの切れ端がいくつかとインゲンを発掘した。

 こんなものでいいか。


「あ、みんなの口にわさびが合うか分からないな」


 本当は混ぜたいのだが……俺の分だけ別に作るのも面倒なんだよね。

 よっし、仕方ない。

 ボーボー鳥のモモ肉に片栗粉をパンパンとして、醤油とショウガがないので柚子ぽい果実をすりおろして入れる。

 そのままぐりぐり混ぜて、しばらく漬け込む。

 この間にナス、インゲン、ネギを切ってバターを敷いて軽く焼く。

 野菜を取り出して、今度は漬け込んだモモ肉をフライパンに乗せる。

 じゅうじゅうと良い音がしてきて、自然と生唾を飲み込む。

 お腹も悲鳴をあげている……。

 不思議なもんだよな。お客さんに出すつもりで作っている時は食べたい気持ちが湧いて来たりなんてしないのに。

 自分も食べるとなると途端に腹が減る。   

 音だけじゃなく、匂いもたまらん。

 頃合いをみて野菜を投入して――。


「マリーたちはまだかな」


 もうすぐ完成しそうになったところで、きょろきょろと周囲を見渡す。

 そのようなことをしてもマリーたちが来るわけがないのだが……。もし彼らが来ていたら、階段を降りる音で見る前に気が付くし。

 トントトン。

 お、来た来た。

 昼間頑張ってくれた冒険者四人とマリーが連れだってやって来る。

 予想通り四人揃っていた。ゴンザとザルマンは飲み食いもしていたからひょっとしたらと思ったけど、そんなことはなかったな。

 そんじゃあま、仕上げをっと。丼にほかほかご飯を盛って焼きたてのナスインゲンとモモ肉のバター醤油炒めを乗せる。


「お待たせしましたー」

「待ってたぜ。アレ使ったのか?」


 ゴンザがどれどれとキッチンを覗きに来たのでお盆をずいと差し出しテーブルへ丼を運んでもらう。


「口に合うか分からなかったから、混ぜてないんだ。お好みで乗せて食べてくれ」

「んじゃ、試してみるか」

「おっと、たっぷり乗せると大変なことになる。まずはちょっとだけ摘まんで舐めてみてくれ。ちょっとだけだぞ」

「お、おう」


 小皿に乗せた黄緑色のクリームにゴンザが目を白黒させた。

 脅し過ぎたかもしれない。が、一見してフルーツや野菜のような色をしているので甘そうだと思うじゃないか。

 正反対だからな……。

 ゴンザが箸を伸ばそうとしたところで、待ったをかけた。

 そうだ。味見をしてもらう前にどんなものか分かってもらう手があった。

 小皿を持って、わくわくしているテレーズの鼻先に持って行く。 

 嬉しそうな顔から一点、彼女は目の端に涙を浮かべる。

 

「な、なにこれ……」

「つーんとする調味料だ」

「わ、私はパス」

「私は試してみたい」


 即バッテンマークを作って拒否するテレーズ。

 反対にライザは興味を示し、わさびを少しだけ箸にとって舐めた。

 

「悪くない。味が引き立ちそうだな」

「だろ」


 わさびを気にいってくれたライザに向け親指を立てる。

 ピリッとして味が引き締まるんだよね。

 ゴンザとザルマンにも概ね好評だったが、マリーは種族故なのか匂いだけでダメそうだった。


「マリー、無理して食べなくていいからね」

「はい……とっても残念です」


 しゅんとするマリーだったが、食事を始めるといつものような笑顔になる。

 俺はわさびをちょこんと乗せて丼を食す。

 ゴマもあるともっとよかったかも。野菜にこんな表現をするのもおかしいかもしれないけど、ナスってじゅわっとしてジューシーでおいしい。

 モモ肉との相性も抜群で脂っぽくなった舌をわさびがすかっとさせてくれる。

 この一滴の清涼感がわさびの醍醐味だよね。

 

「こいつは酒が欲しくなるな」

「んだなあ」


 なんてやり取りをしているゴンザとザルマンであるが、何食べても同じことを言うことを俺は分かっている。

 さっきも飲んでたよな、二人とも。

 全く仕方ない奴らだな。

 

「何がいいんだ? エールはもうないぞ」

「これなら清酒だな」

「お、気が合うな、ゴンザ」


 椅子から立ち上がろうとしたら、マリーが「行ってきます!」と先に動き、清酒を持って戻ってくる。

 清酒を注ぐとさっそく飲み始める二人であった。

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