第160話 気付けという名のワサビ

 藁の上にあるものなら何でも選んでいいと言われても……人間目線だとガラクタばっかりなんだよな。

 武器らしき丸太のような棒は重いし、木材として使うには中途半端。

 お、透明な茶色かかった薄黄色の塊がある。琥珀ぽいな、これ。

 他にもヒスイらしきものもあった。

 ん、食べ物ぽいものもある。ごぼうを太くしたようなつぶつぶした表皮の先に葉っぱが付いていた。色は黄緑がかった、薄茶色かな。

 こいつは何かの根っこのように見える。

 

『気付だ。ウォーリアーもたまに食す。我らは肉も草も食べる』

「少し削ってもいいですか?」

『構わない』

「では、遠慮なく」


 許可が出たし、ナイフ……は渡したのでソードブレイカーでガリガリと削ってみた。

 途端に鼻につく独特の刺激。中は黄緑色になっている。


「ちょ、エリックくん」

「つーんとする」


 ためらいもなく黄緑色の欠片を舐める俺に対し、慌てたというより呆れた様子でテレーズが声をあげた。

 テレーズが呆れるのも分かる。

 露店で売っているものならともかく、野山で採れた果物でも食べるには注意が必要だ。

 初めて食べるものについてはまず熱を通す。これだけで安全度がグンと増すのだよ。

 果物は生で食べるものも多いのだけど、見たことないものを食べる時は勇気がいるのだ。

 まして俺が今食べたものは果物ではなく、謎の根っこ。

 いかな野外生活に慣れた冒険者でも口にするものではない。常識過ぎてわざわざ言うまでもないことを、俺は躊躇なくやったのである。

 いやあ、鼻につんとくるこの感じ、試してみないと、と我慢できなくなったんだ。

 味わってみたところ、想定通りの味だった。

 この根っこは味だけならワサビそのものである。地球のワサビとは全くの別物で、味が似ているだけなことに注意が必要だ。

 すりおろして試してみたいな。


「この気付けは希少なものなのでしょうか?」

『いや、地中で見つかる。いつの間にか増えている』

「では、気付と交換でお願いできますか?」

『こんなものでいいのか。好きなだけ持って行くがいい。案内させよう』


 よかった。彼らにとって余り価値の高いものでなく、量が沢山あるとなれば願ったりだ。

 ナイフは俺にとってそれほど価値はなく、量産品だろ。

 相手に求めるものも似たようなものが良かった。ワサビなら自分で食べるもレストランで使うこともできるので言うことなしだ。

 

 マトリアークのファンガスが呼んでくれたゾレンウォーリアーに案内され、しばらく進むと部屋に出た。

 そこはワサビの群生地になっていて、好きなだけ持って行っていいとのこと。

 ゾレンの気付は土に埋まっていて葉はなく茎だけが露出していた。元々土の中に埋まっているものなのに緑色の茎があるってのも変な話だよな。

 俺は学者でもないし、何故緑色なのかってことを追求するつもりは一切ない。

 ワサビに似た食材を手にすることができた。これだけでいい。

 

 ◇◇◇

 

 何だか色々濃い探索であったが、宿に到着すると予定より早い時間だった。

 いやあ、もっと時間が経っていると思ったよ。まさか、ダンジョンの奥にゾレンがいて、会話までするなんて想定外もいいところだ。

 結果的にワサビが手に入ったので得るものはあった。

 ……いやいや、そうじゃなくて。

 ダンジョンにゾレンらがいたが、宿にとって危険なモンスターじゃなかったことが分かったってのが収穫だろ。

 

「ありがとうー」

「非常に興味深い冒険になった。こちらこそだ」

「また遊ぼうねー。エリックくん」

 

 宿の前でライザとテレーズ、順に握手を交わす。

 お次はゴンザとザルマンに礼を述べ、後で酒の差し入れをすると約束した。

 酒が聞こえたらしく、ライザにも清酒を渡すことになったのはご愛敬である。

 彼らと別れ宿に入ると、扉の音を聞いてマリーがパタパタと扉口まで来てくれた。

 

「おかえりなさいませー」

「ただいまー」

「他の準備はできてます! エリックさんはお料理の下準備をお願いします」

「ありがとう! いつも助かるよ」


 よおおっし。やるぞおお。

 マリーの笑顔を見てやる気が出てきた。彼女だってあくせく働いてくれてこの時間を迎えている。

 にもかかわらず疲れなど微塵も見せずにこの笑顔なんだ。

 そらやる気になるってもんだぜ。

 

「海鮮セットをお願いします!」

「あいよ。清酒が切れたからこれだしたら出すよ」

「ありがとうございます! はいはいーただいまー」

「焼けたよ。持って行ってー」


 営業がはじまるとレストランは戦場に変わる。

 次から次へとオーダーをこなし、こなしている間にもオーダーが入り、飲み物の補充もするというマルチタスクが求められるのだ。

 主にキッチンを受け持つ俺だけじゃなく、マリーもまたいくつもの仕事を同時にこなさなきゃならない。


「これで魚は終わり。エールも冷えたものは終わり」

「はあい。みなさーん。お魚とエールはおしまいですー!」


 マリーが客席に向かって声を張り上げる。

 すると客席から「分かった」との男女の声が返って来た。

 続いて「もうそんなに食ったのかー」とか色んな声も耳に届く。

 最近特に人気のアルコールドリンクは某天災……いや、天才錬金術師様が作成した冷凍庫でキンキンに冷やしたエールである。

 見ていると俺も飲みたくなってくるぜ。特に同じく冷凍庫に入れたグラスが並んでいるところを見ているとたまらなくなる。

 あ、冷凍庫の奥にはお寝坊の妖精さんが今も寝ていた……。

 彼女はそこにいてくれるだけで、甘い砂糖のような鱗粉を置いて行ってくれるから助かっている。


「これで終わりー」

「ただいま、お持ちします!」


 最後の料理をマリーが運び、この日の料理の提供は終わった。

 残りはいくつかドリンクが出て、しばらく歓談を楽しんだ冒険者たちが各々帰路につく。

 宿に泊まる者、泊まれなくて外で夜営する者、など様々だ。

 簡易宿泊所みたいなところを用意してもいいよな……、前々から考えているのだけど、管理ができないのでどうしようかなとやり方を考えている。

 基本、全部泊まる人が何とかする街道沿にある宿泊施設のようにしたいなと考えているのだが、廃村の中だと他の住民もいるし変なことに利用されると他の住人に迷惑をかけちゃうだろ。

 なので、どうするか悩んでいるってわけさ。

 

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