第159話 物々交換
ゾレンたちの元を立ち去ったが、ダンジョンから出たわけではない。
来た道を戻り、別の分かれ道へ進む。洞穴の原因がゾレンによるものだと分かったので、警戒度を下げた。
そのため、進む速度も上がっている。
分かれ道の先は行き止まりの箇所もあり、道が途切れた形になっているところもあれば、広めの空間になっているところもあった。
穴を掘ったのがゾレンだと分かっていたものの、ゾレンの姿を見かけるとビクッとしてしまう。
彼らはジャイアントビートルの姿を見ると「キーキー」と挨拶をしてくるので、俺も「よろしく」って応じておいた。
ゾレンって見た目は怖いけど、平和的な種族なんだと改めて知る。
平和的といってもあくまで人間にとって、だけどね。人間のことは基本スルーだし。
でも、冒険者ギルドのモンスター一覧に記載されてるってことは、過去に討伐対象になったってことだ。
一体何があったのか気になるけど、俺は既に冒険者を辞めている。
これからゾレンと戦うこともないだろうし、平和的な種族だと知ったからには依頼をされても討伐なんてしない。
広めの空間の中でゾレンが多かったのは卵の部屋だった。
卵は身の丈ほどもあり、先が尖った筒状のもので絹糸を固められて作られているように見える。
ゾレンが昆虫に似た生態だったとすれば、サナギかな、これ。
昆虫と同じならいもむし状の幼虫が糸を吐いてサナギを作って、この中で変態しゾレンとなる。
「いろんな部屋があるもんだなあ」
「ところどころでジャイアントビートルにもすれ違うね」
危険度が減らすべく、テレーズのすぐ後ろにジャイアントビートルを配置し、俺がテレーズと並んで歩いていた。
彼女はおぞましい姿のゾレンよりジャイアントビートルとすれ違った時に嫌そうな顔になる。
ゾレンも十分虫っぽい見た目をしているんだけどなあ。虫が苦手ならゾレンも苦手だと思うのだがこれいかに。
聞いてみようかなとしたところで、これまでにない広い空間に出た。
縦横の広さは卵の部屋の倍ほどなのだけど、広いと感じたのは天井の高さからだろう。
「遠慮なく探索しすぎちゃったか……」
この部屋にはゾレンウォーリアーが一体もいなかった。その代わりにゾレンウォーリアーより一回り以上大きく、体色が赤味の強いオレンジ色のゾレンが藁の上に座っていた。
藁の上には棒状の武器まであり、こいつが他のゾレンと異なることは明白だ。
『クモか。我が盟友ビートルも連れているとは友人でいいのか?』
キーキー音と共に言葉が聞こえてきた!
発したのはオレンジ色のゾレンで間違いない。
「突然の訪問、申し訳ありません。興味本位で探索していただけで敵意はないんです。友人でありたいと思っています」
謝罪し、できる限りシンプルに用件を伝えた。
『盟友を連れている、となれば。我らの友だ。歓迎しよう、クモの友よ』
「俺はエリック。よろしくお願いします」
『個体名を持つクモか。これは失礼した。我はゾレンマトリアークのファンガス』
握手をするのは無理そうなので、会釈をする。
マトリアーク……日本にいた頃は聞きなれない単語だったが、冒険者時代に何度か聞いたことがあった。
確か群れのリーダークラスにつけられる名前だ。他にもキャプテンとかチーフとか、モンスターによりいろんな名付け方がある。
彼……いや、彼女の場合は自らマトリアークと名乗っていたのでゾレンの中の役職名ぽいな。
マトリアークとはチーフの女性形で族長とかに当たる。
となると、彼女の上には女王や王がいるのかも。聞いて確かめるつもりはないけどね……。下手に刺激して戦いになると困る。
それにしてもクモか。いくらなんでも俺がクモ……には見えないよなあ。
ファンガスが見えているものは俺と異なりそうだ。友と呼んでくれているのでとりあえずは良である。
そんな俺の腕を肘でつつくテレーズ。
「エリックくん、会話しているの?」
「うん、あれ、俺にしか聞こえてない?」
「私にはキーキーとしか聞こえてないなー」
「なるほど。もう少し会話してもいいかな」
「もちろんー。あとで聞かせてねー」
テレーズがひらひらと手を振りつんと俺の肩を突っつく。
よっし、一丁会話しますか。
と思ったが、挨拶も済んだし喋ることもない。
理由は先ほど考えた通り、人とかけ離れた存在となるとどこに沸点があるのか分からないんだよ。
友好的に接していても突然切りかかってきてもおかしくない。
……てこともないのか。俺が心配し過ぎているだけかもしれないよなあ。
すみよんもアリアドネも特に喧嘩になることもなかった。
いやいや、警戒していて当然だろ。何事に対しても気を抜いてはいけないのだ。
「お邪魔してすいませんでした」
『エリック。個体名を持つクモよ。個体名を持つものならただ挨拶しに来たわけではあるまい』
「え、ん?」
『クモの巣ほどではないが我らも縄張りがある。しかし、我らの縄張りは友の来訪を拒んではいない。故に気にする必要はない』
え。ええ。なんか俺が謙遜しているように取られたのか?
クモの巣なんて知らずに入ったら瞬殺だよ。なのでクモからすれば他人の縄張りに許可なく踏み込むことは非常に失礼なことに当たる。
なので手順を踏まなかった俺に気にするなと言っているんだよな。
本当にたまたまこの場に来てファンガスが喋るなんて思ってもなく、ただ挨拶をしただけなのだが……どうしよう。
お、そうだ。
藁の上に乗っている棒状のものをみて思いついた。
「こういうのはどうですか? もしよろしければ何かと交換しませんか?」
『それは?』
「鉄のナイフです。あなたには小さすぎるかもしれませんが、コレクションには悪くないかと」
そう言ってコンテナに入れてあったリンゴをナイフでスパッと切って見せる。
これにファンガスが興味を示してくれたようだった。
『ほお。道具か。戦士たちは道具を扱うことができない。我には小さすぎる。が、面白いものだ。ここにあるものならば何でも選ぶといい』
「ありがとうございます」
気にいってくれたようで何より。これで俺に対する彼女の好感度が上がったはずだ。
いきなり襲われることもなさそうで助かったよ。
ええと、何か選ぶんだっけ。
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