第162話 おにぎり(おかか味)
「うお……」
起きたら日の出もとっくに過ぎた時間だったらしい。既に鳥がチュンチュンと鳴いていないもの。
いつもは鳥に挨拶をしてから部屋を出るので、少し寂しい。
「うーん」
大幅な寝坊だったのだが、逆に焦る気持ちがなくなるのは俺だけじゃないはず。
不思議だよな。少々寝坊した場合にはできる限り急いで行動しようとする。
サラリーマン時代には5分寝坊しただけで大慌てだったものなあ。逆に1時間以上寝坊したら「まあいいか、もう急いでも仕方ないさ」と開き直る。
今はサラリーマン時代と比べると時間には厳しくない。
それでもまあ、やらなきゃならないことはある。宿の経営だってあるからね。
健康で動くことができるのに動かない理由はないぜ。
寝坊した俺が何を言ってるんだかって話だが……。
「いいんだよ。気ままな宿経営だ。これまでだって北の湖に遊びに出かけたりだってしたじゃないか」
「遊びにでかけるのかい?」
サボろうかな、なんて考えマリーの顔が浮かびブンブンと首を振る。
その時、天井の隙間からストンと白い猫と彼の背に乗ったストラディが降りて来た。
「お、何だか久しぶりな気がする」
「そうかい? 同じ屋敷で住んでいるじゃないか」
白猫のシロから降りたストラディは胸に手を当て会釈をする。
いつもながらの上品なふるまいに俺も少しは見習わないと……ということは諦めた。
生まれも育ちも上品とは程遠い暮らしをしてきたんだ。憧れる気持ちも既にない。
今後、格式の高い場に呼ばれることもないだろうし、自分から進んで行くこともあるまいて。
ここは廃村の宿。気さくな店主がお出迎え、ってね。
メインの客層も冒険者だし、庶民的な雰囲気が合っている。
……そう言えば貴族層もレストランに来店、いや、襲撃してきたりもあったな。
思考が変な方向にずれてしまった。
「猫に乗っていつもどこへ行っているの? 家の中だけなのかな」
「そうでもないさ。当初こそ屋敷を巡回していたが、今は周辺にも出かけているよ」
「へえ。散歩しに行くだけってわけでもないんだよね?」
「危険な生物がいないか警戒をしている、というのが主なところだね」
「危険なの……いるの?」
「ははは。君たちがいるから平気さ。とても助かっている。あとはヌートリアとスネルスくらいだろう」
ストラディが緑の帽子を指先でピンと弾き顔をほころばせる。
ヌートリアは家ネズミのことだよな。地球にはヌートリアというネズミの一種がいるが、家ネズミとはまるで異なるんだ。
ヌートリアは後ろ足に水かきがあって水辺で生活する。
呼び方がややこしいが、マリーに「ヌートリアって知ってる?」と聞いてみたところ、「小人族独特の呼び方では?」とかえってきた。
そんなわけで、ややこしく思うのは前世地球の記憶がある俺だけなのかもしれない。
言われてみると、彼らは猫のことをケットと呼ぶものな。
ヌートリアは地球のネズミ種なので想像が付いたのだが、スネルスはなんだろ。
カタツムリ? たしか、スネールだったよな。モンスターの一種にジャイアントスネールってのがいた。
「スネルスってどんな生き物なの?」
「足が無く、細長いものだよ。卵が大好きなのだが、小人族も襲う」
「蛇かあ。見かけたら駆除しておくよ」
「助かるよ」
話が途切れたところで昨日のことを思い出す。
結局飲んじゃって起きるのが遅くなったことじゃないぞ。
猫に乗ったストラディを見たのがきっかけだ。
猫と言えば、アレだろアレ。
「ちょっとだけ待っててもらえるかな?」
「それならついて行こうか? ケットもいるからね」
そんなこんなで、欠伸をしつつ階下に向かう。
◇◇◇
「ほう、これまた変わったものだね」
「一応食べ物なんだ。猫が大好物……なはず」
スピパを削りつつ、まな板の近くに座るストラディに笑顔で返す。
白猫のシロは俺の足もとだ。食べ物の匂いを嗅ぎつけたのか、アメリカンショートヘアに似た白と黒のマーブルまでいつの間にかちょこんと座っていた。
「ん、待てよ」
白猫からねこまんまを想像しかつお節を連想したわけなのだが、猫って肉食だよな。
スピパって魚……ではなく、何なのだろう。
少なくとも人間が食べて平気であるものの、植物性だと猫に良くないはず。
かつお節とペアになるねこまんまには欠かせないご飯も消化能力が低かったと思う。
もちろん、かつお節のアイドルである醤油もダメだぞ。塩分過剰で体調を崩す。
「どうしたんだい?」
「用意したものの、猫たちが食べられるか分からなくて。小人族のみなさんにってことで」
「そいつは残念だ。マーブルまで来ているというのに」
「この子たちには魚……はなかったので肉を」
味をつけていない干し肉を水で戻して猫たちに与える。
魚は生のまま置いておくとすぐ腐っちゃうからねえ。冷凍しているものもあるけど、すぐに食べることはできないし。
レンジでチンがあれば解凍できるけど、残念ながらレンジはない。
「これはスピパを削ったものなのだけど、おにぎりにしてもいいかな?」
「おお。あの白い粒かい。甘味があって小人族にも好評だよ」
小人族用の小さなおにぎり(おかか味)を作り、二回まで運ぶ。
「ありがとう」
「こちらこそだよ。部屋をピカピカにしてくれているだけじゃなく、米を獲れるのも小人族あってのこと」
「はは、持ちつ持たれつ、これからもよろしく頼むよ」
「うん」
小指を出すとストラディが握りこぶしを出し、チョコンと打ち合わせる。
遅く起きてしまったけど、良い午前中になったなあ。
「エリックさーん」
「今行くー」
キッチンに立つ俺を見たのだろう。俺が起きていることが分かったマリーの声が階下から聞こえてきた。
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