第42話 カブトムシ
さっそく出来たばかりのせんべえを持って席に戻る。
「ええと……」
「レイシャです。店主さんは?」
「エリックだ。この時間だからちゃんとしたご飯は作れないけど、起きていたらお腹が減らないか? 安心してくれ、お代は要らないからさ」
「いい香りがします。遠慮せず、頂かせていただきますね」
「マリー。一緒に食べよう」
「はい!」
マリーも呼んで、さっそく実食タイムだ。
「香ばしくてお味噌ととても良く合いますね!」
「美味しいです」
「口に合って良かったよ」
うん。悪くない。これはメニューに入れてもいいかも。
案外、酒と良く合うんじゃないか?
「俺はさ。落ちこぼれだったけど、こうして民宿をやって、癒しの形はヒールだけじゃないと実感しているんだ。レイシャもさ。精霊や魔術が使えなくてもレイシャにしかできないことがあるじゃないか。だからさ……う、うーん。うまく言えないけど、誰もがそれぞれ個性があって、それがいいんだって思ってる」
「ありがとうございます……」
やべえ。レイシャが泣き出してしまった……。
「ま、まあ。人それぞれ、それでいいんじゃないかって。マリーにはマリーの良さがあり、レイシャにはレイシャの良さがある。もちろん、ニャオーにだって。ニャオーというのはそこのふてぶてしい猫な」
「ふてぶてしくなんかありませんよお。とっても聞き分けのいい子なんですよ」
「えー。そんなことないだろ」
「そんなことあります! エリックさんが冷たくするからですってばあ」
マリーが合わせてくれたのでそれに乗っかる。
あははと俺とマリーが笑い合う。
「修行の仕方も人それぞれ……なのですね。リーダだけじゃなく、エリックさんは私も癒してくださいました。ありがとうございます」
そう言ってレイシャは涙を拭き、はにかんでくれたのだった。
◇◇◇
翌朝になり、すっかり元気になったリーダーを含む冒険者パーティを見送り、ふうと息をつく。
元気になってよかった、よかった。
「じゃあ。今日も採集からはじめるとするかあ」
「私は水やりと畑のお世話に行ってきますね!」
マリーと笑顔で頷き合う。
「めえええええ!」
「くあ! くああああ!」
な、何だ何だ。
突然の家畜の鳴き声に驚いたのかマリーの尻尾もびくっとなった。
慌てて走ると家畜小屋の傍を何かいる。何かいるぞ!
「軽自動車か……いや、まさかそんな」
鮮やかなメタリックブルーにずんぐりしたフォルムは某高級外車を想起させた。そのため有り得ないと思いつつも、言葉が口をついて出てしまう。
メタリックブルーに乗るのはワオキツネザルだった。
呑気に長い尻尾を首にまきつけた彼は「よお」と腕を上げる。
「エリックさーん。おはようございまあっす!」
「な、なにこれ?」
「何って、昨日エリックさんが言っていたんじゃないですかあ」
「リンゴ?」
「そうでえす。リンゴ甘いでーす」
待て待て待て待て。マジで待て。
マリーが地面にペタンとお尻をつけるほど驚いているじゃないか。
メタリックブルーをよくよく見てみたら生き物だった。足が六本あり、頭部には真ん丸の黒い目と立派な一本の角が生えている。
カブトムシを巨大化させたような、そんな感じだ。
大きさは軽自動車より一回り小さいくらいかな。騎乗生物の一種だろか? こんな生物をこれまで見たことが無いぞ。
「こんなの、スフィアの家にいたっけ?」
「テイムしたきたのですー。すみよんはエリックさんと違って素早く移動できますからー」
「テイム? すみよんってテイマーだったの?」
「ワタシにかかればテイムなど簡単なことでえす。エリックさんに譲渡してもいいですかあ」
「そ、そんなことできるの? し、しかしだな。こんな見たことのないカブトムシの餌なんてどうしたらいいのか」
「リンゴ食べまーす」
果物食だったらしい。クヌギの木の蜜じゃないのか。
それにしても、すみよんは規格外過ぎて開いた口が塞がらない。
「あ、あの。テイムって何ですか……?」
「あ。ああ。モンスターと仲良くなって一緒に戦ったりする人たちのことを魔物使い――テイマーと言うのだけど、テイマーがモンスターと仲良くなることをテイムと言うんだ」
「そうなんですね! すみよんさんがこの子と親しくなって乗せてもらっているんですか!」
「そんなところ」
カブトムシを押し付けられても持て余すぞ。乗れると言っても、それほど遠出することもないし……何より巨大なカブトムシなんて不気味だろ。
色もメタリックブルーで目立ちまくるから、モンスターに見つかりやすいだろうから。
眉根を寄せる俺に対し、すみよんがカブトムシの背から降り、翅が格納されているだろう甲殻に手を当てる。
「ここ、見てくださーい。開くんです」
「う、うん。おぞましいんだけど……」
「ほら、ここに荷物を置くことができるんですよー。反対側も同じです」
「け、結構収納できるな。でも重いものは無理そうだよな」
「鉄を詰め込んでも大丈夫ですよー? エリックさんの背負子四つ分くらいは入りますー」
「む、むむ……」
見た目を除けば、何て有能なんだ。カブトムシの奴。く、悔しいが、使える。
おずおずと手を伸ばし、カブトムシのメタリックブルーの甲殻に触れてみた。
ひんやりとして車の表面に触れているかのよう。車だと思えば……しかし上に乗る車……?
意を決してまたがってみる。
「悪くない……。何だか負けた気分だよ」
「気に入りましたかー? ジャイアントビートルなら人間のエリックさーんにはピッタリですよおー」
「で、でも。すみよんがテイムしたジャイアントビートルを無償で受け取るなんてできないよ」
「いいんですよー。すみよんがエリックさーんと一緒にリンゴをとりに行こうと誘ったんですからー」
く、くう。
きょ、今日だけこのカブトムシと採集に出かけてみようかな……。
この考えを俺はこの後、激しく後悔することになるとはこの時知ろうはずもない。
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