第43話 すみよんとお出かけ「リンゴ甘いでえす」
「ひゃあああ。寄らないでくださいー!」
「あ。ごめん。そんなつもりはなく」
マリーが本気で嫌がって悲鳴を上げている。ここまで必死な彼女の顔をこれまで見たことが無い。
カブトムシもといジャイアントビートルに乗ったのだが、動かそうとペシペシと背中を叩いたらのそっと足が動いてね。
そのうち一本がマリーと距離にして50センチほどになってしまったのだ。
「う。うう。この子、飼うんですか……?」
「ちゃんと飼育できるか分からないからなあ。どんなペットでも飼育できる自信が無かったら飼っちゃ行けないと思うんだ」
「リンゴを食べるのでしたか?」
「フルーツ食なのだって。でもうちには猫がいるからな。家畜小屋なら、まあ飼えなくはない」
「は、はい……」
「マリーも乗ってみる?」
「あ。あの、わたし。ヤギに餌をあげないと。ニャオーたちにも」
あせあせと冷や汗をかいた彼女は大袈裟にポンと手を叩き、くるりと踵を返す。
彼女は振り返りもせず宿の中に行ってしまった。
……。
ぴゅーと風が吹いた気がする。こいつは飼育をするのを諦めた方がいいかもしれないな。
俺たちの気持ちなど推し測ることもないすみよんが、ちょこちょことジャイアントビートルを登ってくる。
「リンゴ行きますー」
「う、うん。このカブトムシ……じゃなかったジャイアントビートルさ」
「遅くないですよお。すみよんほどではないですが、エリックさんや弟子よりは遥かに速いでえす」
「そ、そうなんだ……うお」
そう言う意味じゃないんだけど、と言おうとしたらグンと体が後ろに持って行かれそうになる。
きゅ、急に走り出しやがった!
あっという間に加速したカブトムシ。カサカサカサカサともう何というか、これ以上突っ込むまい。
こいつ、体感であるが馬の全力疾走並の速度が出ているぞ。
カブトムシってさ大きな角が目立つんだけど、二本の小さな角もあるんだよね。
ちょうどそこが持ちやすくて馬のように膝で挟む用の窪みのようなところもあって、案外快適に乗ることができる。
ガッチリ固定できるから、振り落とされることもなさそうだ。
カブトムシなのに飛べない代わりに荷物を積むことができるし、見た目さえ、見た目さえ違ったら良かったのにいい。
「すみよおおおん。崖。前が崖!」
「しっかり掴まっていれば問題ありませーん」
「え。え。いや、ぶ、ぶつかる」
「膝に力を入れれば大丈夫でえす」
だから、崖が迫ってるって言ってんだろうが!
この速度で崖に衝突したらいかなカブトムシの頑丈な甲殻でもひしゃげるだろ。俺とすみよんも投げ出されるよね。
ところがどっこい。カブトムシはカサカサと速度を落とさず崖を登っていく。ま、マジかよ。この崖は60度くらいの斜面だぞ。
オーバーパンクもなんのその、カブトムシは一瞬にして駆け抜けてしまった。
すみよんがカブトムシを運転しているのだが、オーバーパンクは避けて欲しい。落ちそうになっただろ。
「はあはあ……。リンゴ以外にもせっかくだから採集をしていきたい」
「そうですかあ。ブドウですかー?」
「この辺りまでは来たことがないな。回り道もせずに谷だろうが崖だろうが直進してきたから結構な距離を進んだんじゃないか」
「ブドウはあっちでーす」
「あるんだ。他は?」
「そうですねえ。ビワって知ってますかー?」
「え! ビワもあるの?」
ビワはカブトムシタイムで10分くらいのところにあった。木ごと持って帰りたいところだが、残念ながら苗木はなく木に登りビワの実を採集するに留まる。
カブトムシの羽の裏倉庫にビワを収納し、ここで一旦休憩にした。
一時間も経過してない気がするが、どっと疲れたんだよ。あの動きだものなあ。上、下の激しい動きに内臓が悲鳴をあげ……てはないけど、酔……てもないけど、とにかく精神的に疲労した。慣れない乗り物で慣れない動きをしたからさ。これならいっそ空を飛びたかったよ。
一方ですみよんはのんびりビワを齧ってご満悦の様子。
せっかくなので俺も食べるか。
「うん。ビワだ。甘い。そのまま食べるより、帰ってから試してみるか」
「甘いでーす」
「ブドウは近くにもあるからなあ。リンゴ目的だったし、リンゴを目指すか」
「分かりましたあ。あっちですよー」
すみよんが長い尻尾で示した先は山脈だった。
岩肌が露出していて切り立った崖と言い換えてもいい。あれを登っていくのか。
徒歩だったら絶対にお断りだけど、カブトムシならすぐだろ。
山脈を登った先は深い谷になっていた。円形になっていて、火山の火口のようにも見える。
それにしても広い谷だな。元々あった山が火山噴火でぽっかり穴が開いた感じではなく、平らな場所が地盤沈下したかのような印象を受けた。
実際のところ、どうやって谷が形成されたのかなんて誰にも分らないんだけどね。
山頂? と言っていいのか迷うが、ここは一面の綿花畑になっていた。雑草は一本も生えておらず、岩肌と白い綿花のコントラストが不気味さを醸し出している。
「この場所。何だか変だ」
「この奥ですよおー」
「何だか嫌な予感がする。踏み込むのはやめておかないか?」
「そうなんですかー。リンゴはもうすぐそこですよー。リンゴ甘いでえす」
真ん丸お目目で見つめてくるすみよんに向け首を横に振った。
もう冒険者ではなくなったけど、自分の直感を大切にすることにしているんだ。悪い、すみよん。
目の前にお宝がぶらさがっていようが、悪い予感がした時にはひいてきた。それで冒険者パーティを外されたこともあったなあ。
使えないヒーラーが、怖気ついて「進みたくない」なんて言ってたら首にされて当然だと思う。
回復力が低くてパーティを外された時はどんよりした気持ちになったものだが、直感に従ってパーティと不和になった時に後悔したことはない。
嫌な予感ってのは不思議と当たるんだ。いや、単に俺が後から後悔したくないから、だけだよな。
戻る理屈も何も無い俺に対して、すみよんは尻尾を首に回し「分かりましたー」と特に気分を害した様子はない。
「せっかくここまで連れてきてくれたのに、すまんな」
「いえー。エリックさん単独なら、死んでますし。仕方ないことですよお」
「え。待て。今、聞き捨てならないことを言ったぞ」
「仕方ないですよお」
「そこじゃない。その前。俺が単独なら」
「はいー。ここから一歩でも谷に踏み出したら死にまーす」
「マジかよ! 俺の直感すげえ。って。『この奥ですよー』とかさらっと言わないでくれよ」
何が起こるのか知らないけど、怖すぎるだろ。
今もダラダラと背中を汗が伝っている……。
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