第41話 エリックのヒール

「この前はグレイとアリサを。そして今回は俺を。本当にありがとう」


 ベッドに座った犬頭のリーダーことディッシュが両手を太ももに置き深々と頭を下げる。

 他の客室は既に就寝中であったので、彼らも喜びの中であっても声を抑えている様子。

 結局彼らは全員リーダーの客室で彼を見守っていたようだな。

 全員が揃って寝ていない。おいおい。そんなんじゃあ、冒険者失格だぞ。

 冒険者はいついかなる時も対処できるようにしなきゃならない。夜だって交代で寝るし……っとここは安全な宿だから特に問題ないのか。

 しかし、ここは廃村。村の警備をする人なんていないし、モンスター襲来に備えた壁もなければ罠やら鈴も一切備えていないのだ。

 彼らは野宿予定なのでやはり備える……ん。

 俺もマリーも夜はぐっすり寝ていたよ。そうだよな。突然モンスターが襲撃してくるかもしれないんだよな。

 ……よく今まで何もなかったものだ。

 といっても、何か対処しようにも対処できない。建物の中だったら壁や窓枠が壊れる音で飛び起きるだろうし、夜はぐっすり寝よう。

 このことはマリーには知らせず、俺だけの心に留めておこう。

 

 犬頭のリーダーとグッと握手を交わし、階下へ。

 

「よかったですね!」

「うん。安心して眠れるよ」


 マリーが水を入れたコップをテーブルに置きながらにこにこして耳をピコピコさせた。

 その屈託のない笑顔に癒される。

 そこへトコトコと子猫のチョコとニャオーがやって来た。

 飼い猫が五匹もいると、宿にいたら一日に何度も猫たちを見かける。

 チョコはマリーの足もとで彼女の脛に頬を擦りつけ可愛らしく鳴く。もう一方のニャオーはふてぶてしくじっとチョコの様子を見守っていた。


「ミルクかな? 待ってね」


 パタパタとキッチンに向かうマリーにチョコがついて行く。


「ニャオーは行かないの?」

「……」


 少しは反応くらいしろよ、全く。

 俺はマリーと違って猫の気持ちは全く分からん。猫を飼っている人は仕草やらを見るだけで何となく猫たちが何を欲しているのか察するそうだが、俺にはまるで見当が付かないでいるよ。

 今後も変わることはなさそう。

 

「店主さん。ありがとうございました」

「リーダーが元気になってよかったよ」


 マリーと入れ替わるようにして回復術師であるエルフの女の子が降りて来てペコリと頭を下げる。

 耳も半ばでお辞儀をしているようでエルフの新たな魅力を発見したことは秘密だ。

 そう言えば彼女の名前もまだ知らなかった。宿帳にはリーダーの名前とグレイしか書いてないからさ。

 宿帳上では宿泊者は二人となっている。二人部屋だし、ね。

 

「回復術師の君がついててあげたほうがいいんじゃ?」

「いえ。麻痺は解除さえできれば、どこも怪我をしておりませんので問題ございません」

「確かに。今回の麻痺って毒じゃないよな。いや、毒と言えば毒だけど」

「おっしゃられる意味は理解できます。今なら私でも治療ができたかもしれません。ですが、『いつ』なのか分かりませんし、ヒールをかけ続けることはできません」


 俺と彼女の見解は一致しているようだ。これでも回復術師の端くれ……見立てがあっているようで良かった。

 リーダーの麻痺は魔力が込められた呪いのようなもので、自然に解除されることはない。毒であれば遅くても丸一日で動けるようになる。

 純粋な毒なら体に入って、いずれ分解されるからね。

 だが、今回の呪いの一種の麻痺は違う。呪いを解除せねば麻痺が解けることがないのだ。

 ゲームだと状態異常は専用の魔法があったりするが、この世界では全て「ヒール」である。分かりやすくていいだろ?

 純粋な毒でも呪いでも怪我でもヒール。ヒールがあれば全て解決する。

 なので回復術師はヒールさえ使えればいいのだ。実力によって回復力に差がある。俺は……まあいいじゃないか。

 ともかく、リーダーは麻痺の呪いにかかった。

 呪いも魔力が込められていて、ヒールの回復力とガチンコバトルの結果、回復力が勝れば呪いが解ける。

 呪いも魔力であることから、減衰していくのだ。俺のヒールの回復力が呪いの魔力を上回った時、解呪されるのである。

 俺のヒールは回復力が最低なのは何度も説明した通り。しかし、包帯、枕など何か所にもヒールをかけ、体に触れさせることで回復力が増す。

 だいたい、俺のヒール十五回分くらいの回復力が一分単位くらいでかけ続けられるのだ。

 あまり回復しないヒールでも塵も積もれば山となる。結果、怪我も完治するってわけさ。

 呪いは怪我と違って、回復力が呪いの魔力を上回らなきゃならないので怪我や毒よりハードルが高い。それでもまあ、解呪できてよかったよ。

 

 うつむいて黙ったままの彼女は俺と同じく何か考え事をしているようだ。

 微妙な沈黙が流れ、気を遣ったのかマリーはキッチンのところで皿に牛乳を注いでいるし……。

 お座りしていたニャオーも牛乳がキッチンだと分かると、さっさと向かって行ってしまった。こういう時、どうすりゃいいんだろ。

 

「あ。え。エルフで回復術師って珍しいね」

「他の種族に比べ比較的魔力の才能に恵まれているエルフには適職だと思ってます」

「た、確かに。別に神に帰依きえしなくとも、ヒールを使うことはできるし。呪文を覚えるのも一つだけでいいものな」

「私は精霊との相性が悪く、エルフの村では落ちこぼれでした。魔術を修めることも考えましたが、怪我を癒すシスターの姿を見て、これだと思ったんです」

「そ、そうだったんだ。俺も冒険者として落ちこぼれで、は、はは」


 まずい。地雷を踏んでしまったようだ。


「そんなことはありません! 店主さんは素晴らしいヒールをお持ちです!」

「あ、う、うん」


 こ、こういう時は「ちょっと待ってて」と言い残してキッチンに急ぐ。


「エリックさん?」

「少しおやつでも、と思って」


 謎のダッシュでやって来た俺に対しポカンとするマリー。

 な、何かあったかな。米の残りがあるか。

 冷えてしまった米を麺棒で伸ばし、形を整えてっと。油を引いて軽く焼き、塩をパラパラと振る。

 仕上げは味噌を軽くぬって……簡単だけど、これで完成だ。

 せんべいらしきもの、小麦じゃなくて米だそ、米。ふふ。

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