第142話 一安心
「ありがとう! 店主に助けられるのはもう三度目だ」
「エリックさん、ありがとう!」
「感謝……」
今回は四人パーティだったらしい。深々と頭を下げる犬耳リーダーとイケメン戦士グレイにアリサ。
こういった事態に陥った経験がある彼らは慎重に冒険を続けていたはず。
それがまた……危急の事態になってしまった。実力もある彼らが何度も緊急事態に見舞われるのは何か呪われているのだろうか……不幸としか言いようがない。
「今度は一体どんなアクシデントがあったんだ?」
「突如空からブレスにやられた。完全に不意を打たれてレイシャに直撃してしまったんだ」
うわあ……。飛竜かドラゴンの襲撃にあったのか。
崖を登っている時とか見晴らしのいい草原を歩いている時に空から急襲されると対応のしようがない。
優れたスカウトでも200メートルくらい先までしか察知できないものな。空を飛ぶ速度次第なのだけど、殺意を振りまかずに超高速で空を駆け抜けブレスだけ落とされたんじゃ落雷に打たれたのとそう変わらない。
やはり、彼らはとことんまで不幸だった。
心配そうにレイシャをじっと見つめる三人の顔は安堵の色が見えるものの、彼女のことが心配でならないといった様子。
前に会った時は五人か六人パーティだったっけ? 冒険者は毎回パーティの構成を変えることも多いが、リーダーとグレイ、アリサは固定メンバーだったと思う。
彼らにレイシャが固定メンバーとして加わったのかも?
どういう経緯で四人になっているのか、詮索をする気は一切ないけどね。
「レイシャの呼吸は安定してきた。ひとまずは落ち着いたと見ていい。三人はどれくらい食べていない?」
「朝からだな。とにかく月見草まで急げと全力だった」
「そうか、朝からなら少し休んだ方がいい。生憎部屋がいっぱいで、よければここで寝袋になっちゃうけど寝てもらってもいい。レイシャは俺の部屋に寝かすでいいかな?」
「助かる。俺たちは外で問題ない」
「いや、なるべく休んで欲しいんだ。食事も残り物になるけど提供するよ」
「ありがとう!」
リーダーとがっしり握手を交わす。犬頭なので表情は良く読み取れないけど、感激してくれているように思われる。
前回彼らが緊急事態になった時より手厚いじゃないかって?
もちろん、下心あってのこと。下心と言うと何か悪いイメージになっちゃうのだが、これもレイシャのためなんだ。ついでに俺のためでもあるけどね。
「朝一で行って欲しいところがあってさ。特にアリサの協力が必要だ」
「あたしができることなら何でもやりたい」
「廃坑にダンジョンがあるのは知っているか?」
「もちろん」
アリサが当然とばかりに頷く。まあ、冒険者で廃村まで来るとなると廃坑ダンジョンが最も近い目的地だから聞くまでもなかったか。
「廃坑にステルススライムの生息地があるんだ」
「えっと、それならすぐにでもいいよ?」
「疲れているだろ。休まず、レイシャを運んできたわけだし」
「うーん、エリックさんの部屋はレイシャを、だよね」
「うん、本当は客室が良かったのだけど、生憎満室でさ。ここで寝かすよりはマシだと思って」
「分かった。じゃあ、こっちに」
何を思ったのかアリサは俺の手を握り、片目をパチリと閉じる。
外へ出ようとしているようだが、何か勘違いをしていないか?
「ちょ、ちょっと」
「さすがにここじゃ冒険者のあたしでも少し恥ずかしくは……ないけど、レイシャは重症だし」
「待て待て。大きな勘違いをしている。ステルススライムの体液……スライムゼリーを取って来て欲しいとお願いしようとしていたんだよ」
「え? そうなの? あたしに脱いで欲しいのかと」
「溶かされることは確実だろうから、替えの服を渡そうと思ってた」
「服があるなら、行ってくる! 廃坑なら、あたし一人でも大丈夫だよ」
にひひと八重歯を出すアリサにやれやれと息を吐く。
「脱ぐ」に反応してマリーが真っ赤になってるじゃないかよ。
ここはちゃんと誤解を解いておくべきか。
「みんな、聞いてくれ。先ほどアリサとマリーに塗ってもらった透明なゲル状のゼリーはステルススライムの体液なんだよ。俺が勝手にスライムゼリーと呼んでいる」
「それでステルススライムの話が出たのだな」
腕を組んだリーダーがなるほどと頷く。
グレイとアリサもようやく俺の意図が分かった様子だった。
「見ての通り、水と違って流れないし包帯と異なり傷口に張り付く心配がない。火傷にはうってつけの素材なんだよ」
「なるほど。スライムゼリーの在庫を確保して欲しいということなのだな。それでアリサに」
「そう言うこと。ステルススライムを発見するのは困難だから。悪いけどアリサに的になってもらいつつ、集めて欲しいと思って」
「すぐにでも行ってくるよ!」
リーダーにかわって後ろからぴょこっと手をあげ発言したアリサに待ったをかける。
「いや、待ってくれ。ちゃんと休んでからにして欲しい。俺のヒールは一晩で効果がきれるものではないからね」
「まだまだ動けるよ! 丸一日動き続けても平気」
「それでもだ。危急の用ではないし、休める時は休むのが冒険者だろ」
「う、うん」
無いとは思うがアリサが怪我をして二次被害になったら困る。
レイシャのために何かしたいという気持ちは重々分かるけど、急いては事を仕損じる、だよ。
疲れていては普段できることもできなくなる、些細なミスが命取りになるのがダンジョンってやつだ。
今のところ廃坑ダンジョンでは大したモンスターと出会ってはいないが、何があるか分からないだろ。
だからこそ、万全の状態で挑むべきである。
「アリサ、店主の言う通りだ。ここは休もう」
「うん」
リーダーに促されアリサがその場に腰を下ろす。
「マリー、彼らに食事を出してもらえるかな。レイシャを二階に運びたい、誰か手伝ってもらえるかな?」
無言でグレイが担架を掴む。反対側をリーダーが握った。
となると、俺は案内するだけだな。
レイシャはまだ目が覚めていないが、先ほどまでと違って呼吸が落ち着き、玉のような汗も引いている。
朝になってどこまで回復しているか、しばらく様子見だな。
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