第143話 馬小屋

「んー、良く寝た」


 藁の中で寝るのって不思議な魅力がある。宿に馬はいないけど、厩舎のことを馬小屋と呼んだりすることもあるんだよな。

 牛、羊、ヤギなどを飼育しているものの、厩舎にはいない。

 家畜たちは完全放し飼いで夜中も厩舎ではなく、牧場で眠る。今のところこれで何とかなっているが、もし家畜が猛獣に襲われたらやり方を変えるつもりだ。

 数ヶ月の間家畜に被害がないので、多分この先も大丈夫なんじゃないかって楽観的に見ている。

 厩舎がいらないのでは? となるとそうでもない。家畜の出産やらがある時には厩舎を使し、調子の悪い家畜がいたら厩舎で様子を見たりするからね。

 本当はカブトムシを宿の厩舎に鎮座させたいところなのだけど、お隣に置かせてもらっている。

 マリーがカブトムシを苦手なので仕方がない。

 もう少し藁の中で埋まっていたいところだが、起きなきゃな。


「エリックさーん」

「マリー。はやいね」

「お水を用意しにきました」

「ありがとう。家畜の水桶も手作業を減らしたいなあ」


 バケツで水を運ぶの大変なんだよねえ。毎朝マリーがやってくれていて大助かりだよ。

 畑の水やりも同じくである。水栓とホースがあれば……ん、厩舎に一つ水栓を付ければ良いか。

 思い出した! 以前も同じことを考えていてグラシアーノに頼んでいたのだった。次の入荷で水栓が届くはず。


「よく眠れた?」

「はい! 今日も元気一杯です」


 やわらかな良い笑顔を浮かべたマリーが両手をグッと握りしめる。

 彼女はレイシャの看病をすると申し出てくれたのだけど、休んでくれとお願いしたのだ。

 本日も宿の業務があるし、レイシャの状態によってはマリーに見てもらうこともあるかもしれないから。

 寝ることができる時にはゆっくり休んでもらわないと、いざという時に動けない。

 俺も寝るのでマリーもと言ったらようやく休んでくれたんだ。働き者だからな、彼女。

 それだけじゃないことも分かってる。重症のレイシャが隣の部屋で寝ていて気にならないわけがないもの。

 俺だって藁に埋まるまでは大丈夫かなと気になっていた。

 しかし、すぐに眠気が襲ってきて今に至る。

 

「あ、エリックさん。おはよう」

「その分だとちゃんと休めたぽいな」

 

 昨日とは打って変わって顔色が良くなっているアリサに笑いかけた。

 対する彼女はにいと八重歯を見せ拳を打ち合わせる。


「休める時に休んどかなきゃ、だよね」

「そそ」

「服はこれを使っていいのかな?」

「マリーに出してもらったの?」

「うん、浴衣? も出してくれたのだけど、下着とこのスカートだけで大丈夫」


 革鎧の下に浴衣は厳しかったか。下着があれば革鎧があるし問題ないか。

 下はスカートを交換すれば今とほぼ変わりない格好になる。


「急いで行かなくてもあと一回分なら用意がある」

「備えあれば患いなし? エリックさんが言ってた」

「恥ずかしいかもだけど、誰かと一緒に行った方が」

「グレイに付き合ってもらう」


 アリサはグレイのことを少しばかり語ってくれた。

 彼女とグレイは同時期に冒険者を始め、その頃からコンビを組んでいたのだって。だから今更裸になろうが、彼も彼女も気にしないのだとのこと。

 毒で倒れた時に二人とも裸だったし、と最後は茶化された。


「リーダーはレイシャの看病で残るんだな」

「うん、すぐにステルススライムを倒して来るから待っててね!」


 ヒラヒラと手を振るアリサを見送り、まずはレイシャの元へ行く。

 

「エリックさん、ありがとうございます」

「起き上がらなくていい。痛むだろ」


 自室に行ってみたらレイシャが目を覚ましていた。

 意識が戻ったことにホッとしつつ、起き上がろうとした彼女を押し留める。

 

「店主、レイシャが元気になった。ありがとう、ありがとう!」


 ベッドの脇で感極まったように崩れ落ちたリーダーは犬のような遠吠えをあげながら、何度も感謝の言葉を述べた。

 感動屋で面倒見のいい彼だからみんなついて行っているんだな、と彼の様子に心がほんわかする。

 リーダーの他にはグレイとアリスがいるのだが、ここにいるのはリーダーだけだ。

 グレイは既にアリスと共にダンジョンに向かったのだと思う。

 

「レイシャ、魔力の流れを感知できる君だから聞くのだけど、俺のヒールはまだ持続しているかな?」

「はい、しっかりと。今も全身にヒールがかかり続けています」

「今のまま包帯やスライムゼリーを替えなくても良さそうかな?」

「スライムゼリー……とは?」

「ああ、軟膏の代わりにと思ってさ。ステルススライムの体液を使ったんだよ」

「エリックさんのヒールととても相性がいいです! 私がすぐに目を覚ますことが出来たのは、スライムゼリーあってのことかと」


 いかん、興奮させてしまった。

 体に力が入ったレイシャはどこか傷んだらしく、細い眉を寄せる。

 俺たちに聞こえぬよう、息を吐くと共に小さな声が出ていた。

 落ち着かせるよう、彼女の額に手を当てヒールを唱える。

 すると熱が冷めたのか目をつぶった彼女は自分なりに意識を集中させ、息を整えた。

 魔法を扱う者は何らかの集中する手順をそれぞれ持っている。魔法を使う時には意識を集中させる必要があるのだが、いろんな場面で役に立つ。

 彼女は息を整えただけでなく、自分の考えをまとめていたようだった。

 

「包帯のみの時に比べるとゼリーを間に挟んだ場合、ヒール効果がおよそ4倍ほど高まります」

「俺には微細な魔力の動きをとらえることができないんだ。数値で示してくれると助かるよ」

「効果が高まった要因として、肌に触れていない包帯からもヒールが注がれていることもあります」

「そうなのか。だったら包帯の上から包帯を被せて……でも」

「そちらは効果がなさそうです。包帯は一つのようですね。体積でいえば包帯の方が大きいのですが、スライムゼリーからのヒール効果の方が高いようです」

「う、うーん、分からん。いずれにしろ、スライムゼリーは効果抜群だったってことだな」

「ご慧眼かと。火傷の傷みは傷の中でも格段に痛いと聞きます。ところが、今の私の傷みは切り傷程度なのです」

「それでも痛そうだよ……」

「それも時間と共に和らいで来ています。この分ですと、夕方には全快しそうですよ」


 素晴らしい!

 メカニズムはまるで分らないけど、スライムゼリーを使ったことが功を奏したようだ。

 この分だと追加のスライムゼリーは必要ない。アリサとグレイに取りに行ってもらっているスライムゼリーは今後の怪我人のために使わせてもらうことにしよう。

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