第144話 落ち着く暇もなく
夕方どころか昼過ぎにはレイシャがすっかり回復して、痛みもなく散歩できるまでになっていた。
「大事をとって休んでいた方が」
「いえ、体の様子を確かめるためにも動いた方が分かりやすいんです」
「レイシャなら服にかかっているヒールが傷を癒しているかそうじゃいかも魔力の流れで分かるのかな?」
「おっしゃる通りです。宿を出てからここまで治療ではなく疲労回復効果のみ発揮しておりますので、もう傷は問題ないかと。動くと寝ている時には分からなかった痛みが出たりすることもありますので……」
「さすが回復術師。詳しい」
「そのようなことは……エリックさんのような素晴らしい回復術師になれるよう精進します」
輝くような笑顔を向け長い耳を半ばでへたっとされても困る。
俺は一応回復術師であるが、ヒールを使うことができるだけで、レイシャのように微細な魔力の流れを感知することはできない。
最低限の回復力しか持ち合わせてないので修羅場を経験したこともなく、癒した回数も彼女に比べると格段に落ちる。
持続力についてはそれなりの能力ではあるものの、絶賛されるようなものではない。
彼女には安静にしてもらおうと思っていたのだが、俺と共に散歩に出かけている。
きっかけは彼女が元気になり階下に顔を出して来た時、ちょうど俺がスライムゼリーを別の容器に移し替えているところを見たところから始まる。
朝の仕事が終わり、レイシャにはこれ以上スライムゼリーを使う必要がないと判断できたので、別のことに使おうと思ってね。
彼女からスライムゼリーの効果について詳しく聞けたので一度試してみようかと。
誰にかというと、ちょうどヒールをかけ直しに行く日だったエリシアのところにだよ。
スライムゼリーを移し替えていることについて尋ねてきたレイシャにエリシアのことを伝えると、同行したいと言ってくれて。
なので散歩を兼ねて外にとなったのだ。しかし、煮え切らない俺は彼女に安静にしておいた方がと発言したというわけさ。
さて、会話している間にもこの前すみよんと戯れた芋ほりポイントを通過し、エリシアの家が見えてきた。
「どうかな?」
「いつもの調子です」
「変わらないかあ。レイシャ、魔力の流れはどうかな?」
「治療と回復の効果、両方の流れがあります。ですが、エリシアさんの体内魔力の乱れはそう変わってません」
エリシア本人の所感としても、レイシャの分析としても芳しい結果ではなかったようだ。
いつものヒールより治療効果は高まっているのだけど、ヒールの数を増やしても効果はないかあ。となると、一回の回復力をブーストすればどうだろうか。
いや、彼女は教会でも治療を受けていたので望み薄だな。
青黒い斑点は今も彼女の体を蝕んでいる。
スライムゼリー本来の効果である脱色でこの青黒い斑点が取れたりしないかね。
「そのまま少し待ってもらえるかな」
手の甲にスライムゼリーを垂らし、目を閉じる。
集中。祈り。念じろ。
手の甲のスライムゼリーに魔力が流れるも、特に変化はない。
ほくろの上にスライムゼリーを乗せてみたいのだけど、シミ取り効果はないようだ。
「何かの実験ですか?」
「いや、試すまでもなかったな、と」
興味深そうに覗き込んできたレイシャの疑問に応じる。
考えてみればすぐ分かるか。シミが取れるなら大々的に売り出されてるってば。
特に肌へ影響がないことが確認できたので良しとするか。
エリシアの青黒い斑点はシミではなく、呪いか病気の一種だからシミとは異なる。
「特に悪影響はなさそうだし、試してみるだけ試してみよう。そのままじっとしてて」
今度はエリシアの背中に向けて魔力を流してみた。
すると、スライムゼリーに青黒の色が滲み、エリシアの体から斑点が消えたんだ!
「マ、マジか!」
「エリシアさん、斑点が消えてます!」
「よ、よおし。残りも全部吸いだしてしまおう、考察は後だ」
魔力を流すだけであればレイシャに任せる方がいいか。同じ女性だしね。
ここからは彼女と交代してエリシアの斑点取りに当たってもらった。
「斑点だけが原因じゃないかもだけど、これまでと違って大きく前進したはずだ。明日に体調のこと教えてもらえるかな?」
「もちろんです。何から何までありがとうございます」
エリシアの蒼白だった顔に心なしか朱がさしてきたように思える。
それでもまだお礼の述べる彼女の顔色は良くはない。
原因となるものが浮かんでいる斑点であれば、全快してくれると思うが、こればっかりは様子を見てみないと何とも言えないよな。
回復したとしても油断は禁物だ。
本日の宿泊客は連泊の者がいなかったので、ディッシュらのパーティを先約として、残り二部屋を一番最初に来たパーティに割り振った。
そのパーティが4人組だったのでもう満室御礼である。やっぱり部屋数が少なすぎるよな。
もうすぐジョエルたちの滞在が約束の期限を迎える。そうなると彼らの住んでいる家が空くのでその時どうするか考えよう。
今のまま部屋数を増やしても人手が追いつかないからね。
宿泊客はディッシュらを入れて2パーティだけといっても、レストランに訪れるお客さんはもっいる。
二人で切り盛りするので、料理の下ごしらえはとても大事だ。最初の頃は決まったメニューを出していたのだけど、今は注文を受けて出す方式に変えている。
今日は必ずこれを出すと決めている時もあるけど、そういった日でもメニューからの注文は受けているのだ。
メニューは固定ではなく、材料の在庫によって変えている。毎日同じメニューにならないのだけど、「定番」メニューはなるべく固定にしたいなあと。
まだ下ごしらえ中の時間帯にアリサたちが戻って来て、グレイは部屋にアリサは温泉に向かった。
続いて、俺の代わりに採集と狩に行ってくれていたリーダーが戻る。
息を切らせた彼はただ事ではない様子だった。一体何が?
こちらが尋ねるよりはやく彼が口を開く。
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