第145話 オラ、ナンダカトテモ

「シルバーサーペントが出た!」

「え、えっと」

「銀蛇と呼ぶ者もいる。ランクはBなんだが、毒が危険だからBってやつだな」

「遠巻きに弓で仕留めれば問題ないかな?」

「木の上から射るは却って危険だ。奴ら木登りが上手い」

「誰か噛まれたら大変だよな。ここから結構な距離だった?」

「シルバーサーペントを見て戻ってきた。歩いて1時間くらいのところだな。来ないとは言い切れん」

「かといって見通しの悪いところだと奇襲されるかもしれないよな」

「そうだな。銀蛇は図体がでかいが、蛇だけに足音がしない。草に紛れると気配を察知するのも困難だ」

「ディッシュが無事で良かったよ」

「たまたま、木に登っているところだった。肝を冷やしたぜ」


 カブトムシをすみよんから譲ってもらう前は俺もリーダーと同じように徒歩で採集や狩をしていた。

 結構な日数を費やしたのだけど、一度たりともランクC以上のモンスターに出会うことはなかったんだよな。

 Dは食材になるし、弓があれば全然問題ない。猛獣より少し強くなった程度である。

 Cになると途端にレベルアップするんだよな。今ならカブトムシで体当たりしたり……はせず逃走すりゃまず追いつかれない。

 カブトムシで移動中に何度かそれなりのモンスターを見かけたことはあるものの、相手が気が付いた時にはもう遥か遠くまで離れているので全く危なげなく通過していた。

 それにしても銀蛇かあ。

 銀蛇は記憶に新しい。そう、あのネームドオブシディアンが連れていたのが銀蛇だ。

 ここからだと相当距離があるし、オブシディアンがわざわざ人間の集落に寄って来るものなのかな。

 彼らは独自の文化を築いていて、村や街に出現したということを聞いたことが無い。

 単に生息域が離れすぎていて接触していなかっただけかもしれないけど……。彼らに恨みを買っている可能性はある。

 オブシディアンと名前がついていて、モンスターランクによる格付けがされていることから、これまで冒険者と対決したことはあるってことさ。

 冒険者に倒されたオブシディアンがいるので、彼らから狙われるかもしれないだろ?

 うーん、でもなあ……。

 腕を組み悩む俺に対し、リーダーは違う意味で受け取ったようだった。

 

「発見したからにはやっぱ心配だよな。仕留めるか」

「え、あ、シルバーサーペント自体は俺にとってそこまで脅威じゃないよ。毒を喰らう覚悟で挑めば何とかなる」

「そうだった。店主の協力があれば、毒は気にせず叩けるか。何しろヒュドラの毒でも治療できるのだから」

「発見できるかで悩んでいたのか? 店主には世話になった。毒について協力してくれるなら俺たちでシルバーサーペントを仕留めに行くぜ」

「毒でも発見でもなくて、関係ない話だと思うのだけど……」


 無駄に不安を煽るだけなので与太話だと前置きしてから、リーダーにネームドオブシディアンとドラゴンの戦いについて語る。

 リーダーは興味深そうに俺の話を聞いてくれて、一つ疑問を口にした。


「相当距離があるようだが、宿では馬を飼育していないよな」

「馬じゃない騎乗生物を譲り受けてさ。そいつで移動しているんだ。その騎乗生物がいなかったらレストランのみのお客さんをここまで入店させることはできなかったよ」

「へえ、そいつは面白い」

「明日にでも見せるよ。言わなくても分かると思うけど」

「もちろん口外はしない」


 変な噂がギルドに広まっても困るからな。

 俺から言いださなきゃリーダーは騎乗生物についてこれ以上聞いてくることも無かったと思う。

 冒険者はお互いに詮索しないのが常だからね。

 ギルドに広まると困ると考えているのにグラシアーノのところにカブトムシを預けたりしている。

 その辺は商人らがテイマーについて知らないから、ってところが大きい。こういう騎乗生物もいるんだな、程度にしか考えないだろうから。

 

「リーダー、帰ってたんだ」

「おう、そっちはどうだ?」

「バッチリ! ね、エリックさん」


 ビッと親指を立てるアリサに対し、同じ仕草でニコリと笑う。

 風呂上がりの彼女の肌はほんのりピンク色に染まっており、浴衣も良く似合っている。

 ステルススライムがトラウマにならないか心配だったが、分かっていて行ったので平気だとのこと。

 彼女から遅れ、同じく浴衣姿のレイシャが顔を出す。彼女のまた長い耳がほんのりピンク色に染まっている。

 

「レイシャ! もう動いて大丈夫なのか!」

「はい、すっかり元通りです。火傷の跡も全くありません」

「お、おお。良かった。店主、本当にありがとう!」

「そう言えばリーダーに伝えてなかったな」


 彼が宿を出る時点でレイシャが全快するまでは時間の問題だと伝えていた。

 彼も彼女の様子を見て、問題ないと判断したので俺のお手伝いをしてくれていたのだが、朝の時点ではもう少し時間がかかるかなって感じだったっけ。

 またしても遠吠えをしそうなリーダーを美女二人に背中を押してもらい二階の部屋まで連れていってもらった。

 俺は俺で残りの仕込みをしなきゃならんからな。

 

 とまあ色々ありつつも、下ごしらえは無事完了し、ホメロンが宿を訪ねて来た頃に事態が急展開する。

 きっかけはワオキツネザルの一言だった。いつもはレストラン稼働中に俺に絡んでくることはないのだけど今日に限ってキッチンに現れたのだ。

 リンゴを切らしたのかと思い、ストック箱を開いたら彼がしゃがんだ俺の背中に乗っかってきた。

 

「エリックさーん、ニンゲンは花火でしたっけ? やるんですか」

「花火かあ。見てみたいな。王都では毎年年明けに打ち上げ花火をやるそうだぞ」


 キルハイムでも毎年とは言わないまでも二年に一回くらい打ち上げ花火をやってくれないかなあ。

 王都でやれるってことは花火の技術はあるはず。

 相当高価なものなのだろうか? それか安全性を考慮して打ち上げ花火をやらないことにしたのか、どっちなんだろうな。

 いや、貴族社会のことだから王都のみに認められた権利とかなのかもしれない。


「よく花火のことなんて知ってたな。すみよんは見たことがあるの?」

「一回見ましたよお。夜空が燃えるんですよねえ」

「そうそう。花火のことを思い出して俺に会いに来たの? 後でどんな花火を見たのか聞かせてくれよ」

「いえー。ここで花火をやるんですかー?」

「いや、もしやるなら俺が知らないはずが……」


 可能性があるとしたら職人のポラリスが自作したとかくらいしかないよな。

 スフィアが仕入れた? ジョエルやホメロンらも可能性もあるだろうけど、俺に黙って打ち上げ花火をやるってことはない。

 オラ、ナンダカトテモ、イヤナヨカンガシテキタゾ。

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