第146話 ノープランだが行くしか
レストランをこのまま放って出かけるべきか迷うがすぐに答えは出た。
すみよんの言う「花火」が廃村に甚大な被害をもたらすものであれば、そちらを優先しなきゃならない。
「マリー、出かけなきゃならないかも」
「出せるお料理だけ出してもいいですか?」
「突然ごめん」
「どうか、ご無事で」
俺が理由なく宿の業務をほっぽりだすわけがないと分かっているマリーは俺とすみよんの会話を聞いていないにも関わらず、憂いを帯びた顔で俺の手を両手で握りしめてくる。
「大丈夫」と安心させるように開いた方の手で彼女の頭に手を乗せた。
彼女は目を細めつつも、両手に力が入る。
心配してくれてありがとうな。マリー。
心の中で彼女に礼を述べていると、俺とマリーのただならぬ様子を見たレイシャが声をかけてきた。
「お怪我でもされたのかと思いましたがエリックさんなら治療できますし、一体どうされたのですか?」
「ちょっとばかし気になることがあってさ。少し宿を離れなきゃならなくて」
「そうだったのですか。余りお役には立たないかと思いますが、マリーさんのお手伝いさせていただけませんか?」
「傷が治ったばかりじゃないか、安静にしていた方がいい」
「いえ、冒険に出るわけでもありませんし。少し体を動かした方が体にも良いのです」
「そ、そんなものか」
レイシャはエリシアの家を訪ねにいった時にも同じことを言っていたな。
マリーも一人よりは他に誰かいた方が心強いだろうし……ってなんかもう二人で頷き合っているではないか。
「よろしくお願いします」
「頑張ります」
ありがたく手伝ってもらうことにしよう。料理の暖めや洗い物、給仕なら初めてでも問題ない。
さっそくマリーがキッチンの説明をしていた。この場は彼女に任せて俺はさっきから長い尻尾を首に巻いたり床をペチペチさせたりとお暇そうなワオキツネザルに詳細を尋ねることにしよう。
この場だと落ち着いて喋ることができないので、自室まですみよんを肩に乗せて移動する。
ベッドに座ったところで、ポケットからブドウを取り出し彼に差し出した。
「甘いでえす」
「花火のこと、もう少し詳しく聞きたいのだけど。このまま待っていたら廃村で花火になるの?」
「そうですねえ。ここで花火したいんですかー?」
「いや、なるべくなら離れたところで対応したい。そして、もう近寄らないようにお引き取りいただきたい」
「見たくないんですかー? ニンゲンは花火が好きってスフィアから聞きましたよお」
「ま、まあ、そうなのだけど。ここは花火をするには狭すぎるんだよ」
どうしたものか。話が進まないぞ。
回りくどく攻めたのがいけなかった。俺が花火の正体が思っているのと別のものであってくれ、という気持ちがあるのが回りくどくなった原因だな。
「すみよん、花火って炎のブレスかな? 空から炎のブレスがバチバチと」
「エリックさーん、冴えてますねー。そうですそうです」
「飛竜かな、ドラゴンかな……」
「どっちが好きなんですかー?」
「どっちもあんまり……花火はどっち?」
「どっちでもいけますよお。すみよんにお任せください」
「いや、待て! お任せしなかったらどっちなの?」
「ドラゴンですよー。エリックさんと一緒に見たじゃないですか」
少し予想と異なったが、ドラゴンであることは予想通りである。
違ったのはアリサたちを襲撃したドラゴンなのかなと思っていたが、ネームドオブシディアンと対峙していたドラゴンだったってことだ。
いや、同じ個体なんじゃないかな。
ドラゴンなんてそうホイホイいるものじゃないし。
「このまま何もしなかったらいつ頃廃村に来襲しそうなのかな?」
「そうですねえ。エリックさんがおねむの頃でしょうか」
「やっぱり……」
「今ならまだ離れてますよお」
すみよんのことだから差し迫っていると思っていたが、やはりだった。
レストランをマリーに任せ、急ぎすみよんと話をして正解だったな。
良し、そうとなれば早速動きたい。
「ここに来る前にドラゴンを追い返したい。うまく遭遇できる場所ってあるかな」
「案内できますよお。さっそく行きますか?」
「行こう」
「分かりましたー」
◇◇◇
勢いでカブトムシに乗って出かけたものの、どうやって追い返すのかノープランだ。
カブトムシの速度で廃村と逆方向に誘導する、くらいしか思いつかない。
ブレスが直撃しても、ドラゴンの爪や尻尾に触れても一発アウトだ。
何で誰にも協力要請しなかったんだって? しようとしたさ。
といっても、宿泊客の冒険者たちにではない。彼らにドラゴンと対峙してくれというのは酷過ぎるだろ。
俺と違って騎乗生物を持っていないから、ってのもある。すみよんの持つ他のカブトムシも動員したらドラゴンの元まで行けなくはないけど、一発アウトの者を増やしても無駄に被害が拡大する。命を張って村の犠牲になってくれなんて俺の本意じゃない。
じゃあ誰に協力要請をしようとしたのかって? そら、もう一人しかいないだろ。
何故か廃村にいる元最高ランクの称号を持つ赤の魔術師がさ。
「酔っ払ってましたー」
「酔ってるのですかー?」
「いや、酒は一滴も飲んでない。口に出して叫びたくなっただけだよ」
「そうなんですねー」
赤の魔術師は予想通りというか何と言うか、接触したら脱ぎ始めようとしてあえなく撤退してきたよ。
ドラゴンの襲撃があるかもってのに何をやっているんだ、あの酔っ払いは。
いや、すみよんじゃないとドラゴンの動き予想なんてできるわけがないか。
ドラゴンの行動範囲は非常に広い。飛翔能力があるモンスターは総じてそうなのだが、わずか数時間で数十キロ移動するなんてお手の物、場合によっては百キロ、二百キロ移動するなんてこともある。
ドラゴンや飛竜は飛翔能力の高い鳥類みたいなものだと考えてもらえると良いかも。
……え、待って。ドラゴンってカブトムシより速いよな……。
背筋に寒気を覚えるが今更止まるわけにはいかねえ。もし遭遇場所が遮蔽物が全く無いところなら諦めてスフィアを監視して飲ませないようにして、襲撃に備えるしかない。
廃村に被害が出るだろうけど、怪我人を出さないくらいはできるはず。
他人任せで申し訳ないが……。
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