第147話 待機時間がありまーす

 すみよんに案内された場所は廃村と北の湖の中間地点くらいかな。適度に木があり、窪みや傾斜もある。横穴も見つけた。

 これならいざという時逃げ込むところに困らないな。

 満月近くで雲も無くて良かったよ。新月だと真っ暗闇で何も見えなくなっちゃうからさ。

 日本と違って街灯などあるわけもなく、ランタンやカブトムシのライトはあるものの目立ち過ぎるから消灯必須だ。


「ここで待ってればドラゴンに会えるのか?」

「そうですよお」


 繁みに隠れじーっとドラゴンが現れるのを待つことになった。

 少し考えれば当たり前のことなんだけど、モンスターも生物なんだよな。

 ゲームによっては何もないところから突然ポップして、倒したら霞になって消えゴールドが残されるってのもあるが、この世界ではそうではない。

 人間も猪も牛もカブトムシも、他のモンスターも生きるためにはエネルギーが必要だ。

 やり方は光合成なり、肉を食べたり、霞を食べて生きていたり、と様々だが、生物であることが共通なのである。

 ドラゴンも例外ではない。

 日中活動したドラゴンは夜になったら休む。

 当たり前と言えば当たり前なのだけど、強力なモンスターだとつい見落としちゃうんだよね。

 災害級のモンスターが休むなんて、と思ってしまうわけだ。

 それでだな、すみよんセンサーによるとこの場所がドラゴンの本日の寝床になるのだって。

 

「いや、待てよ……」

「どうしたんですかー? ドラゴンに会いたいんでしたよね」


 のんびりとしたすみよの声。

 いや、ドラゴンを見学するのが目的じゃない。

 ドラゴンが廃村に来ないようにしなきゃならないんだ。

 眠るドラゴンを眺めたところで、行き先が変わるとは思えん。


「どうしたもんか。ドラゴンを怒らせて北……はサハギンのザザたちに迷惑をかけてしまいそうだから別の方向へ逃げるか」

「サハギンは水の中じゃないですかー」


 ドラゴンのブレスも水の中までは届かないか。ドラゴンが潜水することもないしさ。

 となるとザザたちがドラゴンのとばっちりを受けることもない。

 何も北の湖まで必死にトレインすることもないか。トレインとはゲーム用語で敵モンスターを引っ張ることだ。

 ここから北の湖まで数十キロはあるし、何もピンポイントで北の湖に行かなくてもいいよな。

 どうも気が動転しているらしい。

 一旦冷静になってどうすれば安全にドラゴンを廃村へ近づかせないで済むか考えよう。

 少なくとも、この場でドラゴンが休んで起きるまで時間はある。

 

 特に良いアイデアが浮かぶことなく、時間だけが過ぎていく。

 

『グルウアアア』


 ものすごい咆哮が鼓膜を揺らすと共に風圧で木々が揺れる。

 本当に来た!

 ドシンと轟音を立てながら巨体が地面に降り立つ。巨体は赤茶色の鱗を備えたドラゴンだった。

 あの鱗の色……俺が以前見た個体と同じドラゴンじゃ?

 

「ドラゴンって俺の行動範囲に複数いたりする?」

「そうですねえ。呼ばなければアレくらいにしか会わないんじゃないですかー」

「レイシャを襲ったドラゴンもあいつ?」

「そうですねー。そうじゃないですかー」


 相変わらず軽い。

 そんなに数がいるものでもないか。カブトムシが日帰りで移動できる範囲に複数個体いたら、ドラゴン同士の縄張り争いとかも起きそうだよね。

 いかん、別のことを考えている場合ではない。集中しなきゃ。


「どうしたんですかー?」

「あ、そうだった。緑なら平気なのだった」


 そう、今回乗って来たカブトムシは緑色のカブトムシなのである。

 前回ネームドオブシディアンとドラゴンが対峙していた時も緑カブトムシの完全なる隠遁パーフェクトステルスは盤石だった。

 喋ろうが音を立てようが気が付かれることはない。

 シルバーサーペントの熱感知さえもまるで問題にならないのだ。

 ほら、シルバーサーペントがまるでこちらに気が付いていない。

 え? シルバーサーペント?

 銀色に輝く大蛇の集団が降り立ったドラゴンに牙をむいている。

 いつの間に来たんだよお。

 となると、ネームドオブシディアンも? いた。しっかりとシルバーサーペントの群れを統率しているよ。

  

「すみよん、何か前回と同じ感じなんだけど……あのオブシディアンはずっとドラゴンを追いかけてるのか?」

「どうなんでしょうかー。肉が食べたいのかもしれませんねー。すみよんは肉を食べないので分かりませーん」

「俺は肉を食べるけど分からんわ……」

「肉、食べますか?」

「嫌な予感がする、何もしなくていいから……うおおい」


 緑カブトムシに指令を出すのは俺でなくすみよんである。

 俺は一言もドラゴンの肉を食べたいなんて言ってない! 言ってないんだ!

 よりによってすみよんのやつ、「完全なる隠遁パーフェクトステルス」を解除しやがったんだよ!

 すみよんはと言えば、「いい仕事しましたー」とばかりにつぶらな瞳で俺を見つめている。

 黒のまん丸の瞳には邪気が無い、しかし、いくらなんでもこれはどうすりゃいいんだよお。

 不味いことに俺の「うおおおい」の叫びは完全なる隠遁パーフェクトステルスが解除された後である。

 

 当然、ドラゴンもシルバーサーペントもネームドオブシディアンも俺たちの存在に気が付いた。

 といっても宿敵? 同士である彼らにとって俺なんて小物は注目に値しないだろ。

 ところがどっこい、どっちも俺の方へ体の向きを変えたじゃないか。

 

「すみよん、完全なる隠遁パーフェクトステルスを頼む」

「待機時間がありまーす」

「ならば、光の速さで逃げるしかない。しかし、あいつらの視線が俺に集中しているように思えるんだけど」

「そうですかー。エリックさんは人気者ですね」


 いやいやいや、そうじゃなくてだな。

 俺の肩に乗っているすみよんも巻き込まれるんだぞ、その辺分かっているんだろうか。

 彼はこの期に及んでものんびりと尻尾を振り欠伸までしそう勢いだ。

 図太いってもんじゃねえよ。

 それにしても、オブシディアンはともかくシルバーサーペントとドラゴンは人間の肉が好みだったのか?

 目の前の宿敵を放置してでも取りあうほどのものとは思えないんだけどなあ。

 あ、注目される心当たりが一つある。

 俺の額からたらりと冷や汗が流れ落ちた。

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