第148話 当たる、当たるから!

『グルウアアア』

『シャアアアアア』


 ドラゴンとシルバーサーペントの集団双方から威嚇される。元底辺冒険者でヒーラーの俺ではいかんともしがたい。

 シルバーサーペント単独であれば相性の関係で一体であれば仕留めることはできる。

 しかし、集団となるととてもじゃないけど相手はできないし、ドラゴンやネームドオブシディアンに至っては語るまでもない。


「俺だけにご執心なのってやっぱ、アリアドネの」

『呼んだかしら?』

「ん、ん。この声?」

「すみよんじゃないですよお」


 頭の中に突如声が響いた。このような芸当ができる人は限られる。

 俺の知り合いの中でできるとすれば三人だ。それはすみよん、スフィア、そして過去に俺の頭の中へ直接声を投げかけたアリアドネである。

 すみよんとスフィアにはアリアドネのように実際に頭の中に声が響いたわけじゃないけど、アリアドネ以外にできるとしたらこの二人くらいしかいないと思う。

 スフィアは伝説の魔術師で、すみよんは彼女の師匠だからね。


「って、会話をしている余裕なんてねえんだよお。すみよん、急いで!」

完全なる隠遁パーフェクトステルスはまだ待ち時間中ですよお」

「あああああ、完全なる隠遁パーフェクトステルスを使えるようになるまでここから全力で離れよう」

「どこに行くんですかー?」

「どこでもいい! シルバーサーペントたちは振り切れる。ドラゴンを! やべえ、早く!」


 ドラゴンの口元に赤い光がチラチラと見えた。

 問答無用でブレスの体勢だ。しかし、これはチャンスでもある。

 ブレスの予備動作から吐き出して息を整えるまでの間、ドラゴンは動くことができない。

 聞きかじった知識だったけど、あのドラゴンの個体がブレスを使うところをこの目で見たから確実な情報である。

 

『ウララララ』


 ドラゴンのブレスと重ねるようにネームドオブシディアンの声が響き渡った。

 あの声はシルバーサーペントに対する合図だ。


「お任せでいいんですかー?」

「だあああ、早くうう!」


 「どこでもいい」って言っただろ!

 やっと緑カブトムシが動き始めた。

 カサカサカサ。

 さすがカブトムシ。ものすごい加速だ。

 僅かな間で数十メートル移動したカブトムシの背にドラゴンのブレスが襲い掛かる。

 背中に熱を感じるものの、間一髪ブレスの範囲外まで退避することができたようだった。


「あ、危なかった……。すみよん、止まらず移動を頼む」

「分かりましたー」


 ん、待てよ。このままドラゴンをトレインして廃村からうんと離れた場所まで行って、完全なる隠遁パーフェクトステルスを使ってもらえばいけそうだよな。


「ドラゴンに追われながら、ブレスを躱し続けることってできそう?」

「やっぱり花火を見たいんですねー」

「ま、まあ、そんなところ」

「任せてくださいー。いっぱい花火を見ましょうー」


 できるそうだ。すみよんができると宣言したことは必ずできる。

 問題は俺の精神が持つかどうかだけ。かすっても蒸発するブレスの熱を何度も感じつつ逃げ続けなきゃならないからな。

 シルバーサーペントとネームドオブシディアンに関してはここでお別れだ。

 彼らは飛ぶことができないからカブトムシの速度についてこれない。


「さあ……振り切るぜ」

「甘いでえす」


 お願いする時のお約束であるブドウをすみよんの口に突っ込み、俺たちとドラゴンの逃避行が始まる。

 ぬお、次のブレスが来た!

 今度はカブトムシが直角に動き、髪の毛の先が蒸発する。


「も、もうちょっと余裕をもって回避できないかな……」

「花火が見たいんじゃなかったんですかー?」

「そ、そうだけど、ほら、近すぎると全体が見えないじゃない?」

「そんなものですかー?」

「そんなものなんだよ」


 お願いした後は数メートル先をブレスが突き抜けていくようになった。

 これでひとまずは安心だ。

 それにしてもすみよんがカブトムシの運転をしてくれていた助かったよ。俺が操作していたらブレスを回避しながらってのは無理だった。

 カブトムシの速度と直角移動があれば回避自体は難しくない。でもさ、やっぱり恐怖が勝つんだよ。

 

 ◇◇◇

 

 逃げ始めて30分? いや、1時間近くは経過したかな?

 ここで俺は大きなミスをしていたことに気が付く。

 すみよんにドラゴンをトレインしつつ逃げてとお願いしたけど、場所や方向について「お任せ」としか指定していなかった。

 ブレスに注意がいっていて、今自分がどの辺りにいるのか皆目見当がつかない。

 目印になるものが見えればどの辺にいるのか分かるのだけど……青カブトムシを譲ってもらってから廃村の周辺はかなり探索している。

 完全に迷ったとしても自分なりに決めている目印があれば場所を把握できるんだ。

 

「ん、あれって」


 ブレスではなく周囲に目を向けていたら、目印の一つを発見することができた。

 岩肌が露出した切り立った崖。そこをカブトムシが登っている。対するドラゴンは空に位置しホバリング状態でブレスを吐き出してきた。

 軽々ブレスを回避し、崖の上に到着する。

 崖の上は深い円形の谷になっていて、まるで火山の火口のようだった。

 

「さすがのドラゴンもここには降り立つどころか、ブレスも来ないな」

「すみよん、いい仕事をしましたー」

「どうだろう、これで廃村にドラゴンは来そうにないかな?」

「来ないですよお」


 引っ張り回したのが功を奏したか。

 しかし、ドラゴンの行動範囲は広い。いずれ廃村にドラゴン来襲の日が訪れるかもしれん。


『グガアアアアア』


 ん、突如ドラゴンがこれまでにない叫び声をあげた。

 余程俺たちをこれ以上追えないのが悔しいのだろうか。

 いや、違った。

 崖の中腹から白い糸が伸び、ドラゴンを捕えていたからだった。

 ドラゴンが暴れるも更なる糸が絡みつき、身動きがとれなくなった奴が落下する。

 ドシイイイイン。

 轟音が響き、巨体が地面に叩きつけられた。

 いかなドラゴンでもあの高さから落下したのではひとたまりもない。


「来ないでしょー?」

「そ、そうだな……」


 顔が引きつりつつも俺は先ほどのすみよんの言葉を頭の中で反芻していた。

 「来ないです」と彼は確かに言っていたのだ。

 すみよんができると言ったことは必ずできる。彼が断言したこともまた同じなのだ。

 それにしても、ドラゴンを倒したあの糸はやっぱり彼女なのかな?

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