第149話 素材ゲット

 ピクリとも動かぬドラゴンに向け、ひょいと小石を投げる。

 カンと乾いた音がして鱗に当たった小石が跳ね返り、地面に転がった。

 大丈夫そうかな? 

 恐る恐るドラゴンににじり寄り、再度動きがないか確認する。

 

「死亡確認」


 開いた右手に左の握り拳を当て顎を引く。

 ごめん、誰も見ていないからと思ってつい様式美をやってしまった。

 

「死亡確認でえす」

「あ……」


 すみよんに真似されて、かああっと頬が熱くなる。

 彼が人間じゃないからいいやと思っていたけど、存外恥ずかしいぞ。

 後悔するももう遅い。

 ガシガシと頭をかいて気持ちを落ち着け、改めてドラゴンの巨体を見やる。

 まさか、ドラゴンが倒されるなんてなあ。

 俺が倒したわけじゃないのだけど、少し試してみたくてソードブレイカーを引き抜き赤茶色の鱗に向け振り下ろす。

 カアアン。

 乾いた音がしてソードブレイカーが鱗に弾かれた。鱗には全く傷がついていない。


「うはあ……俺じゃどうすることもできかなったな」

『人族の共ヨ。不浄なる蛇は入用カ?』


 一昔前の機械音声のような声に肩がびくうっとあがる。

 声色からして男の声であるが……てっきりアリアドネがドラゴンを倒したのかと思っていたが違ったのか?

 体ごと振り向くと男? の姿があった。

 体色と言えばいいのか肌の色と言えばいいのか微妙なところだが、上半身は鮮やかなグリーンとくすんだグリーンで姿は人間とほぼ変わらない。

 髪の毛がドレッドヘアで明るいグリーン。精悍な顔立ちで割れた腹筋にたくましい二の腕。武器は持っていなかった。

 下半身は蜘蛛に似る。下半身も上半身と似たようなカラーリングで、蜘蛛の脚先は鋭いかぎ爪になっていた。

 知識としては知っているけど、実物を見るのは初めてだ。

 オブシディアンが蛇だとすれば、こちらは蜘蛛。確か、種族名はテラザンだったか。

 

「あなたがドラゴンを?」

『そうダ。人族の友ヨ。蛇は無遠慮にも縄張りに侵入した報いを受けタ』

「アリアドネの指示とかじゃ?」

『女王は巣にイル。巣に侵入した者は蛇でなくとも滅すル』


 怖い、怖いってば。

 無表情で「滅すル」とか言うので怖気が走る。

 おっと、まず最初に彼に言わなきゃならないことがあった。

 

「助けてくれてありがとう。改めて、俺はエリック」

『助けタつもりはなイ。礼は不要ダ。縄張りに侵入した蛇は滅すル』

「それでも、俺からすると助かったんだ」

『人族の友「エリック」よ。人族だからカ? 変わっているナ。しかし、礼を言われ悪い気はしなイ。オレはテラザンウォーリアーのグラゴス』


 握手を交わす習慣がなかったようなので、会釈して礼を述べる。

 テラザン族の戦士か。糸以外にも武器を使いそうだが、どんな武器を使うんだろう。

 興味はつきないが、次に来た時にでも聞いてみることにしようかな。

 

『人族の友「エリック」ヨ。不浄なる蛇は入用カ?』


 グラゴスが再度俺に問いかけて来る。


「俺が倒したわけじゃないから、素材や肉はグラゴスたちのものだよ」

『我らは必要なイ。女王にも聞いタ』

「ドラゴンは燃やすの?」

『溶かス』


 何それ怖い(本日二度目)。無表情だから余計に怖いわ。

 溶かして消えてしまうのだったら、少し素材を頂きたい所存……。

 

 ◇◇◇

 

『蛇の肉と鱗が欲しいの?』

「うん」


 「要るなら持って行っていい」とグラゴスから言われたのだけど、ドラゴンの素材は高価なものだしここの主人にも挨拶をと思って、巣の中までやって参りました。

 そのままアリアドネの住む横穴に直行して彼女に挨拶をした。突然の訪問にも彼女はギギギギと音を出して朗らかに笑い俺とすみよんを迎え入れてくれたんだ。

 喋りながらも彼女はコーヒーキノコを淹れてくれて、すみよんにはリンゴをどうぞと手渡す。

 ありがたくコーヒーキノコを飲みつつ、彼女に向け頷きを返した。


『なんだか浮かない顔ね』

「俺の表情が分かるのか?」

『正直なところ、まるで分からないわ。ニンゲンの表情をワタシが読み取ることは難しいわね』

「顔の区別はつくの?」

『そうね、あなたと背格好が似ているニンゲンだと区別がつかないわ。だけど、ワタシには色が見えるの。アナタの色が憂いを帯びていたわ』

「それで浮かない顔って俺にも分かりやすいように言ってくれたのかな」

『そんなところよ。それで、どうしたの? 何か悩みがあるのかしら』

「いや、俺たちにとってドラゴンはたとえ低級のものでも結構な価値があるんだよ。それを貰っちゃっていいものかと」

『あははは。ワタシたちにとって蛇は不要なものよ。アナタにとって必要か必要でないかはワタシには関係のないことよ。アナタが持って帰らなくても全て溶かしてしまうものなのだから気にすることはないわ』

 

 価値観が異なるのは重々承知している。

 とはいえ、高級品をぽんともらうのも気が引けるというか。

 あ、肝心なことが抜けていた。持って帰ろうにもコンテナが無い。今俺が騎乗しているのは青ではなく緑のカブトムシだった。

 後ろ髪を引かれるが、溶かして無くなっちゃうのだったら一部拝借して持って帰ることにしよう。


「ありがとう、宿に戻るよ」

『あら、もう帰っちゃうの?』

「また今度ゆっくりと来させてもらうよ」

『楽しみに待ってるわ』


 挨拶もそぞろに巣から出て、ドラゴンの爪と鱗を持てるだけ持ってこの場を後にする。

 素材を剥ぎ取るのも一苦労だったよ。何しろドラゴンの鱗も爪も硬くて硬くて。

 結局、グラゴスに手伝ってもらってようやく剥ぎ取りが完了した。

 

「しかし、ドラゴンを倒してしまうなんて斜め上だったよ」

「そうなんですかー」

「どうやって廃村から遠ざけるのかアイデアが浮かばなくてどうしようと悩んでいたのだけど、まさかまさかだよ」

「ドラゴンにも色々いますからねー。あのドラゴンはイノシシと似たようなものですよお」

「知性が猛獣並みってことかな。縄張りとやらも無視して突っ込んできたものな」

「エリックさんが美味しそうでそれしか見えてなかったみたいですねー」


 楽しそうに言わないで……。

 そろそろレストランが終わる時間だなあ。マリーたちに全部任せてしまった。

 ともあれ、ミッションコンプリートで帰路につく。

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