第141話 久々「集中。祈り。念じろ」

「うーん、何だか懐かしい味だ」

「おいしいです!」

「味噌味、なかなかどうして深い味わいですね」


 残った魚介と野菜を鍋で煮込んだだけのものであるが、思った以上においしい。

 鍋といえば寒い時期に食べる、のが前世の思い出だけど、今世では冒険中の料理である。

 こうして屋内で鍋を食べるなんてことは滅多にないことで、久々に食べたなあという感覚だ。

 いや、スープ類で鍋を食べてるだろ? ってツッコミは当然のこと。

 だけど、スープ類と鍋ってなんか俺の中で少し違うんだよ。

 どこが、と聞かれると困るんだけどね。

 味噌味をつけた魚介と野菜をすくって、器に入れる。二度目は白ご飯を器に追加!


「いいねえ。これこれ」

「ご飯と一緒にしたんですか?」

「うん、これはこれでいける」

「わたしもやってみます!」


 魚介の出汁が出た味噌と白ご飯の合うこと合う事。行儀のいい食べ方ではないけど、これがまたおいしいんだよな。

 マリーも気にいってくれたみたいでさっきから猫耳が忙しなく動きっぱなしだ。

 「どれ」とポラリスも真似して、三人揃って「おいしい」と声が重なる。

 そんなゆったりとした至福の時を過ごしている中、突然ドンドンと勢い良く扉が叩かれた。


「店主! すまない! 緊急事態で助けてもらえないか!」


 切羽詰まった男の声。

 この声は聞き覚えがある。

 宿の灯りが点灯しているから、外からでも俺たちがまだ起きていることは分かるので、扉を叩いたのかな?

 いや、この焦った様子だと深夜でも助けを求めて叫んだに違いない。

 はるばる宿に助けを求めに来てくれたのだ。無下にする選択肢はない。

 ガタリと立ち上がったタイミングはマリーと同じだった。

 彼女と顔を見合わせ「うん」と頷き合う。

 

「ポラリス、ごめん、せっかくの食事会を」

「いえ、困ってる方が優先です!」


 そう言ってポラリスはスプーンを器に置き腰を浮かせる。


「どうぞ! 開いてるよ!」

「すまない!」


 扉口にいたのは犬頭の冒険者だった、ペコリと頭を下げるなり布で急ごしらえした担架が運び込まれてきた。

 やはり彼だったか。彼の名はディッシュ。前会った時のままだとしたらパーティのリーダーが彼だ。

 担架を持つ二人にも見覚えがある。

 髪の毛を後ろで縛ったイケメンの戦士グレイとアリサのコンビだな。

 担架に乗せられている子はぼろぼろになっている。これ……火だるまになったとか、か。

 慌てて消し止められたのであろう服は完全に燃え尽きてなかったが、所々焼け落ちて素肌が見えている。

 素肌は焼けただれ、見るからに痛々しい。

 大怪我を負っている長い耳のこの子も以前会ったことがある。

 苦しそうに玉のような汗が滲んでいる彼女はエルフの回復術師であるレイシャ。

 他の箇所に比べ顔には火傷の跡が殆どない。綺麗な顔だけは損傷を免れたのか、いや。

 

「ポーションは?」

「手持ちの分は全て使った、もし手持ちが少なかったら……」


 リーダーが口惜しそうに首を振る。

 やはりそうか。顔を中心にポーションを使ったのだな。手持ちと言うが、ポーションは消費期限があるものなので大量に持って行くようなものじゃない。

 備えあれば患いなしと言うが、消費期限が仇になるんだよなあ。

 一人一個、多くても二個までが限界だと思う。冒険に行って使っても使わなくても破棄になっちゃうし、それなりにお値段も高い。

 しかし、今レイシャの命を繋いだのはポーションである。

 こういうことがあるから、お高くてもポーションを持って行く。彼女のような回復術師がいるパーティの中にはポーションを持たないものもいるのも事実。

 回復術師の魔力が切れた時はどうする? まして、回復術師が倒れてしまったらどうする?

 となるとどんなパーティでもやはりポーションは持つべきなのだ。

 俺? 俺は冒険者ではないけど、ポーションの代わりになるものを沢山持っていっているぞ。

 自家生産できるので費用がかからないので、手軽だしね。俺の場合。

 

「すぐに治療を開始しよう。アリサ、彼女を脱がせてもらえるか? マリー、治療道具を頼む」


 指示を出すとすぐにパタパタと走っていくマリー。アリサはなるべく傷を刺激しないようにレイシャの服を脱がせて行く。

 もっとも、燃えて灰になっている箇所が多いので脱がすよりは取り去るイメージに近い。

 火傷か……。

 自然治癒に任す場合には包帯をそのまま巻くと、包帯をかえる時に傷口と張り付いて大変なことになる。

 ヒールの場合は回復しきっていたら特に問題ないのだけど、ちょうどよいものがここにあるじゃないか。

 そう、スライムゼリーだ。

 目を瞑り意識を集中させる。

 集中。祈り。念じろ。


「ヒール」


 呪文に応じ、手の平から暖かな光がスライムゼリーに注ぎ込む。

 ちょうどマリーが包帯やらの治療道具を持って戻ってきたので彼女にも手伝ってもらおう。相手が女の子だしね。

 

「マリー、いまスライムの液体……勝手にスライムゼリーと名付けたのだけど、これをレイシャに塗布してもらえるか?」

「はい! 水と違って流れていかないのでよさそうです!」

「うん、軟膏みたいに使えそうだよね。アリサも手伝ってもらえるか?」

「もちろん!」


 すぐにスライムゼリーを塗布したいところだが、先にレイシャの体を清めよう。

 ダメージを受けてポーションを振りかけたままの姿だからさ。

 もう一度ヒールだ。

 マリーの持って来てくれた水の入ったカメにヒールを注ぎ込み、彼女の体を洗い流す。

 相当傷に染みると思うが、彼女の意識がなく痛がる様子はなかった。


「よし、頼む。傷があろうがなかろうが全身に塗布してくれ」

「はい!」

「うん」


 レイシャの体を支え、マリーとアリサの二人がスライムゼリーを塗布していく。

 終わったら彼女をうつ伏せにして背中側にもくまなくスライムゼリーを塗ってもらった。

 塗り終わったら全身を包帯でグルグル巻きにして完了である。

 これなら傷との間に軟膏かわりのスライムゼリーがあるので包帯を入れ替える時にもスムーズに行くはず。

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