第179話 きーきー

 血のような赤色をしたゾレンなのだが、翌日にはいなくなっていた。

 と思いきや夕方になると、またしてもダンジョンの入口付近で見かけるようになる。

 今度はカブトムシに乗ってゾレンらと対峙してみたら……。

 

「きー、きー」

「きー、きー」

「な、何でこうなるんだよお」


 大人しい性質のはずのゾレンが興奮し始め迫って来たので慌てて距離を取った。

 しかし、奴らは一斉に俺を追いかけって来たんだよ。

 速度差があるので追いつかれる心配はない。戦いになりたくないので、彼らが見えなくなるまで離れることにした。


「ふう。カブトムシと敵対でもしているのかな……」


 黒色のゾレンはカブトムシと親しくて、カブトムシがきっかけで仲良くなったんだ。

 しかし、赤色の方はカブトムシを見ると怒りだしてしまった。

 逃げる方向を誤ったなあ。ダンジョンの中に入ってきてしまったんだよね。

 別の出口から出れば問題ないが、せっかくだし黒色のゾレンに話を聞いてみるとするか。

 ゾレンウォーリアーたちとは意思疎通できないが、黒色の方にはゾレンマトリアークがいる。

 そんなわけでゾレンマトリアークのファンガスのところに到着した。

 

『エリック、だったか。気付けが入用なのか?』

「突然の訪問ですいません。気付けはありがたく使わせてもらっています」


 虫が苦手でない俺でもゾレンマトリアークには圧倒される。

 カブトムシに乗っている俺が言うのも今更なのだけど、昆虫が巨大化すると何とも言えない怖さがあるんだよね。

 巨大な昆虫や蜘蛛が闊歩するこの世界では地球と物理法則が異なるのだろう。

 前世の何かの記事で読んだことがあるのだけど、昆虫や虫は体の作りが大きくなるように出来ていないんだって。

 何故、昆虫は大きくなれないのか。

 これには色んな説があって、以前読んだことはあるのだが記憶が朧気で……。

 ええと、確か。呼吸の仕組みが原因の一つって説があった。

 昆虫に限らず陸上性の節足動物は気管を持つものが多い。体表に開いた穴である気門から気管を通り酸素を取り込む。

 人間のように空気を吸い込むわけじゃないので、取り込める酸素量に限りがある。

 なので、取り込むことのできる酸素量の結果、小さな体だというわけだ。

 んじゃこの世界の虫系モンスターは何で巨大なのか、と問われても理由なんて分からないのだけどね……。

 きっとこうほら、素敵な魔力か何かが影響しているんだよ。


「一つ、聞きたいことがありまして」

『ほう。精微な武器を作るクモが我に質問とは面白い』

「外に赤色のゾレンウォーリアーがいたんです。あれはお仲間なんですか?」

『否。奴らはフィルトレイター侵入者だ』

「そ、それは……ここで戦いが始めるのですか?」

『戦うまでもない。奴らは力の差を知ればすぐに立ち去って行くだろう』


 フィルトレイター侵入者か。聞いたことがない単語だ。

 ゾレンは地中に巣を作って生活をする。

 自分たちで巣を作るのが大変なので、巣を奪いに来るのがフィルトレイター侵入者なのだろうか。

 巣がないとなると数も増えないだろうし……。ん。

 

フィルトレイター侵入者の中にマトリアーク種もいるんですか?」

『奴らの中にはいない。マトリアークがいるのなら巣はある」

「自分の想像と合っていた部分と合わない部分があったので、教えて欲しいのですが」

『言ってみろ』

フィルトレイター侵入者は巣を持たないと思ってたのですが、そうでない集団もいるんですね」

『そうだ。マトリアークを失い放浪する集団とそうでない集団がいる』

「赤色のゾレンは全てフィルトレイター侵入者なのですね」

『奴らは我らのことをフィルトレイター侵入者と呼んでいるがな。我らにとっては奴らこそフィルトレイター侵入者だ』


 分かったつもりがまた分からなくなってきたぞ。

 話を整理すると、ゾレンには赤色と黒色の二種族がいる。お互いにフィルトレイター侵入者と呼び合い敵対関係にある。

 この様子だとお互いに巣を襲撃することもありそうだ。


「ファンガスたちも襲撃しに行くことがあるんですか?」

『ない。餌も消費する。ウォーリアーたちは傷を負う。何らいいことはない。我らはクモと同じだ』

「蜘蛛は巣を守るけど、外に出て行かない。それと同じということ?」

『そうだ。巣を襲撃することは名誉だなどと考えるマトリアークはもう古い。巣を繁栄させるには何が一番か少し考えれば分かること』


 おお。素晴らしい。ファンガスの率いる集団は平和的でなによりだ。

 ただ、他のゾレンはそうじゃないことも覚えておかなきゃな。

 ゾレンウォーリアーにモンスターランクが付けられているのも、好戦的な集団が原因なのかもしれない。

 話を元々聞きたかったことに戻そう。

 ダンジョンの外にいた赤色のゾレンはマトリアークがいない集団である。襲撃されて巣とマトリアークを失ったのか、巣から追い出されたのかは不明。

 少なくともマトリアークから命じられて偵察に来たわけでないことは確か。

 外の赤色のゾレンたちは負け組の放浪者で巣を襲撃する力はない。様子を見るだけでいずれ立ち去って行くというのがファンガスの見解だ。

 

「一応確認ですが、巣に侵入しない限りはフィルトレイター侵入者たちを排除したりはしないんですよね?」

『そうだ。我らは無駄な力を使わない。巣の外にいるフィルトレイター侵入者を排除するより餌を集めた方が有益だ』

 

 徹底しているなあ。

 ゾレンマトリアークのファンガスのおかげで外にいる赤色のゾレンらの立ち位置が分かった。

 うろうろしているだけなら構わないのだけど、ゾレンは雑食で肉、野菜、果物と何でも食べる。

 食べ物がある廃村に来る可能性もあるよなあ。言葉が通じれば何とでもできそうなのだけど、生憎言葉が通じない。

 俺には「きーきー」としか聞こえないからな。

 待てよ、言葉が通じたら……か。

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