第180話 コーヒーがうまい
「まったく寂しがり屋さんですねー。すみよんと一緒に行きたいんですかあ」
「そ、そうだな、うん。寂しがり屋だから仕方ないよな」
「そうですねえー。仕方ありませえん」
「は、はは」
赤色のゾレンと意思疎通ができる可能性があるとしたら、ずばりここしかない。
しかし、俺一人で行くにはまだまだ勇気が足りないのだ。そんなわけですみよんを誘うと何のかんの言いつつもついて来てくれた。
ついでにリンゴも頂こうと説得するまでもなかったので、何のかんので彼ったら面倒見がいいのかもしれない。
……面白がっているだけな気もする。
よっし、辿り着いたぞ。東の渓谷に。渓谷全体が蜘蛛の縄張りという恐ろしい場所である。
蜘蛛の女王アリアドネとお友達じゃないなら決して近寄ってはいけない場所だぞ。知らずに踏み入れると即死するからね。
『あら、どうしたの?』
「突然ごめん」
『突然も何もあなたは離れたところから意思疎通をすることができないじゃない』
「確かに……事前連絡できないからいつも突然になるか」
『あはは。相変わらず面白いニンゲンね』
渓谷のてっぺんに登るとすぐにアリアドネが出て来て挨拶をしてくれた。
彼女から言われてみると確かにそうだ。電話なんてないので事前に連絡を入れる手段がない。
もちろん、彼女のいる渓谷へお手紙を届けるなんてことも不可能である。
事前連絡してから、というのは前世の習慣から来ている悪癖だよな。前世で当たり前にやっていたことがこの世界では当たり前ではない。
訪ねる時は唐突で、会えればラッキーくらいで良いのだ。訪問された方も時間があれば対応するし、無いなら無いで断る。
そこにはお互いに悪気はないし、それが当たり前のこと。
そうはいっても中々慣れないんだよねえ。
三つ子の魂百までならぬ前世の習慣は今世までだよ。
「一つ相談があって」
『あら、せっかく来てくれたのだもの。コーヒーキノコでもどうかしら?』
「ありがとう」
「すみよんはリンゴがいいでえす」
『自分でとってきてね。ワタシたちには必要ないから』
しっかり主張するすみよんであった。アリアドネのところにはリンゴがあるからさ。
スルスルとカブトムシから降りてリンゴを採りに向かおうとしたすみよんを呼び止める。
「ジャイアントビートルの分もとってきてくれないかな?」
「分かりましたー」
さっそうと渓谷を駆けおりていくすみよん。渓谷には恐ろしい蜘蛛たちがひしめいているってのにすげえなほんと。
俺はアリアドネに付き添ってもらって彼女の部屋まで行くのが精一杯だよ。
ずずずず。
コーヒーキノコを飲むと落ち着く共に頭が冴えてくる気がする。
コーヒーキノコはさっぱりと飲みやすいコーヒーで、後味が爽やかな方である。
濃く苦味のあるコーヒーも好きだけど、すっきりしたのも美味しいよね。
『それで、どうしたの? えむりんが何か粗相でもしたのかしら?』
「いやいや、えむりんは癒しだけじゃなく、鱗粉で大活躍だよ」
俺の返答に彼女はギギギギと喉の奥を鳴らし蜘蛛の脚を震わせた。
彼女にとってとても面白かったらしく、リアクションがいつにもまして大きい。
『当ててあげる。えむりんのことじゃないのね。だったらアリかしら』
「すげえ。ゾレンがいるのを察知していたんだな」
『あなたの巣の近くだとファンガスの巣ね。縄張り争いになったの?』
「ちょっと違うかな」
変な方向に話が進みそうだったのでブンブンと首を左右に振って否定する。
彼女はと言えば「あら」と蜘蛛の脚を動かしつまらなさそうにコーヒーキノコを口にした。
『あらそう。アリには特にいざこざはないけど、あなたと敵対するなら』
「するなら……」
『潰すわ』
「ひいい」
プレッシャーを感じないようにすみよんから不思議な魔法をかけてもらっているにも関わらず、背筋がゾワリとする。
「潰す」と言った時、彼女の目が一瞬赤く光った気がした。
『あはは。冗談よ。あなたの性質ならファンガスとぶつからないはずだわ』
「ファンガスのところじゃなくて、赤色のゾレンがウロウロしていてて」
『……確かにいるわね。あなたがどうしたいのか興味があるわ』
「廃村の食糧が心配で、かといってなるべく穏便に事を進めたい。でも、ゾレンウォーリアーと意思疎通できなくてさ」
『いつもいつも面白いわね。ワタシなら意思疎通できるけど、あなたはすみよんと一緒にいるのだから』
「分かりましたあ。すみよんがやってあげますよお。すみよんとエリックさーんの仲ですからねえ」
突然後ろからすみよんの声がしたのでビクッとしたじゃないかよ。
アリアドネとの会話に夢中になっていて気が付かなかったが、既にすみよんが戻って来ていたらしい。
彼の縞々尻尾にはリンゴの姿も見える。
「すみよんってゾレンと会話できちゃったりするの?」
「できますよお」
「そ、そうかのか」
「変ですかあ? すみよんはビーバーとお話していたじゃないですかー」
「た、確かに。いやでも、ビーバーとゾレンじゃ全然違うだろ」
「似たようなものです」
似てる……かなあ。
哺乳類でモフモフしたビーバーと、アリじゃ物凄く遠いように思える。
すみよんもモフモフ生物だからビーバーと会話できることに対しては特に疑問を抱かなかった。
「あ、なるほど。確かに、似ているかもしれない」
「そうですよお」
「どちらもちゃんとした言語を持っていて、単に俺と言語が異なるので通じないってことか」
「そんなところでえす」
なるほどなあ。
ビーバーはびばびばと言っているようにしか聞こえないけど、家を作るほど知性が高い。
アリもマトリアークのファンガスのみ会話することができるが、マトリアークはゾレンウォーリアーと意思疎通できているものな。
となると、ゾレンの中に言語があると推測できる。
ビーバーもゾレンもどちらも独自の言葉を持っていて、俺に理解できないだけだ。
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