第112話 伝説、いや伝統の

 体感で30分も進まないうちに俺たちにとっての未踏の地へ足を踏み入れる。

 民宿から徒歩で一時間と少しくらいの距離かな? 自分が住むところでこんな身近に未踏があるなんて思っていたのと少し違う?

 これじゃあ、隣町の地理が分からないのと余り意味合いが変わらない気がする。なんだか身近過ぎてさ。

 テレーズの地図を見た時点で分かっていたことだけど、いざ実際に訪れるとまた違った感想を抱くものなのだよ。


「地図を描きながら進むね」

「んじゃ前を警戒するぜ」


 ゴンザが申し出て、先頭にいたテレーズを護るように彼女の前に立つ。彼女の後ろには油断なくザルマンが構えた万全のフォーメーションである。

 じゃあ、もう一人の前衛たるライザはというと俺の隣で鎧をガシャガシャ鳴らして立ち止まっていた。

 鎧が擦れる金属音を殊更大きく鳴らすのはワザとだ。彼女は「今俺たちがここに居る」と示している。自信満々に威風堂々と歩くことで却ってモンスターが寄ってこないことがままあるんだ。俺のセンサーによると、周囲に警戒すべきモンスターはいない。いたとしてもライザが軽々踏み潰せる程度だろう。

 なので周囲への威圧が接敵を避ける最善だと俺も思うよ。

 

「悪いな」

「何を言う。お前は冒険者ではないからな。気にすることではない」


 ライザが俺の隣にいるのは後ろを護ることと周囲を威圧することだけじゃない。俺の護衛も兼ねている。

 いざとなれば一人で何とか身を護るつもりでいるが、隣に彼女がいてくれると心強い。

 俺の今の装備は弓とダガーだ。なので、ゴンザたちが戦闘に入ったら俺も支援できる。

 強いとは程遠いけど、敵の注意を引くくらいはやるつもりではいるんだぞ。護られてばかりいるつもりは更々ないのだが、四人に比べると実力が数段劣るのも事実……足を引っ張らないようにだけはしなきゃな。


 そして再び隊列が進む。俺たちにとっての未踏の地を。

 ここは自然に出来た洞窟ぽい作りをしている。横幅は二メートルくらいで高さは三メートルは越えそう。天井はゴツゴツしていて、地面は逆に滑らかで乾いていて幸いだよ。

 もし湿っていたらステンと転んでしまいそうだから。そんなわけで道はなかなかの広さなので進むに支障はない。

 俺とザルマンの二人でランタンを持っているので暗い洞窟の中であっても明るさは十分である。

 カブトムシが車ならライトをつけて進めば良いのだけど、残念ながらカブトムシは車じゃないからなあ。無いものねだりをするのは贅沢すぎるよな。

 カブトムシは荷物持ちとして十分以上の役割を果たしてくれている。

 

 ぎー。ぎー。

 

 異音に即反応し、音の出どころを探……るまでもなくカブトムシが甲殻を擦り合わせた音だと気がつく。

 そう思うや否や視界が急に白くなる。

 

「うお、眩しっ!」

「おお、な、何と美しいのだ。温存していたのか?」

「い、いや。突然のことで俺も戸惑っているよ」

「そうか。飼い主でも窺い知らぬ神秘を持つとは、ますます気に入った」


 なんて呑気なことをライザと会話しているが、内心の驚きは相当なものだ。

 だ、だってさ。異音の後、三つ数えるくらいでカブトムシの目の下辺りがスポットライトのように光ったんだよ!

 光量が凄くて自転車のライトの倍ほど、車に比べれば相当弱い光だけど、ランタン三つか四つ分くらいあるぞ。

 

「何かと思ったぜ」

「こっちのランタンは消すぞ」


 前の男二人もやれやれと言った様子ながらも、カブトムシに興味津々だ。

 ダンジョンの中じゃなかったら二人とも絶対にはしゃいでいる。おっさんがはしゃぐ姿は見ていて楽しいものではないが、多分俺も一緒になって騒いでたと思うから人のことは言えない。

 わざと苦笑するフリをして二人に告げる。

 

「前の警戒を怠らないでくれよ」

「まるで気配を感じねえ」


 ザルマンの意見に「うむうむ」とゴンザも同意する。

 さすがプロフェッショナル。いかな時でも警戒を怠らない。

 感心していたら、突然テレーズが悲鳴をあげる。


「きゃ! な、何!?」

「どうした?」

「な、何か落ちて来て……きゃ!」

「大丈夫……?」


 いや、大丈夫じゃねええ!

 テレーズは胸元を覆う革鎧を装着しているが、他の部分は服そのままである。

 で、だな。突如上腹部が膨らみシュウシュウと煙をあげ始めた。

 これはまさか伝説の……あいつか?

 

「も、もうう。見てないで助けてえ」

「ライザ、頼まれてくれるか」

「いいんじゃないか、どうせ服はボロボロだし、敵意はない」

「だってさ、テレーズ」


 見悶えるテレーズに素っ気なく応じる俺とライザである。


「これってあれか、エロスライム」

「だな。仕方ねえ仕方ねえ。こいつの気配は超一流のスカウトでも感知できねえからな」

「こ、こしょばいいい。あはははは」


 おっさん二人はテレーズの姿を見ぬように背を向け周囲を警戒し始めた。

 やっぱりかの有名なステルススライムこと通称「エロスライム」だったか。

 こいつは服だけを溶かす超有名なモンスターだ。神出鬼没でどれだけ気配感知に優れようと気が付くことができないのだという。

 敵意がないから探れないのかもしれないな。現に結構な実力を持つテレーズとザルマンの二人が警戒していてもテレーズの懐に潜り込むまで全く気が付かなかった。

 彼女以外は彼女が悲鳴をあげることで初めて分かったくらいだしな。

 服を溶かすのだから急いで助けた方がいいんじゃないかって? いやあ、無理だろ。彼女の身体をまさぐるわけにはいかないし、ライザは手助けしないし。

 彼女が断った理由も分かる。もしライザがテレーズに手を出せば二次被害になるだろうから。

 

 俺とライザが悠長に構えていることにも理由がある。


「革は溶かさないんだよな?」

「そうだ。金属鎧も平気だ。テレーズは革鎧を装備しているから平気だろう」

「んだんだ」

 

 頷き合う俺とライザにテレーズが割り込んできた。


「へ、平気じゃないってばああ。見えないところが溶かされるー。も、もう、エリックくんでもいいから手を突っ込んで引っ張り出してよお」

「そんなところに手を突っ込めるわけないだろ! 素直に溶かされていろって」

「わ、私の下着……買ったばかりなのにー」


 ステルススライムは天災だと思って諦めてもらうしかない。

 よかった、襲われたのが革鎧を装着しているテレーズで。これがマリーだったら大変なことになっていた。

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